33 傷だらけになった俺の心の隙間を埋めてくれた人
◇◇修二◇◇
ずっと俺に謝ってきてるけど、もう俺の人生に必要のない男が何か言っている。
「修二、付き合いたい女のためにも、お前や爺ちゃんに謝りたい。だけど、会ってくれない。母さんも、お前に会った日から泣いてる。何とかしたいんだ。橋渡しを頼めないか」
冷静に話すので精いっぱいだ。好きな女をどうにかするため、自分が楽になるため、都合がいいことばかり言ってる。
コイツは俺にどれだけ恨まれてるか分かってない。
「あと2年待てよ。俺が独りで遠くに消えるから」
「それじゃ、何もかも間に合わない」
「・・俺に頼むな」
「兄弟だろ、俺達」
「何も知らなかった父さんに恨みはないけど、お前は別だ。助けてくれなかった上に・・」
「なんでもする。お前が欲しいものは全部渡す」
「もういらない。俺にはもう大切なものがある。過去に置いてきたものはいらない」
「お前は家族が必要ないって言うのか」
「苦しかったとき、あの日の美佳ちゃんだけが俺に力をくれた。お前も、あの女も、必要ないから捨てたんだよ」
「あの頃のことは謝る。・・なあ、考え直してくれ。俺も今なら・・・」
「うるさい!」
「は?」「え?」
兄の話をぶったぎって美佳ちゃんが、大声を出した。
「うるさい、許される時期なんてもう過ぎてる!」
俺が驚いてると、美佳ちゃんに右手を掴まれた。そして俺の横に立ってる。
「本当に修二のこと思うなら、二度と顔出すな・・」
美佳ちゃんの手から、温もりが伝わってきた。
「修二は本当に優しいんだ。優しいから、お前らへの憎しみを心の奥に押し込めて、お父さんと離れることを選んだ。お父さんをアンタと母親のとこに返したんでしょう」
「お前誰だよ、何にも知らない他人が口出すな」
「うちの兄ちゃんがアンタの元クラスメイトだよ。アンタとトラブったこともあるし、色々と調べて貰った。みんな聞いてる」
「・・・」
「あんたも散々修二を苦しめてたんだろ」
「お、俺は何もしてない」
「何もしてやらなかったの間違いだろうが。そして修二が母親から拒絶されるのを笑って見てただろうが。
そんなゲスのお前に、好きになった女が修二と仲直りしてこいって言った?
それってどう見ても、お前が失敗することを確信してる。
それ言い出したとこで、お前をゴミだと思ってるんだよ!」
「え、え・・」
「2度と現れるな。あんたなんか、家族の資格をとうの昔になくしてる」
美佳ちゃんが、俺のために怒ってくれる。あの男が目の前にいることなんてどうでもよくなってきた。
折れそうな心に勇気を注いでくれる。
「私が大好きな修二を大事にする。私が大事にすれば私が大好きな家族も修二を好きになる。絶対にそうなる」
ぎゅっと、痛いくらいに美佳ちゃんが俺の手を握ってくれる。
「傷付いた修二の心の隙間なんて、あっという間に埋めてやる」
また、7年前みたいに心の隙間に美佳ちゃんが入ってきてくれた。
「どっか行け。早く修二の前から消えろ!」
あの、俺と血が繋がった男は項垂れた。
そして「修二・・本当に、すまなかった」って。振り向いて足早にどこかに行った。
「・・また、助けてくれたんだ」
「当たり前だよ」
「・・なんで?」
「友達だから・・違うね・・」
美佳ちゃんが言葉を止めた。
「友達じゃないって意味で、修二を男として、す、好きだからだよ・・」
小さな声だけど、はっきり聞こえた。
嬉しすぎる。けど俺には、そこから先が見えない。
きっと普通なら美佳ちゃんを抱き締めてる。
それは欠陥品の俺がやっちゃいけない。美佳ちゃんも見たばかりだよね。
兄、『あの人』だけじゃない。あの人側の親戚には、決別を選んだ俺に不満を持つ人がいる。
いつか美佳ちゃんに迷惑をかける。
ただ俺が重い気持ちをぶつけても、美佳ちゃんの幸せには繋がらない。
今、一瞬でも両想いになれたことが嬉しい。
「美佳ちゃん、助けてくれてありがとう」
「へへ。あの人には、ひどいこと言っちゃった」
「それよか、さっきの言葉は・・」
「何回も言えないけど、本音だよ。修二は?」
「・・好きだよ、好きに決まってる。本当に嬉しい。だけど、俺が欠陥品の女から生まれて、何かおかしい育ち方したの分かってるよね」
「もちろんだよ。それを知った上で言ったよ。で、私とはどうするの」
美佳ちゃんは、まっすぐ穏やかな目で俺を見てる。
「俺ってさ、親も兄弟も捨てた男だもん。きちんと育てられた美佳ちゃんとは、どこかでずれていくと思う」
美佳ちゃんは静かに俺の話を聞いてる。
俺がいなければ、みんな円満になってる。俺がじいちゃんの家にいることで、軋轢が生まれてる。
だから俺がいなくなれば、美佳ちゃんは少なくとも不幸にならない。
この街では俺が避けたい人間と、再び会ってしまう。
「大事な人の近くに、俺はいちゃいけない。いずれ、遠くに消える・・」
「そっか・・。修二はそういう選択をするんだね」
本当は今、はっきり拒絶しなければいけない。けれど、あの手の温もりに未練が残ってる。
「最初と同じくらいバカなセリフ付きでもよかった。付き合おうって言ってくれたらOKするのにね。残念」
あっさりしてる美佳ちゃん。
また学校でって言って帰っていった。
初恋は終わった。
俺はこれでいい。望んでいた以上のものが手に入った。




