31 こいつが修二を苦しめた、私の中のラスボスだ
私と修二の恋。両想いになれた気もするのに成立してない。
彼氏彼女に進む道は、私からの一方通行になってしまった。
少し臆病になってきた。
けれど私の場合、ズルいけど修二を繋ぎ止める強力な手駒を持ってる。
2匹の召喚獣、ダイ兄、ハル兄。またの名を年が離れた兄貴達ともいう。
「美佳ちゃん、今日だね。ダイ兄さんとハル兄さんが俺のバイト先に来るの」
「うん。私の合流時間は予定通りに8時でいいよね」
その時、修二のLIMEがピロ~ンと鳴った。
「あ、ダイ兄さんが、なんか食べたいもの決まったかって、美佳ちゃん」
「私の方には来ないよ」
「そうなの?」
「愛情を注ぐ相手を私から修二に乗り換えやがったな、ダイ兄のやつ」
「乗り換え?」
「修二って弟が現れたから、シスコンからブラコンにモデルチェンジしたね」
「ぷっ、なにそれ」
「悔しいわ。私のお兄様を返してぇ~」
「ダイ兄さんは、いただいたわ。美佳お姉さま~」
「おほほほ。私にはまだ、ハル兄がおりますわ」
またも修二のスマホがピローンと鳴った。
「あ、ハル兄さんだ。今日は楽しみにしてるぞ、だって」
ハル兄、あんたもかい。
ここは教室。
マキが「相変わらず、変な距離感だな~」と苦笑いしてる。
私は素直に笑える。修二と本物の兄との間に確執があったことは知った。
修二との話題で兄弟のことは少なめだったけど、最近は修二の方から私の兄貴達のこと聞いてくる。
あのふたりは、私と違って中身があることが言える。
複雑な話を抜きにして、修二が私を安心させてくれる表情を見せてくれる。
◆◆◆
で、待ち合わせの時間になったけど・・私は修二とふたりだ。
兄ふたりから、それぞれの会合が盛り上がり過ぎて次の会場に流れると謝りの連絡があった。
そして、『あとで金やるから、修二と何か食ってこい』と連絡が来た。
金曜日の夜から娘が出かけることに両親は渋い顔だったけど、兄貴達と合流するから許してもらった。なのに両親をだました気分だ。
きょうの夕方、ダイ兄のところに修二の実家の近所に住んでいる人からの情報が届いた。
前にお願いしてくれてたやつだ。
その人は幼少期の修二が兄ケンイチに虐められていたことも知っていて、何度か家に避難させてあげたそうだ。
だから明るくなった修二に感謝され、何度か話を聞くうちに修二の実家で何か起こっていたか知った。
家庭が崩壊しかけた状況は、その人の判断でも間違いなく母親、兄、父親のせい。
なのに修二は自分にも原因があるのではないかと悩んでいた。
どこに行っても大人達が自分を庇ってくれるせいで、親戚と『元家族』に軋轢が起きていると感じているそうだ。
被害者なのに責任を感じた優しい修二。自分を『異物』と言ったらしい。
修二は大人になったら、知り合いが誰もいない遠くに消えて静かに暮らすと言い続けていたそうだ。
決意を知って私は泣きそうだった。
修二と1秒でも多く一緒に過ごしたい。遠くに行って欲しくない。
そう思ったら、いきなりふたりきりになった。これは偶然なのか、兄貴達の配慮かは分からない。・
◆
7年前の私とチイちゃんは、4月7日の小4の始業式に初めて話した。最後に一緒に過ごした日は5月14日か15日だった。
濃く接した期間は短くて、4月の終わり頃から3週間程度。
再会できた。
今度は時間が幾らでもあるかと思ったのに、修二はあと2年もしないうちに遠くに行く気だ。
駅前ロータリーの人がまばらな歩道を歩いている。
「ねえ修二、お腹すいてる?」
「う~んとね・・え・・」
修二の視線が目の前の一点に釘付けになった。
少し先に私達より年上の男が立っていた。
「しゅ、修二。婆ちゃんに、お前のバイトが終わったら、このあたりを通るって聞いて待ってた」
「お前・・もう俺の前に現れるなって言ったよな」
「す、すまん。けど、お前に許してもらおうと思って・・」
修二が私の方を見た。困惑してる。そうだよね、こんなやつに知り合いを会わせたくないよね。
写真で何となく見覚えがある印象。
こいつは修二の兄だ。修二がチイちゃんだったころ、家族の間で苦しむ流れを作った男だ。
こいつが修二を癒やしたい私の中の最大の敵。
修二の兄ケンイチ。私のラスボスだ。
私は修二の手を握ろうとした。けれど、修二は私が手を掴む前に前の方に歩いて兄と対峙した。
兄弟で話し出した。
「おい、帰れよ」
「少しでいい、話を聞いてくれ」
「・・なんでしつこく来たんだ」
「お、俺にも好きな女ができて・・」
兄ケンイチは勝手に語り始めた。こいつは地元の大学に通っている。
大学で好きな女ができた。仲良くなれた。そして交際を申し込んだけど、きっぱりと断られた。
なぜかといえば、私からしたら自業自得な理由だ。
「彼女に、弟のお前との間にあったことを中高と同じだったやつが教えやがった。そしたら彼女は、中学時代に虐めにあったらしくて・・」
「だから、俺が許してくれるなら考えていいとでも言われたのかよ」
「そ、そうだ」
「お前な、そんな下らないことで俺に会いに来るな」
「なっ・・」
言われた兄だけでなく修二の声もこわばっている。
そして兄ケンイチは修二と兄弟と思えないくらい身勝手だ。
虐めた方は、ちょっと相手をいじった程度の気持ちでも、やられた方は心の傷が長く残る。
かつて被害者側だった女性には、そういうこと自体が許せないはず。
明らかな虐め加害者と仲良くなったこと自体が、その女性にとって汚点だろう。
そんな女性が、『やった側』の兄ケンイチに弟の修二から許してもらってこいなんて条件を出す。
特にこの兄弟の確執は家族の別離なんて、大きな問題に発展している。それを女性は知っているだろう。
だったら結果は見えてる。
それ以上に腹が立つことがある。
目の前の兄は修二を苦しめてきた上に、身勝手な理由で弟の前に現れた。
何が謝りたいだ。ふざけるな。




