30 胸が張り裂けそうな選択
◇◇修二◇◇
正直、俺の心は強くなったと思い込んでいた。
まったく違った。
小4の5月から人と積極的に接してきて、女の子と出掛けることも何度かあった。
中3のときは同じクラスのアヤノに人生初の告白をされて断った。
泣かれて困ったから、次からアヤノみたいな目で好意を寄せてくれる女の子を見たら距離を置いた。
それでも付き合ってくれと言われたこともある。その時は自分の事情を話した。
『家族と不仲な時期があった。ひどい目にあった。その時に助けてくれた女の子だけしか心の中にいない。離ればなれになったけど、想い続けてる』
おおむね、こんな風に言った。
同じグループのカナコにも言った。カナコからヤイコにも伝えてくれた。
バイト先でも、付き合いたいとダイレクトに言われた美人の先輩に明かした。とってもいい人だったけど、解ったと言ってくれた。
何人かの女の子には距離を置かれることはあっても、きちんと言うことが相手のためになると思った。
そして、人との別れで大きな決断をしたことがある。
だから俺は強くなれてると思ってた。
中1の3月、兄から俺が頭に怪我をさせられた。なのに、「あの人」は兄を庇った。
それで両親の離婚騒ぎに発展した。
タクヤ父さんは俺を選んだ。父さんの親戚は完全に俺の味方になってくれた。
けれどタクヤ父さんは俺と、俺を産んだ「あの人」との間で苦悩していた。
そして「あの人」を深く愛していた。俺はタクヤ父さんを家に帰して家族と決別した。
離れた理由もタクヤ父さんの本当の気持ちを大事にしたいと、両方の祖父母に言った。
けれど、それだけが理由じゃない。
その前に俺の心は家族になかった。疎外感しかなかった。
俺がいない家族3人が『幸せ』に見えてしまったことがある。
まだ実家に住んでた中1の大晦日。実家の最寄り駅にいた。
長期の休みは、どこかの親戚の家に避難していた。
その時の避難先は今、世話になってる父方の祖父母の家だった。
爺ちゃんは、あんな家に帰る必要ないって言ってくれたけど、父タクヤが3年ぶりに家族4人で正月を向かえたいと言った。
強い希望を断りきれず、正月だけは家に帰ることになった。
電車を使った。予定より50分早い特急に乗った。
待ち合わせ場所は中央改札口の近くにある立体交差通路の下側を指定した。
あえて早めに着いて、交差通路の上側にいた。
ここなら待ち合わせ場所が見えて、向こうから見にくい。
なんとなく、上から客観的に自分の家族を見てみようと思った。
待ち合わせ時間の30分前、もう俺の家族は指定した場所に来た。
少し会話が聞こえた。
「・・タクちゃん、きちんとあの子と話せるかな」
「・・頑張ろう、カヨコ」
「父さん、ごめん・・」
「ケンイチ、俺にも責任はあるから・・」
その程度しか聞こえなかった。
俺は涙が出そうだった。
会話じゃない。話の内容なんて聞こえなくても、そこには暖かい『家族』があった。
タクヤ父さんが妻の背中をポンポンしてた。
俺を無視してきた「あの人」は、タクヤ父さんの手をつかんで深呼吸してた。
俺に嫌がらせを続ける兄が、そのふたりを目を細めて見てる。
暖かい『家族』が目の前にあった。
俺は爺ちゃんの家で世話になりたいと言ってた。けど心の片隅では、ほんの少し家族に期待していた。
長期休みの避難先から帰った日には母親から『ごめんね』と言われるようになった。
中1の俺には、まだ自意識過剰で子供じみた考えも残ってた。
後悔する妻カヨコ。
反省する息子ケンイチ。
ふたりに冷たい目を向ける夫タクヤ。
俺は、俺がいないことでギクシャクする3人の構図なんてものに期待してたんだ。
それで、ざまあみろって言いたかった。
だけど目の前の光景は違った。
年末の街に出掛け、来年への希望に胸を膨らませる親子の姿があった。
母親の精神疾患が発覚してから3年半が経ってた。
俺が爺ちゃんの家から帰ってきて、家族3人で迎えに来る場面が何度かあった。
俺が合流する時は必ず、みんなの顔が強張ってた。
俺は待ち合わせ場所に到着する前から、ギクシャクしていると思ってた。
けれど実際は、俺を待ってた3人は普通の仲良し家族に見えた。
俺は、電車に乗って爺ちゃんの家に引き返した。
タクヤ父さんには『風邪引いて行けない』とだけLIMEを送った。
ここから3ヶ月も経たないうちに俺がケンイチから怪我させられ、家族崩壊の危機を迎えた。
この大晦日のシーンを見てしまっていたから俺は、考えがまとまっていた。
大きな選択の時期は終わってた。
だから兄に傷を負わされたあと、きっぱり結論を口に出せた。
両親や親戚の話し合いの結果に関係なく、俺は母親と兄とは決別すると言った。
ただ、母方の親族から見たら簡単に母親を捨てたように映ったらしい。
「あの人」を大切にしていたあの人の兄から、色々と言われた。
『カヨコは病気なんだ。俺達も支援するから、お前も我慢してくれてもいいだろう。お前に親子の情はないのか』
反論の言葉は山のように浮かんだ。けれど、この人にも世話になっていたから何も言わなかった。
ただ、言葉は何ひとつ心に響かなかった。
◇◇
あんな経験の中でも自分の意思を貫けた。
だから、俺の心は鉄壁で自分は強くなったと思っていた。
美佳ちゃんと再会しても、引き際をわきまえられると思ってた。
現に高1の時は2回だけ声をかけて、あとは見ているだけで我慢できた。2年で同じクラスになって最初は大丈夫だった。
そんなこと考えてた俺は未熟でバカだった。
想い続けてきた人から向けられる強い気持ちに抵抗して、自制できるなんて思い込んでいた。
初めて美佳ちゃんの手を引いて校外に連れ出してから、気持ちの加速が止まらない。
本当に俺のこと考えてくれた言葉に、家族に傷つけられた心の痛みが和らいた。
一生懸命に接してくれて、新しい気持ちが生まれた。
貴重な初キスと一緒に、心の奥まで暖かい気持ちを届けてくれた。
だから自分の本当の気持ちに蓋ができない。
美佳ちゃん好きです。
精神的な欠陥品の俺が言葉に出してはならないけど。
いずれ離れるって決めてるのに、気持ちが大きく揺らいでしまうくらいに。
お別れの日を考えるたびに、胸が張り裂けそうになってしまう。




