美佳が知ってる愛情に溢れた家庭
修二のお陰で惨めな出来事を回避できて、心も足取りも軽く家に帰った。
なんだか浮かれてて、学校の荷物さえ置きっぱなしだったことを忘れてた。
折り悪くというか、お母さん、お父さん、2人の兄貴が両方ともリビングにいた。
「美佳、なんかあったの?」
心配性のお母さんが大きな声を出すと、お父さんと兄貴ふたりも立ち上がった。
「美佳、誰かになんかされたのか」
「兄ちゃん達に言ってみろ」
ダイ兄とハル兄が次々と血相を変えて捲し立てる。年が6歳、5歳と離れてて、すごく可愛がってくれる。
上の兄ダイキをダイ兄、下の兄ハルキをハル兄って呼んでる。
ふたりは同じ身長で182センチもある。
お父さんまで心配そうな顔してる。
「大丈夫だよ、え~と。学校に荷物置いて近くで友達とお茶しに行ったら・・楽しくなって・・荷物のこと忘れて電車乗っちゃった」
「がさつ」「美佳らしい・・」
「美佳ったら、変なとこだけお兄ちゃん達に似て・・」
「ま、まあ母さん、美佳が無事ならいいだろう」
苦笑いのお母さんと、何とか締めるお父さん。みんなで笑った。
相手が男子の修二だって言ってないけど、おおむね事実だ。
年が離れた末っ子で女の子。過保護すぎるときがあるけど、みんな心配してくれる。
恥ずかしながら、こういうときに家族に愛されてるって実感する。
ダイ兄に感化されて小3で大人っぽい音楽聴いてた。同時期にハル兄を追いかけてバスケ始めた。
そういえば、修二と何かあったっていう小4って、兄貴らの影響でクラスでは偉そうなこと言いまくってたな。
「美佳、ご飯は?」
「食べる~、オカズなに。お母さん」
多くは詮索されず、用意されたご飯食べて、後片付けのお手伝い。お風呂も入った。
さすがに気疲れしてて、早く寝た。
寝落ちする前に、中学の頃を思い出した。ちょっとほろ苦いやつ。
中1のとき、なんとなく波長が合う男子と仲良くなった。
コウタ君。
周りに冷やかされ、お互いに恥ずかしくなって距離が空いた。そのまんま会話もせず中学卒業。
高校は近いから道で3回くらい会って、手を振っただけ。
「・・なんで、こんなこと思い出したんだろ。あ、そうか」
思い出した理由は、ふたつかな。
1個目。この経験があって次は後悔しないとか意気込んでた。
だから、ヨウタの告白をその場で断るべきだったのに、返事保留にしてしまったんだ。
「失敗だったけど・・おかげで修二に助けられ・・楽しかったな。まあ、あの告白のセリフだから、あっちも本気じゃないかな・・」
2個目。久々に波長が合うなって感覚があった。
修二と初めてじっくり話して、忘れていた感覚を思い出した。
彼は子供時代、目があまり見えないくらい頭がボサボサで下ぶくれ、背も低かったチイちゃんと同じ人だと思う。
小4で転校する前、私の兄貴達の受け売り話を熱心に聞いてくれたチイちゃん。
なに話しても笑ってくれて言葉がスラスラと出てきた。あっちの話はたどたどしかったのに、不思議と苦にならなかった。
不健康で汚いって言ってる男子もいたけど、私は可愛く感じた。
最後は掃除のとき一緒にごみ捨てに行って、ふたりきりで話したんだよ。
同一人物なら言ってほしいよ~、修二。
違うんかな~。いや~、やっぱチイちゃんだよな~。
去年の春、再会した瞬間に私が誰か分からず「チイちゃん?」て言わなかった。
だから、忘れたと思われたかな?
見た目も口調も変わりすぎだよ~。
どう成長したら物静かなチイちゃんがチャラめで明るい修二になるの? 一致しないよ。
チイちゃんと濃く接したのは3週間程度。だけど、思い出していくと細かな会話も記憶に残ってた。
これから修二に、本人か別人か聞く機会もあるでしょ。
最後に話したのは・・あ、そうだ。
私が授業参観の話したら表情が暗くなったんだった。
チイちゃんは、5歳上のお兄ちゃんがいるって言ってた。お母さんはお兄ちゃんのとこには行くけど、自分のとこには・・って言ってた。
うちは両親だけじゃなくて、兄貴ふたりも学校サボって私の参観日に来たことがある。
そんな話してたらチイちゃんが沈んだ顔になったから、胸がぎゅってなって、励まそうとしたんだ。
チイちゃんの手を握って、勢いでダイ兄に習った歌『大樹』を歌った。
歌詞をパクって『キミが頑張って人に優しくすれば、誰かがキミに愛情をくれるんだよ』と強調した。
さらにハル兄の受け売りで、『お母さんが話にならないのなら、お父さんに助けてもらうといいさ。今日、1歩目を踏み出してみな』・・
あのころの私って、王子様キャラ目指してた。自分に酔って色々とやってた。
恥ずかしすぎる。痛すぎる女だった。
あ・・もしかして、修二には黒歴史だから、何があったとか、自分がチイちゃんだったとか言わない?
う~ん、それだと私が恩人ってセリフに結び付かない。
ええっと・・チイちゃんは、お母さんがお兄さんだけ大事にするって言ってた。
当時の私は過剰なくらいの家族愛を供給されてて、親って無条件で愛してくれると信じてた。
帰ったらお母さんに、そんな親がいるのか聞こうと思ったはず・・
なんで聞き忘れてたんだろ。
・・そうだ。帰ったらいきなり、お父さんの昇進と転勤って言われた。私も転校が決まった。
友達と離れたくないって泣いて、聞くの忘れてた。
その後は1週間で引っ越し、新しい環境。めまぐるしかった。
チイちゃんは・・私が引っ越すって言った次の日から『家庭の都合』とかで学校に来なくなった。
お別れもしてない。
サクラコに連絡先教えておいてって頼んだのに、何も便りがなかった。
チイちゃんの中の私って、その程度の存在だったか・・と残念な気持ちになった。
小4の5月、7年も前か・・
修二がチイちゃんなのか否か。そこは置いといて修二に今回のお礼がしたい。何か考えよう。
眠い・・
◇◇◇
修二は何も教えてくれないけど、チイちゃんと同一人物なら、実の母親に意地悪されてたはず。
昔の姿から想像できない明るい修二の姿から考えると、納得して親と別居してるのかな、程度に考えてる。
お母さんから向けられるものは、愛情だと信じてる私。
けれど修二にとって母親とは、心に突き刺さる鋭利な刃物。そんな存在だと知ったのは、しばらく先のことだった。