28 修二の宝箱には石ころが詰まってた
おいおいおい!
10分前の私、何をやった。
人がいない休日のオフィス街の間の細い道。
修二と2人で手を繋いで歩いている。
友キスってなんだよ。
修二の目を見て吸い込まれるようにキスしてしまった。
恥ずかしすぎて目が見れず、思わず7年前にやってないのに『友キスの再現だよ』なんて口に出してしまった。
そうだよ。初キスだよ。
セリフはともかく告白してきた修二に返事もしてない。関係もはっきりさせてない。
なのに、次のステップに踏み込んでしまった。
修二は嫌じゃなかったんだろうか。
「美佳ちゃん・・」
「・・・ん」
「ありがとう。俺、本当に嬉しい」
「私も・・」
「・・マジ?」
「うん・・」
目を合わせて、ふたりして照れた。
私達は、まるで恋人同士のように指と腕を絡めて歩いた。
取り留めのない話をした。
会話が途切れても手は離さない。かなり歩いた。
「修二・・」
「ん」
「私、初めてが修二で良かった」
「ん」
また話した。そして笑った。
手は繋いだまま。目的もなく歩いた。
ゆっくりと。
◆
帰り際、チイちゃんと共通の友人だったサクラコにLIMEを送った。1時間くらいして、返事が返ってきた。
修二が長髪にしてるのは、兄に怪我させられ、頭の右側にたくさんの傷があるから。
右目の下の傷痕もそうだった。
やっぱり修二のお母さんは心の病気だった。
何か過去の嫌な経験で心の隅が壊れ、壊れた原因になった誰かと似ている修二のことを認識すると心が乱れる。そう聞いたそうだ。
それで育児放棄の寸前になっていて、修二が自分で問題を克服した。
美佳『克服のきっかけは?』と送った。
サクラコ『修二によると、美佳の言葉がすべてだって。
けどね、美佳に重い気持ちを伝える必要ないって・・』
美佳『だから、サクラコにチイちゃんと修二が同じ人間だと明かさないでくれって頼まれたとか?』
サクラコ『そうだよ。ごめんね』
美佳『ううん。色々と知ってしまったら分かる。修二がためらったことも、サクラコの気遣いも分かる』
サクラコ『修二、昔から頑張ってた。彼のことよろしくね』
美佳『うん。私も頑張るよ』
◆◆
家帰って、ご飯食べて、お風呂に入った。
ベッドに寝転がって、改めて思い出したことを順に頭の中に浮かべてる。
修二の転機になった、あの日。完全に思い出した。
ゴミ捨てに小4の時の修二、すなわちボサボサ頭のチイちゃんと行った。
帰りは近道しようって、体育館裏の細い道を通った。2人きりになった。
そこでチイちゃんと立ち止まって、コンクリートの段差に座って話してた。
私は王子様キャラを目指してて変な口調だった。
『ボクは再来週の授業参観、気が重いんだよ。チイちゃん』
『・・僕も』
『うちはお父さん、お母さん、ダイ兄、ハル兄まで来るって言うからね。困るんだよね』
『いいなあ、うちのお母さんは来たことない・・』
『あれ、チイちゃんのお母さんって教育ママって聞いたことあるぞ。違うのかい』
『それ、兄ちゃんの時の話。僕とは家でもほとんど話してくれない』
私は、そんな親がいること信じられなかったけど、ダイ兄の影響で偉そうだった。
『チイちゃん、聞きたまえ』
『うん』
『もらった愛情の量が大きいと、人は優しくなれるって歌がある』
『じゃあお母さんに好かれてない僕は・・』
『ちっちっち、視野を広く持ちたまえ。愛情をくれるのは誰でもいいんだよ』
『・・・』
『もうボクらはトモダチだ。最初にボクがキミに愛情をあげよう。キミはお母さんのせいで心が痛いんだね』
『うん、ズキズキする・・』
『傷だらけになったチイちゃんの心の隙間をボクが埋めてあげるよ』
両手を伸ばした。
『さあ、手を出しな』
発育が良かった私は、背も高かった。自分より小さなチイちゃんの手を自分の手で包み込んだ。
そして『大樹』を歌った。
歌ったあと、歌詞から引用して色々と言った。
愛情をもらった人は強くなれる。
愛情に飢えてるキミも頑張って誰かを愛せ。そうすれば必ず誰かを幸せにできる。
そうすれば誰かに愛されるようになって、必ずキミも幸せになれる。
『この歌は?』
『キミは何も知らないね。「大樹」だよ。チイちゃんには、もっと愛情をあげよう』
チイちゃんをハグした。腕の中から彼は私を見上げた。
『どうだい、渡せたかな?』
『もらえた・・』
満面の笑顔になった。
『次はキミは次の誰かにあげるといい』
『あげるって・・』
腕の中に収まったチイちゃんと目を合わせた。
『クラスにいるリョウコって優しいだろ』
『うん』
『カノジョのお父さん死んじゃったけど、リョウコが一生懸命に明るく生きてるから、みんなもアイツを助けてあげてる。キミには、お父さんもいるだろう』
『うん』
『お母さんいなくても強いやつはいる。もう、キミはお母さんなんて気にするな。お父さんを頼れ。きっと話せば分かってくれる』
『・・僕、お父さんに大丈夫かって言われても、大丈夫ってしか答えてなかった』
『大丈夫かって言ってくれるんなら、きっと何かを思って、お父さんも心配してるんだ。キミからきちんと話せ』
『話せるかな・・』
『しっかり相手の目を見ろ』
『目・・』
私はハグを解いて、シュウちゃんの手を取った。
『ほら、こんな風に』
『美佳ちゃん・・』
『そして1歩目を踏み出すんだ。それだけで何かが変わる』
チイちゃんは、目をキラキラさせて私を見てた・・
『力をあげよう』
私はチイちゃんの額に自分の頭をコツンと当てた。
◇◇
私は唖然としていた。
『愛されたら~~』のくだりは、ダイ兄に聞けって言われた歌の歌詞。まさに『大樹』のサビ、そのまんまだ。
『1歩目を踏み出せ』はハル兄が読み始めた小説のパクり。
やっぱり、それ以外に言ってない。
まさか、あんなものが修二の生き方を変えただなんて・・
けど、アレしかない。
「あれ?」
涙が出ていた。
なんでだろう。
そうだ。
修二は、あんなものが心の拠り所になるくらい、追い詰められてたんだ。
あんなものを心の支えにして戦ったんだ。
あんなものを一字一句、覚えてた。
チイちゃんの心の中の宝箱には何も入ってなかった。
だから私が無責任に放った言葉が輝いて見えたんだ。
石ころのように価値もない言葉が宝石に見えて、宝箱に入れてしまったんだ。
そして、この程度の私と、私との思い出を大切にしてくれてた。
それなのに私は・・
「チイちゃんが辛いときに、いなくなってごめんね・・」
私は当時のチイちゃんを思って、声を殺して泣き続けてた。




