27 美佳ちゃん、友キスって・・
◇◇修二◇◇
美佳ちゃんの家に再び招待されて、ご両親、ダイ兄さん、ハル兄さんと6人でご飯を食べた。
また嬉しい感覚が芽生えた。
俺が、自分を産んだ人間から祝福されないことを何度も痛感させられて、大嫌いになった7月7日の誕生日。
避けてきた話題なのに、ダイ兄さんが軽く触れてきた。
『7日が嫌なら7月10日に美佳と俺と一緒に祝うぞ』
遠慮なんてない。当たり前のように言われて、なんだか心が軽くなった。
美佳ちゃんと関わり出して、俺の欲しいものばかり手に入る。
どんどん美佳ちゃんのことを想うようになる。
いや、もう7年間も想ってた。その想いが濃くなっていく。
美佳ちゃんと話してて、ドキドキすることばっかだ。
美佳ちゃんの家に忘れてきたワイヤレスイヤホンなんて、週明けの学校でもらえばいい。
なのにわざわざ、待ち合わせして持ってきてくれる。
今日も会える。
少しだけ早くバイトを切り上げさせてもらって、待ち合わせ場所の駅に来た。
◆
けど、気持ちは一気に落ち込んだ。
たまたまみたいだけど、まさかだった。美佳ちゃんの姿を見つけて入った駅の待合室。
俺を産んだ「あの人」がいた。
明後日が婆ちゃんの誕生日だから、こっそり会いに来たんだと思う。
世話になってる家では、婆ちゃん以外は俺の元家族を拒絶してる。だから、ここなんだろう。
もう会わずに済むと思ってた。
あの顔を見たら自分を反省した。俺は間違って「あの人」から生まれた欠陥品。
黙って見守るって誓いを破って美佳ちゃんと接しすぎて、浮かれてたことに気付いた。
笑顔が作れない。
美佳ちゃんを不安にさせちゃいけない。
美佳ちゃんに「あの人」のことを知られちゃいけない。
美佳ちゃんの前だから笑わないといけない。
恩人の美佳ちゃんに迷惑をかけちゃいけない。
何か言おうと思ったのに、父さんが俺に気付いた。
すると顔を上げた「あの人」と目が合った。
美佳ちゃんがいるのに、俺は耐えきれず後ろを向いて歩き出してしまった。
駅を出た。
バイト先がある繁華街と逆方向に向かった。
人がまばらになったオフィスビルが立ち並ぶ区域。
たまにひとりで行く、ビルの間から少し入ったところにある喫茶店の前で足を止めた。
日曜日で人がいないオフィス街だから、喫茶店は閉まってた。
美佳ちゃんとの待ち合わせまでは時間がある。少し冷静になって引き返そう。
なんて言い訳しようか・・
ビルの壁を背にして、俺は座り込んだ。
「修二!」
「・・え」
美佳ちゃんが追いかけてきてた。
壁際に座り込んでる俺の前に、美佳ちゃんが立った。
怒ってる?
いや、いきなりシカトして背を向けたのに優しい目で俺を見てる。
「ねえ、置いていかないでよ修二」
「あ・・ごめん」
美佳ちゃんには、あの場にいた「あの人」を見て動揺したことを言いたくない。
ごまかしの言葉を探してたら、美佳ちゃんに単刀直入に言われた。
「修二、あの人達が修二が決別した家族だよね」
「・・・え、なんで」
「たまたまが重なったんだよ・・。前に修二とお父さんが一緒にいるのを見かけたり、偶然に今の話を聞いたりした・・。ハル兄が修二のお兄さんと中学時代のクラスメイトだったり・・」
誰よりも知られたくなかった人に知られてしまった。
俺が捨てた血の繋がりがある「あの人」の精神疾患のことも知られた気がする。
俺の問題は、親子の仲がこじれて喧嘩別れした、程度と思っていて欲しかった。
気楽な仲良しのまんま、2年後に消えたかった。美佳ちゃんの中で、いい思い出として残りたかった。
言葉が出てこない。
正面から向き合った美佳ちゃんは、膝を付いた。
そして俺の肩に右手を乗せた。
「ねえ修二・・」
ごめんね美佳ちゃん、今は慰めはいらない。
家族と決別してから事情を知る人には、常に被害者として扱われた。
『大変だったね』『大丈夫?』『応援するから』
励まされるたび、嫌な記憶もセットで蘇る。何も言われないより辛かった。
その言葉を美佳ちゃんの口から聞きたくない。
「・・修二、私はアンタを尊敬するよ」
「・・・え?」
「チイちゃんは頑張ってきたんだね・・」
ちょっと目が潤んだ笑顔の美佳ちゃんが俺を見てる。
「小4なのにチイちゃんは周りを変えるほど頑張って、今の修二になったんだよね」
「うん。あの日から必死だった・・」
「そして今の修二になったあと、今度は沢山の選択をしたんだね・・」
美佳ちゃんが俺のおでこに、自分のおでこをくっつけてきた。
7年前にもやってくれたやつだ。
「とっても辛くても、自分が損をしても、限りなく人に優しい決断ばかりしてたんだよね」
「・・・」
「だから私は修二が・・」
おでこが離れて目が合った。
すると美佳ちゃんは俺の首に両手を回して引き寄せて・・
「・・ん」「ん・・」
・・俺の唇に、美佳ちゃんの唇が重ねられた。
すごく柔らかくて暖かい。
やっぱり美佳ちゃんだけだ。俺の家で何が起こってたかなんて、多くは知らないだろう。
なのに美佳ちゃんだけが俺を理解してくれる。彼女の言葉がすんなり心の奥に入ってくる。
ズキズキする心の痛みをやわらげてくれる。
やがて遠くに消えるつもりだから、この街に引っ越してきたあとも浅くて広い人間関係を作ってきた。
頑張ってたら、バイト先や学校で好意を寄せてくれる女の子はいた。けれど相手によっては事情を話して遠ざけた。
美佳ちゃんは、誰よりも傷つけちゃいけない相手。
だから拒絶するべきなのに、当たり前のように俺の心の隙間を埋めてくれる。
柔らかい唇と心地いい感触。
唇が離れたあと耳まで真っ赤にして、うつむく彼女。
「チ、チイちゃん・・。親友に贈る友キスの再現だよ。・・元気出たかい」
「・・うん、美佳ちゃん」
俺の大切な思い出を、それ以上のものに塗り替えてくれる美佳ちゃん。
ところで美佳ちゃん・・・
友キスって・・なに?
再現なんかじゃないよね。7年前の美佳王子様とキスなんてしてない。
少し顔を上げて目が合った。彼女の顔は真っ赤だ。
きっと俺も真っ赤だろう。
距離を置かないといけないのに、どんどん俺達は近づいている。
目の前の彼女が可愛くてたまらない。




