26 美佳が知ってしまった毒親の素顔
修二を家に招いた次の日。土曜日。私はひとりで出掛けていた。
私だって色々とひとりで買いたいものがある。女の子だもの。
ま、買い物はついでなんだよね。
昨日、家に来た修二が座ってたところに、ケースに入ったワイヤレスイヤホンが落ちていた。メールしたら修二のやつだった。
同じクラスだから月曜日に届ければいい。
だけど今日、届けることにした。
・・うん、会いたい。
立て続けに会うのは迷惑かと思った。
LIMEで『都合悪ければ月曜に持っていく』って送った。
すると修二が大歓迎だって返事くれた。
アイツは今日、午後3時までバイトだって。カラオケ店の最寄り駅で3時半に待ち合わせしてる。
最後の買い物を終えて、修二と待ち合わせしてる駅の改札近く。
2時半で待ち合わせ時間までは間があるけど、ぼんやりと待っていることにした。
駅の規模は意外に小さい。ちょうど待合所とベンチがあって座れた。冷房が入っている。
横のベンチに、中年夫婦と少し年配の女性が3人で座っている。
このスペースには、私も入れて4人だけ。
聞き耳を立てるつもりはなかったけれど、聞き覚えがある声だ。中年男性の方。
「母さん、俺とカヨコから誕生日のプレゼント」
「ありがとう、ふたりとも」
少し前、修二とお父さんの会話をコーヒーショップで偶然に聞いた。
お父さんの横にいる『カヨコ』の名前は忘れてない。修二の母親。
小さい頃の修二、『チイちゃん』を苦しませてきた元凶の毒母だ。
一瞬、隠れるべきかと考えたけど、私達はお互いに顔を合わせたこともない。隠れる必要はない。
むしろ堂々と見た。お父さんは修二と似ていない。ハル兄から見せてもらった修二の兄の写真とよく似ている。
そして母親は修二と似ている。その母親が口を開いた。
「お義母さんもタクちゃんもごめんね。私のせいで、こんなところでしか会えないようになって・・」
あれっと思った。口調が柔らかい。
むしろ、アイツを連想させる。
なぜか修二と似ていると思った。どういうことだろう。
私がイメージしていた毒親とは何かが違う。
あと、そういえば修二のお爺ちゃんが、修二の家族を許してないような話は知った。
だから、家に行けない?
「カヨちゃん、修二のことでアンタに思うとこはあるけど、アンタも知らないうちに心を病んでたんだよね」
「けれど、それを自分の子供を苦しめた言い訳にはできない・・。実際に心の中は・・最低で母親らしくなかった。最後は怪我したあの子を助けずに、ケンイチを庇ってしまった」
「うちのダンナは聞く耳を持たないけど、私も年子の男の子3人を育てて育児でうつになりかけた。心の病気は怖い・・。修二のこと納得できないけどね、アンタ自身は悪い子じゃない」
「うっ、う、うっ」
「カヨちゃん、初めて会った4歳のときから泣き虫だったけど、相変わらずだね」
「ご、ごめっ、義母さん、ごめんね」
修二のお父さんが、優しくお母さんの背中をなでている。
私の中では修二を苦しめた女なんて『絶対悪』だ。だけど横で泣いている女の人は、すごく弱くて人が良さそうな・・
悪の元凶のはずなのに・・。旦那さんに大切にされている。
私は、こんな夫婦を知っている。
まるで円満を絵に描いたような、うちのお父さんとお母さんのようだ。
お互いを労り合うカップルにしか見えない。
私は混乱している。
「タクヤ」
「なに、母さん」
「カヨちゃんが患ってるストレス性の精神疾患とか、それから来る症状が修二を拒絶した原因だってことだよね。だからって、この子が修二にやったことは許されない」
「うん・・」
「それでもアンタは、カヨちゃんを選んだんだ」
お婆ちゃんの口調が固い。
「アンタら家族は、もう修二には関わっちゃいけない」
胸がぎゅっと締め付けられる。
「・・それしか方法がないんだよね。俺より修二の方がよく分かってた。アイツは俺に、自分を忘れてカヨコを守ってやれって言ったもんな」
「どんなに割りきれないと思っても、タクヤは夫としてカヨちゃんの味方をしてあげるんだよ」
しばらく3人で話していた。
修二の母親は驚くほど普通の女の人に見えた。
母親のストレス性精神疾患? なにそれ。そんなものが修二を苦しめてきた?
お婆ちゃんは少しの沈黙のあと、お父さんに言った。
「タクヤ、アンタは徹底するんだよ。話題に出してもダメ。カヨちゃんと修二・・両方は取れない。ケンイチにも言っときなさい」
「分かってる。俺のどちらも手放したくないって中途半端な判断が、カヨコと修二を長く苦しませた」
私は、涙をこらえるので精いっぱいだ。
「ケンイチも来年は就職で家を出る。俺も異動願いを出した。だから母さん・・」
「・・なんだいタクヤ」
「俺はカヨコを連れて遠くに消える。家も修二に残していくから、アイツのこと頼む」
それを聞いて、母親のカヨコさんが人目をはばからず泣き出した。
ごめんタクちゃん、自分で生んだ息子を愛せなくてごめんって何度も謝った。
修二を苦しめてきた毒親の実像は善良な匂いがする。
間違いなく旦那さんに愛されてる。
はっきりした『悪』であって欲しかった。
バカカップルの騒動のとき、修二はチハルが『悪役』になる構図を作ってくれた。だから私は『善』として見られ、心が軽かった。
こんなんじゃあ、修二は誰も憎めない。気持ちの行き場がない。
精神疾患ってなんだよ。ふざけてるのかよ。
・・あ。
・・そうか。
きっとそうだ。
修二は、この母親が憎み切れないから、母親から何も奪わず、家族と離れることを選んだんだ。
きっと自分が捨てるんじゃなく、捨てられることを選んだ。
だから修二は、どこまでも優しいんだ。
修二は私が想像できなかったくらい悲しい目にあった。
そして私が思ってたより何倍も悲しい決断をしたんだ。
心の痛みを抱えてても、私なんかに笑顔を向けてくれて・・
胸が苦しくなって、そこを離れようとした。
立ち上がって、修二との待ち合わせ場所に行こうと振り向いたら・・
「あ・・修二」
いつからいたんだろうか、修二が待合所の入り口に立っていた。
視線は3人の大人に向けられている。




