24 友ハグは母性に溢れてた
チイちゃんと呼ばれてた修二と、一気に仲良くなった日を思い出した。
7年前の小4の4月。
私とチイちゃんは隣の席だった。
暗い男子って話は聞いてた。何度か話してみると、予想に反して面白かった。
ただ、昼休みや放課後に一緒に遊ぼうとか誘っても、最初は断られてた。
新学期が始まって2週間くらい経った頃だった。
放課後、たまたま教室には、ほとんど人がいなかった。
チイちゃんと話してたら、仲良しのサクラコが飛び付いてきた。
で、サクラコを受け止めてハグした。
当時の私は王子様気取り。背もクラスの女子で一番高かった。
サクラコとじゃれ合ってた。
『サクラコは甘えん坊だね』
『えへへ。美佳ってお母さんみた~い』
『ダメだよ。そこは王子様と言ってほしいな』
そこで視線を感じた。
チイちゃんが、なんだか暗い目で見てた。
それまで暗い男の子だって言われてても、私と話してるときは表情が柔らかかった。
それが消えてた。
『どうしたんだい、チイちゃん』
『美佳ちゃん、なんでもない。大丈夫・・』
『大丈夫ってことはないだろう』
『え、な、なんで?』
当時の私は、修二と母親の確執なんて知らなかった。
ただ、深くも考えずに悲しそうなチイちゃんが嫌だとだけ思った。
そしてダイ兄の受け売りで偉そうだった。
『ボクには分かるんだよ。チイちゃん、立ってごらん』
『うん・・』
立ち上がったチイちゃんは、今の修二と違って私より小さかった。
私は手を広げた。
チイちゃんは戸惑ってたけど、構わず私からハグした。
私の腕の中、ビクッとしたチイちゃんは体を強ばらせてた。
『なんか、悲しいことでもあったのかな?』
『・・分かるの?』
『分かるさ。ボクとチイちゃんは、意外に気が合うだろ』
お母さんと何かあったようなこと言ってた。怒られてヘコんだのかなとか考えた程度で、軽く聞き流した。
チイちゃんの表情が緩んだ気がした。
『ほら、大丈夫じゃなかっただろ』
『・・・・』
私の腕の中から顔を出し、上目遣いになったチイちゃんと目が合った。じっと私を見てた。
私は当時の修二が可愛くてニンマリした気がする。
サクラコに邪魔されてハグは中断したけど、あれからチイちゃんと過ごす時間が増えたんだった。
サクラコもよく絡んでた。
◇
私はまたも劣化王子様。
「チイちゃん、週末に何かあったのかい?」
「え、いきなりチイちゃん呼び。どうしたの?」
周りには人がいない。
「いや、ここ2~3日、何となくね・・」
「変な顔してたかな。心配かけてごめんね。疲れてるのかな?」
多分、修二は聞いても教えてくれない。マイナスな話は避けてる。
「7年前のチイちゃんと最初に仲良くなったときのこと思い出したんだよ」
「へえ~、どんなの?」
「再現していい?」
「うん、ぜひ」
過去のネタも尽きてきたけど、7年前の修二は間違いなく喜んでくれた。
私は無造作に修二に近づいた。そして正面から修二の背中に腕を回した。
「み、美佳ちゃん?」
「と、友ハグだよ。あの頃、チイちゃんに悲しいことがあったら、いつでもやったげるって言ったよね・・」
「・・覚えててくれたんだ。友ハグ、俺、嬉しかった」
「最近、何かあったんだね・・」
「いや、大丈夫だよ」
「・・その、チイちゃんの口癖、久しぶりに聞いたよ。大丈夫じゃないときに、『大丈夫』って言ってたよね」
「美佳ちゃん・・」
「何があったかなんて無理して言わなくていいよ。言いたくなったら聞いたげる」
「うん、ありがとう・・」
修二の中の何かが緩んだ気がした。
たださ・・
すごいドキドキしてる。
自分より大きくなった男の子の脇の下から腕を回して、7年ぶりのハグをしてる。
抱きつくまでは、修二を癒したい純粋な気持ちだけだった。
けど、こやつは私より10センチ背が低くて華奢だったチイちゃんじゃない。成長して私より10センチ以上大きくなった修二だ。
思ったよりがっちりした体。顔も好きになってる。
なにより、私達は小4じゃない、もう身体が成長した高2の男女だ。
自分から密着したくせに、右耳から聞こえる修二の鼓動に、私のドキドキが加速している。
私はなにをやっている。
癒しじゃなくて、熱烈アプローチみたいじゃないか。
親友の線引きってなんだろう。ここまでやっていいの?
けど、なんだか心地いい。修二から拒絶反応もない。
私の腕は修二の胴に回ってる。フリーになった彼の腕が動いた。
ためらいながら、彼の両手が私の頭に回された。
・・え。7年前とは逆の体勢だ。
密着・・。そして自然と私の顔は上を向いて、修二と目が合った。
「・・美佳ちゃん、俺、美佳ちゃんが・・」
「え・・」
そのときである。
「ああっ!」「わ!」
いきなり女の子の声がふたつ上がった。私達の視界に同じ制服を着た女子生徒が入った。
「うひゃああ!」
私から変な声が出て、勢いよく離れた。
そうだ、路地裏でふたりの世界を作ってたけど、立派な公道だ。
壁際に並んで張り付いた私達。
女子生徒は、ニヤニヤしながら私達を見て通り過ぎた。
私は緊張しすぎてる。
「しゅ、修二」
「ん・・」
「後輩らしき生徒にみられちゃったけど、元気出た?」
「うん」
「辛い顔してたら、またやったげる・・」
すると修二が土曜日にデートしたときと同じ笑顔になった。
「へ~、じゃあ毎日、落ち込んだ顔しようかな~。そしたら毎日、美佳ちゃんに友ハグしてもらえるね」
「い、いいよ。あくまでも親友を元気づける友ハグ、『恋人ハグ』じゃないからね」
「ははは。ありがとう」
「どういたしまして」
修二の感じが元に戻った。ドキドキだったけど、やって良かった。
ところで、ハグはハグだよな。それも男女の。私、なに言ってるんだろ・・




