22 最高の兄貴達と出会ったあとの、最低な兄との再会
◇◇修二◇◇
美佳ちゃんとの別れは名残惜しいけど、またも次の約束ができた。
今度は美佳ちゃんのお兄さん達から誘われた。
美佳ちゃんが駅まで送ってくれた。まだ話したかったけれど、少し日が陰ってきたから早めに帰ってもらった。
嬉しい日になった。
美佳ちゃんと2度目のデートも最高だった。
俺の大切な歌『大樹』の本物を一緒に聞けた。その後も話が弾んだ。
ミニバスケ場では美佳ちゃんと話してるだけのハル兄さんの友人をナンパ野郎と勘違いした。いつものように冷静になれず、殴りかかるとこだった。
失敗かと思ったけど、なぜかハル兄さんに気に入られ、家に招待された。
そして歓迎された。
ダイ兄さんにも馴染んで、なんというか気を遣われなかった。
親戚の家でも『被害者』として気遣われてきたから、経験したことがなかった。
俺を産んだ「あの人」、遺伝子上の兄、そして父さんと囲んだ食卓では望んだこともなかった。
ご飯を食べてるだけなのに、新しい喜びを感じた。
あ、美佳ちゃんと食べたハンバーガーは別格だけどね。
なんだか途中から、美佳ちゃんとふたりの時のように、意識せずに笑顔だった気がする。
電車に乗った。
俺なんかが美佳ちゃんと関わり過ぎてはいけないと思いながら、彼女のことばかり考える。
またも俺が欲しいものをくれた。
笑顔の食卓。そして一緒にご飯を食べながら笑える兄貴という存在。
血が繋がった兄とは経験したことないのに、ハル兄さん、ダイ兄さんが本物の兄貴達のように接してくれた。
送ってもらいながら話してたら、美佳ちゃんが驚くこと言ってくれた・・
『修二が私のうちに、すっぽり入ればいいんだよ』
美佳ちゃんがそんなこと口に出すから、聞き流したふりをするのが大変だった。
嬉しすぎて涙が出そうだった、ホントは。
◆
駅の改札を出た。
世話になってる祖父母の家への近道になる細い場所を歩いてる。
前から誰かが歩いてきてた。
嘘だろ・・
こんな避けられない場所で会ってしまった。アイツだ。名前はケンイチ。
5歳年上の俺の兄。
もう何年か会ってない、もう会いたくない男だ。
「修二?」
俺の顔を見て、固い表情から卑屈な笑顔になった。
「・・お前、こんな遠くまで来て何してる」
「修二、久しぶりに兄弟で会ってそれなのか?」
「当たり前だ。何しに来た」
「今度こそ、本当に反省したんだ。好きな女ができて・・色々と諭されたり・・。そしたら、お前のことで後悔して泣いてる母さんのことも放っておけなくて・・。とにかくお前と爺ちゃんとお前に謝りに来た。けど門前払いだった」
今さら遅い。
こいつは事態が悪化しても反省しなかった。
俺が家族と別離することが決まっても、『俺は無実』の一点張りだった。
俺の荷物を運ぶとき、迎えに来てくれた爺ちゃんと叔父さんに怒鳴られて、爺ちゃんに殴られて・・それから1年も過ぎてから形だけ謝罪した。
「・・もう遅いんだよ」
「何がだ。反省してるじゃないか」
「被害者ぶるつもりはないけどな、俺や爺ちゃんの中で、最悪だったのはお前だ」
「何でだよ。お前をいじめたことは謝っただろ。なんでいつまでも言われるんだよ」
こいつはダメだ。だから、はっきり言ってやる。
「俺を産んだ『あの人』は心に病気を抱えてた。父さんは仕事で目が行き届かなかった」
「だろ、俺も母さんがあんな病気だなんて・・」
「だから、無力だった俺を救えたのは、兄であるお前しかいなかったんだ!」
「・・え」
「1度だけお前に助けを求めたよな。そんな幼稚園児の俺をお前は笑いながら無視して、外に放り出したよな。あれで俺は周りの人間全てが怖くなった」
そうか・・
俺はもう、俺を産んだ「あの人」には会いたくないだけで、意外に恨みを感じない。
そして多くの人に助けられたのに、俺の感謝の気持ちの大部分は美佳ちゃんだけに傾いてる。
逆に、俺が人を恨む心、嫌う心、そして蔑む心・・
負の感情は目の前の「助けてくれるどころか虐めた兄」に、みんな向いている。
俺は最低だ。
まるでカウンセラーに聞いた俺を産んだ「あの人」と同じじゃないか。
タクヤ父さんを一途に愛してる。
けれど弟との確執からストレス性の精神疾患を静かに発症し、弟だけを憎んだ。そして弟と顔が似ている実の息子を虐げた「あの人」と同じだ。
「あの人」にはタクヤだけが『善』、俺だけが『悪』
俺の中では美佳ちゃんだけが『善』、兄だけが『悪』
そして俺も「あの人」も他の人には、同じように優しく接することができる。
俺達は同じ精神構造なんだ。欠陥品だ。美佳ちゃんとも、他の人と同じように距離を置かなきゃ。
だけどあと、1年と9カ月。せめてそこまでは・・・
「おい修二」
またも兄が何か言ってる。
ただ、うるさい。
うるさい。
うるさい。うるさい。うるさい。
「うるせえ!」
「な、なんだと」
「うるせえんだよ!」
「くそっ。なんで、あれから嫌な目にあってばかりなんだよ・・。お前がいなければ」
「・・そうだな。俺がいるから悪いんだよな」
「あ、いや」
「お前は中2の3学期に同級生とのトラブルから、弟いじめが発覚した。それから同級生に総スカンくったのも俺のせい。いまだに父さんから信用されないのも俺のせい・・・だよな」
「ち、違う、修二」
「違わないさ。だから俺は家を出た。お前や「あの人」のためじゃない。俺を助けてくれた父さんのためだ」
「す、すまん、すまん」
「今さら謝るな。俺が憎む『悪党』として、前みたいに嫌らしい笑顔を浮かべてくれよ」
俺は実の母親を捨てて、実の兄を誰よりも憎むことで気持ちのバランスを取っている。
最低だ。最悪の人間だ。
「お前だけが、小さくて無力すぎた俺の苦しい状況をなんとかできた。そこでお前は俺をいじめる方に回った」
「ち、ちがっ・・」
「問題が発覚しても俺に嫌がらせをしたお前だけは、何があっても許さない。二度と俺に関わるな」
やつは立ち尽くしている。
俺は反対方向を向いて、再び駅の方に歩いた。
やっぱり俺はダメだ。
だから思う。
美佳ちゃん、ありがとうって。
こんな俺に勇気をくれて、ありがとう。
明るく過ごすための道しるべを示してくれて、ありがとう。
再会して大きな喜びをくれて、ありがとう。
叶えてはならない恋だとしても、人を好きになるってことを教えてくれて、ホントにありがとう。




