18 ずるいよ、美佳さん
絶対に笑顔しか見せない修二の泣きそうな姿。その背中をさすって癒す美佳。
柱の影で全部は見えないけれど、ただ寄り添うふたりが、そこにいる。
この光景を修二グループの女子ヤイコが見ている。
やっぱりそうなのかと、物悲しい気持ちになっている。
ひとりで修二が商業施設に行くと聞いていて追いかけた。聞きたいことがあった。
そしてふたりきりになれたら、何でもいいから気持ちを伝えたいと思っていた。
もちろん彼女は修二に好意を持っている。
引っ込み思案の彼女は去年、高校進学を機に自分を変えようとした。けれど1年の春には断念した。
太った陰キャとして認識され、たまに中学からの同級生と話す程度で過ごしていた。
修二と初めて話したのは去年の秋の朝。夜遅くまで小説を読んでいて寝不足だった。そのせいで登校時、教室の前で足がもつれて転んだ。
デブ女が荷物の中身をぶちまけての大転倒。周りの人が笑い始めた。
辛うじて四つん這いになったけど泣きそうだった。
その時に前から歩いてきた男子3人の中に修二がいた。
「大変だ、紳士として見逃せな~い」
「誰が紳士だよ」
「まあ、助けにいこうぜ」
修二がヤイコの腕を取って立たせてくれた。
修二の友人も荷物を拾ってくれた。
すると他の女子も同じように助けてくれた。
修二にお礼を言うと、笑いながら周囲の女子に言っていた。
「女の子を助けた俺って優しいっしょ。ポイント高くない?」
「修二~、そういう一言が余計なんだよね~。下心みえみえ」
「黙ってやればモテるのに~」
その後もすれ違ったときに怪我はなかったと聞かれた。
何度か廊下で挨拶する程度の関係になって2年に進級すると、同じクラスになれた。
陰キャ継続かと思っていたら、修二に声をかけられ同じグループに入れてもらった。
修二に教室前で助けられてから始めたダイエットも効果が出ていて、髪型も整えた。
少し自信が付いた。
ほんの4日前、自分の思いを知っていた同じグループのカナコに呼ばれた。
カナコも自分のように修二から誘われ、1年生の時から接してきた。
彼女も修二への思いを募らせ告白しようとしたが、それを察知したかのように修二に過去の話をされたそうだ。
修二は今の明るさが信じられない悲しい過去を持っていた。
修二は母親、兄との仲が悪く、板挟みになった父が悩んで家庭が崩壊しかけたらしい。そのため、今は修二だけ家族と離れ祖父母の家で世話になっている。
その原因が自分にあると、寂しそうに笑ったという。
自分は人と深く関わることが怖いと言ったそうだ。
そして、その状況でも笑って過ごせる気力をくれた女の子だけが心の奥にいると。
その女の子は、美佳しか思いつかない。
カナコは自分が教えられるのは、そこまでと言った。それ以上は修二本人に聞いてくれと言われた。
これが修二に思いを残すカナコの牽制などではないと分かった。
なぜならカナコは泣いていた。
カナコは孤立しかけたときに修二に声をかけてもらった。
だから彼に楽しい高校生活を送ってもらうため、グループのみんなと仲良くしていくと漏らした。
誕生日の話は、修二グループの仲間の間でタブーとなりつつある。
修二はグループのみんなの誕生日は祝おうとするのに、自分の7月7日のことは拒絶気味。
カナコの話から何となく察した。
今、ヤイコは商業施設の中でベンチに座る修二を見つけた。柱の陰でひとりだと思ったら、横から美佳の声が聞こえてきた。
足が止まった。
美佳は、修二に誕生日の話を切り出した。
修二が戸惑った声を出したときは、美佳に対しても拒絶するのかと思った。
けれど美佳は、自分達の思い出をなぞりながら修二を驚かせた。
修二の弾んだ声が耳に残る。
話が終わってうつむく修二の声は、涙声だと思った。
修二と美佳は、いまだに教室でも気楽な関係に見える。
自分達、グループの仲間を大切にする修二は、以前と変わらない接し方をしてくれる。
けれど美佳と交流を重ねるほど、笑顔が柔らかくなる。
ダメ元でも気持ちだけは伝えようとしたけれど・・
目の前の2人は、他の人では作れない空気をまとっている。
自分が持たない、過去の修二を癒した記憶という強力なカードを美佳は持っている。
「そんなの、ずるいよ美佳さん」
思わず呟いたけれど、それが八つ当たりなのは分かっている。
美佳は修二のデリケートな部分に、労りの気持ちを持って触れている気がする。
美佳も修二が好きなのは、見ていて分かる。彼氏彼女になるのは簡単に見える。
そのはずなのに、美佳は手にした強力なカードを修二の心の傷を癒すためだけに使った。
自分の気持ちは抑えて、後回しにしている。
勝てないと思った。
ヤイコは、その場を静かに離れた。
こらえきれない涙を落としながら、歩いていたときだ。
「ヤイコ・・」
「リョウヤ君」
自分と同じように、修二のグループに誘われて仲間になったリョウヤに会った。
「あ、え~と偶然にヤイコを・・、なのかな?」
「・・」
「ごめん、修二みたく気のきいたこと言えないけど・・。一緒に冷たいもの飲まない?」
なんとなく、心配して来てくれたような気がする。
「・・おごり?」
「うん」
「え、いえ、冗談だよリョウヤ君」
「いやヤイコ、俺におごらせて・・」
真っ赤な顔で言われた。
それ以上は何も言ってくれないけど、仲間が心配してくれたんだと思えた。
「リョウヤ君」
「ん?」
「ありがと・・」
「ん」
今は悲しくても、癒やそうとしてくれる仲間ができた。
涙の跡のことを何も聞かず、横を歩いてくれる。
今はズキズキする心の痛みが取れたら、きちんとお礼を言いたいと思える。




