15 ただの水滴が輝いてる
修二のことをよく考えてる。
アイツ自身は優しい。そして人を助けに危険の中に飛び込んでいける勇気もある。
初デートから2日後の月曜日。
思ったことを素直に言ったら嬉しそうに笑った。
「そうなれたんなら、美佳ちゃんのお陰だよ」
「リップサービスありがとう。けどマジに、それって修二の頑張りだよ。謙遜しないの」
「へへへへ」
なんで、こんなに柔らかい笑顔を見せてくれるんだろう。
7年前、2か月足らずの間だけのクラスメイト。チイちゃんと呼ばれてた頃のアイツ。当時の背景は聞けば聞くほど、家族の愛に包まれてた私とは逆だった。
コーヒー店で偶然に聞いたお父さんとの話、そしてハル兄の話から考えると、必死に自分と周りを変えたんだと思った。
私には絶対的な味方と信じて疑わない家族が、修二には敵だったという事実が見えて来た。
私だったら耐えられない。
なんて強いんだろう。
大きなマイナスを跳ね返した姿が、目の前にいる彼なんだ・・
「あれ、胸が締め付けられる」
「食べ過ぎ?」
「いやあ、食後のメロンパンが余計だったか。って違うよ」
「チョコ持ってきたのにあげれないね」
「あ、それは食べる。別腹だよ」
私と修二は基本、自分のグループと一緒だけど、2人でいる時間も増えた。
話すほど、しっくりくる感じがする。
だからなおさら思う。小4の5月、逆境を乗り越える勇気を私が与えたとは思えない。
けれど、ほんの少しでも役立っていたらいいなと思うようになった。
もっとチイちゃんとの会話を思い出そう。
思い出すたび、修二が喜んでくれる。
◆◆
1週間もすると、少しずつ変化が現れた。
修二は自分のグループを大切にするし、私も仲間と過ごす。
チャラい感じでも修二は授業態度も真剣。私は家族を落胆させない程度の成績をキープするため、眠いのを我慢して頑張ってる。
放課後に修二の方から話しかけてくる回数が増えた。たまにジュースや飴玉を持ってきてくれる。
「美佳ちゃん、どうぞ~」
「サンキュー、お返しにチョコだよ~」
「おっ、嬉しいな。大事に食べるよ」
「早く食べてよ。安く買ってきた見切り品だから、消費期限ギリだよ」
「大きな愛がこもってるかと思ったのに、勘違いか~~」
「込めてるよ~、値段と一緒で80パーオフだけどね」
「あははは」
「うひゃひゃ」
「あんたら、妙に息があってるけど・・」
親密だけど甘い空気のなさに仲良しのマキがあきれてる。
そして次の週末に会って何をするかってLIMEが来る。
クラスメイトは、ようやく期待してた展開になったと言う。修二を好きな子の視線は前よりきつい。
私の中でも大きな変化。あっちから接触してきてる。
会話は短くても、的を外さずキャッチボールできてる。
今日も6月の大粒の雨が降った。雨が止んだ直後、窓ガラスに水滴が流れていく。
なんだか最近、その水滴が妙にキラキラしてるように映るんだよね。
そういえば、アイツが来た。
水曜日の休み時間、私に浮気の冤罪をかけようとしたバカカップルの片割れ、チハルが教室の前に現れた。
正直、存在を忘れかけてた。
廊下に呼ばれて、隅っこで謝られた。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
この女もダメージがすごいって聞いてる。
情報提供してくれるバスケ部のヤベ君によると、バスケ部に居づらくなってマネージャー業も休部状態だそうだ。
考えてみれば私は、コイツの幼稚な策略のお陰で修二と仲良くなれた。
断る気だったヨウタの告白の返事も、湿度ゼロで霧散した。
私が謝罪を受け入れてプラマイゼロでいい。
さてさて、腕を組んで何を言おうか。
ちらっと脇を見ると、意外と人が集まってきた。
え・・ちょっとギャラリー多くない?
緊張してきた。
あの断罪返しのときのように変なこと言ったら、また収集がつかなくなる。
そこで頼もしい助っ人が来た。
見かねた修二が間に入ってきた。
私に背を向け、背中に右手を回して2本の指を立てた。
3度目の拝見となるハンドサイン。『待機』だった。素直に従う。
かなり安心感がある。ここで人あしらいがうまい彼が丸く収めてくれるだろう。
「チハルさんだっけ。本当に反省してるんだよね~」
「・・はい。心から反省してます」
「美佳ちゃん、これでいい?」
「うん、それじゃ、よりを戻した彼氏君と一緒にお幸せにね」
私のひとことに、チハルの顔色が変わった。
「・・・たわよ」
「・・ん?」
「もうヨウタとは、今度こそ別れたわよ!」
私が軽く失言した。チハルの逆鱗に触れた。
「あんたが好きでもないヨウタの告白を保留にしなきゃ、こっちは楽に復縁できてた」
ちょっとチハルの目が怖い。
「結局は何にもしてないくせに修二君に助けられて・・」
これは言い返せない。ごもっともだ。
「違うよ美佳ちゃんは、ドン底のときの俺を助けてくれた。だから俺は恩返ししてるだけなの」
その話を知らない人が、この場には多い。ざわざわとしてきて、何か身もだえしてる女子もいる。
ただ修二の口調が普段と違って真面目だ。
少しの沈黙のあと、いつもの修二に戻った。
「ほら~、せっかく勇気を出して謝罪に来たこと忘れちゃダメだよ~」
「そうでした・・ごめんなさい」
「チハルさんだっけ」
「は、はい」
「うん、こんな風に来るのって、なかなかできないよ。筋を通そうとしたことは美佳ちゃんも分かってくれる。一歩目を踏み出せたから、これからはいいことがあるよ、きっと」
「そ、そうかな・・頑張ります」
チハルは、少し潤んだ目で修二を見たあと去っていった。え、顔が赤くね?
修二の優しさはすごい。敵さえも気遣っている。
教室に戻ると、修二を知っているクラスメイトほど驚いていたようだ。
私は大した女じゃないのに、あんなこと言われた。
顔が熱くなってきた。だから気付かなかった。
ヤイコは何かを決意したこと。カナコも気持ちの区切りをつけてたこと。
私にも懐かしい人が会いに来ようとしたこととか。




