11 すとん、って何かが落ちてきた
修二と約束した土曜日になった。
ここ数日間の修二を見て、私だけでなく誰にでも優しいと再確認した。
一応は公開で告白されてても、セリフが最低だった。当の私達が、それをネタに笑ってる。早くも笑い話になってきてる。
自分が特別でなくても、一緒にいて楽しい。私達は最低でも友達になれる。
修二が苦しかった時期に、私の何かがアイツの心を癒せたと昨日のことで知った。
私程度で役立つのなら、恋愛とか抜きにして修二のために関わっていこう。
新天地のこの街で、修二が幸せになる手伝いくらいしたい。
それで、バカカップルから助けてもらった恩を返そう。
ところで修二との待ち合わせは私の最寄駅で10時。けれど少し遅刻してる。
家を出るときダイ兄とハル兄の両方に足止めを食らった。
普段のお出かけは、いつもボーイッシュな格好。
今日は思い切って女の子の装い。凹凸が少ない・・いやスレンダーな私だけど、薄いブルーの半袖ワンピース。
足元もダイ兄が買ってくれたサンダル。今年から社会人で初任給でプレゼントしてくれた。
家を出るときダイ兄とハル兄に見つかった。
「美佳、その格好・・」
「ダイ兄が買ってくれたサンダルだよ。どう似合う?」
「おおー。可愛いぞ」
「けど美佳、ワンピースなんか着て・・まさか男とデートか」
「そうだよ。同じクラスの・・あ・・」
それから大変。
ハル兄は肌が露出しすぎだから隠せって、自分の高校時代のバスケ部ジャージを持ってきた。サイズは身長182センチに合わせたやつでんがな。
ダイ兄は、私が小学生のとき持たされてた防犯ブザーを2つも探し出してきた。
自分達は高校時代から彼女がいたくせに、まったく・・
駅に着いたとき、修二はもういた。
「遅れてごめ~ん、修二」
「いや、そんな待ってない。それより・・」
「ん?」
「ワンピース姿、ものすごく可愛い!」
周りの人が振り向いた。次の瞬間には興味なさげに視線を戻した。
その程度の私です・・
けど、いきなりうきうき気分にさせられてる。
今日は2つ先の駅で降りる。で、タワービルの中にある水族館を見て、シフォンケーキの店。
そこから、遊園地の跡地に作った大きな商業施設の集合地を回る。
「うわあ、ペンギンが空を飛んでるみたいだよ修二」
「すげっ。魚の向こうに外も見えるんだ」
色々と聞きたいことがあるけど、変な話題を振るのはもったいない。修二といて楽しい。
ふと思いだした。
小4のとき、少ししか接してなくても感じたものがあった。その感覚が蘇った。
当時は色んな言葉を知らなかったから表現できなかった。今なら分かる。
これが波長が合うってやつなんだ。
最初に波長が合った男の子は中1のときのコウタ君じゃなかった。コウタ君は2番目。
最初は7年前のチイちゃん。すなわち修二だったんだ。やっと私の中で完全に一致した。
またひとつ思い出した。小4の5月。引っ越しが決まった次の日の教室。
いきなり引っ越すこと、みんなの前で言った。
チイちゃんは下を向いた。長い前髪が邪魔で表情が分からない。チイちゃんは「そう・・」とだけ言った。
その反応が何なのか考える前に、仲良しのサクラコが私に抱きついて大声で泣き出した。
なんだか収集がつかなくなった。
次の日に話そうと思って学校に行ったら、チイちゃんはしばらく休むって聞いたんだ・・
水族館を出て、同じビルの中にあるシフォンケーキのお店に向かってる。言葉が止まって、ぼーっと思い出してる。
「どうしたの美佳ちゃん」
「先週の月曜に修二に助けてもらってから、色々と細かい記憶が浮かんできた。急な引っ越しでバタバタしてて記憶の隅に置きっぱなしだったこと、少しずつ思い出してる」
「小4の5月の、一緒にゴミを捨てに行ったときのことも?」
「だよ。やっぱり修二がチイちゃんだったね。も~、チイちゃんのことはきちんと覚えてたよ。最初に言ってよ、ね~ってば~」
「チイちゃんって呼ばれてたこと、覚えててくれたんだ・・」
「当たり前だよ、チイちゃんと私、短い間に仲良くなれたじゃん」
修二の顔を見上げた。目が合った。ドキッとした。ホントに、本当に優しい笑顔。
「・・うん、嬉しい。美佳ちゃんが、あの日に励ましてくれたから俺は変われた」
「・・ごめんね、そんなに感謝してくれるのに、すごいこと言った覚えがない・・。私、薄情だな」
「いや、仕方ないって。同じ日に引っ越しが決まって大変そうだったもん。その後は俺が学校を休んでてお別れもできてないし」
そのとき、目的のお店に着いた。
ちょうど正午。人気のお店だから満員で5組待ち。目安は1時間。
けれどビルの中だし店外も空調が効いてる。
通路の隅、ギリギリで店内から流れる音楽が聞こえるくらいの場所で並んで立って待つことにした。
もっと修二と話がしたい。
家族のことは聞けない。けど私がいなくなったあと、チイちゃんが今の修二になった話が聞きたくなった。
「あのさ・・」
店内から聞こえてくる歌に私の声が止まった。
修二も歌に耳を澄ませた。
彼に助けられた先週の月曜日、私も修二も大好きだって知った『大樹』だった。
歌の最初のサビのところに入った。
修二が小さな声で歌を口ずさみ出した。
なんだか、そうしたくなって、修二に合わせて歌った。
そのまま周りの目も気にならなくなった。
修二の声だけが頭の中に入ってくる。
「修二はなんで、この歌が好きになったの?」
「あの時、美佳ちゃんが教えてくれたんだよ。こうやってもらって」
修二が正面に立って、私の手を握ってきた。
私の両手を包み込むように・・
デジャブを感じた。
けど、それ以上は考えが過去に向かなかった。
「あの時の美佳ちゃんが、それまで大人に何も言えなかった俺に勇気をくれたんだ・・」
修二の言葉が詰まった。
修二の手と目から優しさが伝わってきた。
波長が合って、その先にあるもの・・
胸の中に、すとん、と何かが落ちてきた。




