10 もうひとつの金曜日
あっという間に1週間後になった。金曜日は修二と軽く挨拶を交わした程度。
お昼ご飯も、お互いに自分のグループで食べた。改めて見ていくと、修二は気遣いの男だ。
そして、私も含めたみんなに平等。
私達は再会した両片思いの幼馴染みみたく言われてるから、周りには熱い視線を浴びてる。
たまに修二から「告白の返事は?」って話しかけてくるようになった。
私が「あの告白じゃ無理でしょ」って答える。
そしてふたりで、大笑いする。
行く先々で「ツンデレ?」って聞かれる。
違うよ。メンタル的に意外とギリギリなの。だって美人でもなくて、恋愛経験も乏しい私。
修二と廊下を歩いてるだけで、冷やかされたりした。恥ずかしくて口調が乱暴になる。
「美佳、それがツンデレのツン」
「・・あ」
デレは、まだない。
私は放課後になって、家に直帰。着替えて近くの公営体育館に出向いた。
大学でも趣味でバスケやってるハル兄の仲間と、約束してた3on3。
ハル兄、彼女さん。ハル兄の後輩3人。
ハル兄の彼女さんですら身長が171センチ。男子もみんな大きい。164センチの私が小さく見える。
「うわあ、また抜かれた。鈍ってる~」
「美佳ちゃん、そろそろ終わろうか」
「はあっ、はあっ、みんなタフですね~」
うちの兄カップルは大学4年で就職活動の絡みがあるから髪型は普通。
けど、他の男子は1年後輩で、まだまだ髪型も自由。茶髪ロン毛、金髪坊主、ドレッドヘアと目立っている。
今日の私はキャップとジャージ。
私は高校で部活やってないし、たまにこうやって体を動かしてる。
終わって、近くのデトールでケーキと紅茶までこ馳走になるのがセット。
「そういや美佳って、自分の教室で男子から公開告白されたんだって?」
ぶっ、と紅茶を吹いた。
聞いてきたのは、ドレッドヘアで日焼けしてるタクさん。
弟さんが私と同じ高校の3年生。まさか、上級生にも断罪返しの話が回っているとは・・
ハル兄から低い声が出てきた。過保護モードに入った。
「美佳あ~~男子から告白う~?」
「あ、あのね。ハル兄、色々あって、ここで説明するの大変だから、今度話すから」
それから彼女さんがハル兄をなだめて、再びお茶飲んでる。
店内は、いつの間にか混んできてた。
そこに修二と大人の男性が入ってきた。
ひとつだけ空いてる、私とは背中合わせになる4人掛けの席に座ったときは誰か分かってなかった。
会話が始まって、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「修二、呼び出してすまんな。親父がまだ、そっちの家に行くのを許してくれん」
「父さんは悪くないよ。爺ちゃんにも普段から言ってるんだけどね。それよか元気でやってる? 」
「ああ、みんな・・」
「あの人達のことは、俺に話さなくていいよ」
修二? お父さん?
なぜか私はキャップを深く被って猫背になった。そして会話に聞き耳を立てた。
「本当は、家族そろって暮らすのが・・。お前は何も悪くないのに」
「家族って決まった形があるようでないんだと思う。周りは被害者として俺の味方になってくれた。でも、あの家では俺の方が異物だったんだよ」
「カヨコとケンイチの所に帰った俺を許してくれとは言えん・・」
「あの2人も父さんには大事な家族でしょ。俺が帰れって言うまで、一緒にいてくれた。それで十分だよ。父さん」
「本当にすまん」
「父さんは、俺を助けてくれて、お金の心配もないように手続きしてくれた。感謝してる」
被害者、異物とか、不穏なワードが飛び交ってる。
私の家と無縁と信じてる『不倫』って言葉が頭に浮かぶ。
けれど、それは違うようだと、その後の会話で分かる。
「あのさ、離れて俺も考えたんだ。父さんは離婚しなかったし、あの人が好きだろ」
「・・ああ、子供の頃からカヨコと一緒にいた。・・今も他は考えられない。カヨコも同じだって・・今でも言ってくれる」
「お人好しの父さんに好かれてるんだ。あの人は『虐待女の毒親』って爺ちゃんにののしられたけど、俺が絡まなければ『善人』なんだよ」
お父さんは、否定できないって感じだ。私は修二の言葉に全神経を集中した。すると・・
「ただ俺が、生んでもらう母親を間違ったんだと思う。俺達は血の繋がりを持った赤の他人なんだよ・・」
「・・」
不倫ではない。けれど修二が、とんでもないことを言った。
「その証拠に、あっちの家は俺がいなくなってから、円満な家庭に戻ってきてない? あっちの爺ちゃん婆ちゃんに心配かけないためにも、俺のことは気にしない方がいいよ」
「修二、お前は寂しくないのか?」
「・・俺は大丈夫。ほら7年間の小4のとき、初めて父さんに助けを求めたでしょ」
「ああ・・もう7年か。あれからお前は変わったな」
「こっちで俺は、あの時に勇気をくれた女の子と再会できた。父さんも俺のために苦しんできたんだし、もう十分」
「すまん」
「もう、あの人の前では俺の名前も言わない方がいい。そうすれば幸せを取り戻せるよ」
「・・本当にすまん」
それからずっと、お父さんは修二に謝り続けてた。
修二は優しい声で何度も、お父さんに幸せになってくれって言ってた。
今まで単純に、アイツと母親の相性が悪くて確執が起こったのかと思ってた。それ以前に私が知ってる『家族』とは何かが違う・・
私が予想してたものの何倍も重いものが見えてくる。
結局、私はキャップを深く被ったまま、修二に気付かれることなくハル兄達と店を出た。




