9.出発
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あの後、とりあえず俺とエイスでダバーシャを叱り、奴にまともな飯を買わせ、食糧以外の旅装(マント、ないしはローブや、湿気が強く気温が低いフォグノース向けの、暖を取りやすい防寒着等)を買って、その日は解散となった。
俺はセバスさんとシャールヴィと共にシャールヴィの住む寮まで行き、シャールヴィを送り届けてからセバスさんを連れてラビリンスの方角へ向かった。
「セバスさんはアリアドネ持ってますか?」
セバスさんからはフランクに、砕けた口調で話してくれと言われたが、流石にかなり年上でしかも恐らく貴族出身の人に俺がそんな態度で話しかけられる訳もなく。結局のところ敬語に落ち着いた。
「ええ。持っておりますよ。・・まさか、荷物を運ぶ先というのは・・」
「はい。そのまさかです。ラビリンスの迷宮内に運びます。」
察しが良くて助かるぜ。
「分かりました・・して、具体的には迷宮内の何処・・いえ、どんな場所に?」
「いや、結構普通の倉庫ですよ。ただ色々と物が沢山入ってるんでごちゃごちゃしてるかもしれないですけど」
「成程・・。掃除などは?」
「俺が学院に来てからも、週2回くらい帰って掃除してるんで、衛生的には綺麗なはずです。それに、汚れにくいように魔術加工してますし。冷蔵庫はさすがにないんですけどね・・」
「分かりました。では、案内して頂きましょう」
そのまま、俺達は学院の外門。中が闇で満たされ、渦を巻いているような音を出すラビリンス行きの門へと入った。
迷宮倉庫。勝手にそう名付けているだけで、実態はただの普通の倉庫である。ただし、容量は無制限。これを俺が最初に見つけたのはまだラビリンスの分校にいた初等部の頃だった。
発見当時はかなり狭かったが、秘密基地のような雰囲気があって面白く、以来誰にも教えず俺の買った武器や、ダバーシャに頼まれて保存している武具(今日あいつが買った剣も保存しといてくれと言われた)、俺がとても人に見せられないほどの点を取った時のテストの答案等を保管している。
結果、今となっては学院の教室一部屋分程の広さを持つ、倉庫と言うよりかは蔵と言った方が適切なほどの大きさになってしまった。
因みに全体の半分は武器類であり、もう半分は寮や実家の部屋に置いておけなくなった英雄譚の本、魔術の教本などである。
「これは・・いやはや、凄いですな」
そんな、部屋の半分を占める本棚と武器立て。そしてそこに収納されている本や武器を見て、セバスさんが驚きと感嘆の入り交じった声を漏らす。
そんな彼を尻目に、俺はこの部屋で唯一何も置かれていないテーブルの上に食糧と荷物を置き、中身をしっかりとチェックしたメモ書きを懐にしまう。
そうして顔を上げ、振り向くと・・セバスさんが異様な形相でこちらを見ていることに気が付いた。
「・・ど、どうかしましたか?」
恐る恐る聞いてみたが、この人が俺に対してそんな顔をする理由が、俺には全く心当たりが無い。
スクロールの道具だって片付けてあるし(スクロールを正式に使う場合、申請・・というか、刻書術師の免許を持った人が作ったスクロールでないと使ってはいけない決まりがある。俺は自作のスクロールを使ってるので、もしスクロールを自作してることがバレるとマズイ。非常にマズイ。が、今は道具は全て俺の寮に移してあるし、)何も問題ないはずだ。
「モズ殿・・」
「は、はい?」
殿とか付けられるほど俺は身分が高くないんだけどなぁという軽口すら今は口から出てこないほど、その視線は鋭く、どこか切羽詰っているように見えた。
「この本を・・譲っては頂けませぬでしょうか?」
「へぁ?」
驚いた。本当に驚いた。てっきりスクロール作った跡がまだ倉庫内に残ってて、それがバレて咎められるとか思ってしまったが・・そんなことは無かったようで。代わりに、セバスさんの手に握られていたのは、一冊の本。
俺がメモを取っている間暇だったのか、本棚の方を眺めてたセバスさんが引き抜いてきた本らしい。
本の見た目は豪華な装飾とかが何も付いていないシンプルな装丁の、少し古くなって埃被ってしまった、ごくごく一般的な本だ。
表紙には、銀色に光る金属の鎧を着て、青いマントを後ろに垂れ流した騎士が、白いドレスに身を包んだ女性の前に跪いて、剣の腹を肩に当てられている絵が描かれていた。
ただただ、ドレスを着た女性を美しく見せる神秘的な絵。それに見覚えのあった俺は、少し黙って記憶を探り、その本の正体を思い出す。
題名は『蒼い騎士の物語』。内容的にはシンプルで王道を行くストーリーが売りの英雄譚である。名も無き男が苦心しながら、龍に攫われたお姫さまを助け出し、騎士としてお姫さまに仕え、添い遂げ、目の前の困難を解決していくという、ありがちだがどこか惹かれる話だったと思う。
確か統一戦争の頃に初版本が売られ、その後戦争が終結してからベストセラーになったはずだ。世代的には俺の祖父の父親ぐらいが1番流行ったんじゃなかったかな。
今セバスさんが持ってるのはその『蒼騎士』の第一巻。それも初版本だ。たまたま俺の祖父がレーアを出国する時に家から2冊、この本のしかも一巻の初版本を持ち出したんだよな。
にしても、良く2冊も家にあったなと思ったが、そう言えばハーフフットは子沢山で知られてる。きっと、子供をあやすために2冊必要だったのだろう。祖父にも確か7人ぐらい兄弟が居たはずだし。
話を戻そう。セバスさんが『蒼騎士』の初版本を譲って欲しいと俺に頼んできた時、俺は了承する代わりに考え込むような仕草をしてしまった。
それを、出し渋っていると勘違いしたのだろう。セバスさんの表情がより一層険しくなり、威圧感が限界を突破する。
「モズ殿!どうか!どうか!」
遂には俺程度の人間に対して頭を下げ始めた彼の勢いを見て俺は思考の海から引き戻され、取り敢えず話を聞くのが先だと、近くにあった椅子に座らせた。
「・・で、譲るのは別に構いませんけど、何でこの本が欲しいのかだけ、教えて貰えませんか?」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!このご恩は一生をかけて・・」
いやいやいや、何言ってんだこの爺さん。アンタが一生かけるほどの価値なんかこの本にも、ましてや俺にも無いから!どんだけ欲しかったんだよこの本。
「実は・・儂、いえ。私と私の友人がこの本の大ファンなんです。どれだけファンかと言うと、2巻以降の全49巻全ての初版を持っているくらいには・・。」
え?マジ?少なくとも300年ぐらい前の本の初版を49冊も揃えたの?・・いったい、どんだけの金があればそんなことが可能なんだ・・?俺だって『蒼騎士』は全巻持ってるけど、初版はコレと実家にある奴しか無いぞ?
「故に、私達は悔しかったのです。どれだけ探しても、『蒼騎士』の一巻の初版だけが見つからない事実と、見つけられない自分が!・・とてつもなく愚かだと思ってしまったのです」
「そ、そうですか・・・確かに、『蒼騎士』の一巻と言えば主人公が龍を倒してお姫様を救う、その一瞬一瞬が素晴らしい描写で書かれてますし、内容も王道を外さない、とてつもなく盛り上がりのある話ですからね・・」
「そう!そうなのですよ!どうやらモズ殿は話がわかる方のようだ!坊ちゃまなぞ、『蒼騎士』に興味を持たず、最近の流行りである別世界に・・転生(?)やら何やらをする話ばかり読み漁り、挙句の果てには『蒼騎士』を王道過ぎてつまらないと批難するなど!全く・・けしかりませぬ!けしかりませぬぞ!坊ちゃま!」
お、おぉう・・すげえ熱量。でも確かに、最近はそういった・・なんだろう?軽い話というか、フィクションはフィクションなんだけど、なんか昔とは違う、心をガシッと掴んで引き込んでくる話はそこまで多くないように思う。
まあ俺は最近のそういう、ライトに読める小説も気楽で好きだけど、でも『蒼騎士』みたいな重厚感タップリの王道モノも、それはそれで好きだし、ずっと続いて欲しいと思っちゃうんだよな。
今度もう一周読んでみようかな『蒼騎士』・・。
「っは!?私は何を!?」
熱く『蒼騎士』やその他の王道モノに対する賞賛を語り、近年の小説。特に転生だのそう言うのに苦言を呈してヒートアップしていったセバスさんは、2時間ほどその熱弁を振るいつつ『蒼騎士』の魅力を俺に語った後に我を取り戻した。
途中途中で熱が入りすぎて周りの武具立てを倒したりするもんだから危なくてしょうがなかったが、申し訳なさそうな顔をして片付け手伝ってくれたし、良しとしようじゃないか。
「それじゃあ、セバスさん。ソレはお譲りしますね。また今度、機会があれば、ゆっくりと『蒼騎士』について語り合いたいですね」
「おぉ、モズ殿・・。改めて、深く感謝いたします。それと、迷惑をおかけしてしまった事に対する謝罪も、受け取って頂きたい。こんな老体にこのような素敵な贈り物を下さるなど、感謝の極みでございます。そして、機会があれば是非、私の方からモズ殿を訪ねて、『蒼騎士』談義に花を咲かせましょうぞ!」
「えぇ!その時は是非!」
「はい!ではまた・・!」
そう言って、ラビリンス行きの外門の前で俺達は解散した。帰り際に「これで我が主も喜んでくださる!!」とかでっかい声で叫んでるのが聞こえた気がするが、気の所為だと信じたい。まさかさっき言ってた友人って・・・。いや、考えるのはよそう。
そんなことよりも、明日からの授業と週末の旅の事に意識を割いた方がいい。絶対に。
そんなどうでもいいことに思考を巡らせつつ、すっかり暗くなった夜の住宅街を早足で歩き抜け、俺は寮の自室に戻る。
「寝る前に何枚かスクロールでも書くか・・」
と、夕飯を食いつつ呟き、風呂に直行。授業の復習を終わらせ、スクロールを書く道具を取り出したところで、俺の意識は途切れた。
恐らく、色々ありすぎたせいで寝落ちしたのだろう。暗闇に落ちる前。最後に見えた光景は、スクロール用の紙に半端に刻み書かれた術式だけだった。
週末。ユピテルの日。
「9連休だああああ!!!」
と騒ぐ学院生・・というか多分同じクラスの奴。が横を通り過ぎて行ったのを眺めつつ、俺たち4人は広場の北側。即ちフォグノース側に集まっていた。
「よし!皆、準備はいいかい?」
「おう!」
自分の装備の点検を終わらせたエイスが俺達に声を掛ける。
装備の点検と言っても、防寒用に厚い生地で作られ、炎魔術の加工を施された外套とその下に着る防寒具くらいしか新しく用意した物は無いんだけどな。
その他はいつも通り、防寒具の下に鎖帷子や防寒具の上に革製の胸当てをつけたり、肘や膝を覆うプロテクター(こっちも革製)をつけて大体の用意は完了。
ダバーシャはその上で金色に光る槍を背負い、シャールヴィは腰に蛮刀を佩いて、背中に小盾を背負っている。
俺とエイスは無手だ。俺は腕輪があれば召喚できるし、エイスはそもそもそんな制限かけなくても普通に武器を一から作り出せるからな。
「改めて確認だ。今回の目的は、謎の巨人暴走事件の調査と、できることなら解決。そしてそのためにフィオトレイ辺境伯領に行くことで間違いないな?」
「はい。概ねその通りです!付け加えるなら、道中で暴走事件が起きた時の対処も予定してます。」
「了解!・・それじゃ早速・・・行くぞお前ら!!」
「おー!」
「はい!」
「何故お前が仕切るんだ・・」
ノリ悪ぃなダバーシャはよぉ!いいから行くんだよ!しゅっぱぁあつ!!