37.プロローグ
更新です!遅れてすみません!
フォグノースにて発生した、神の起こした大規模災害・・後に、『巨人暴走事件』と呼ばれる事件から1ヶ月。
春の退場と、夏の足音が同時に響く頃合に差し掛かった、五月頭のとある夜。
学院都市の路地奥。人目の付かない暗闇の中で、闇夜に溶け、尚闇より『黒く』、その身体を染め上げた2つの影が相対する。
「・・・・・」
一方は明らかに人外と言える、ウネウネと体中から触手を蠢かせる『黒い』影。
「・・・・・」
一方はどう見ても人型を保ち、その目線を星々へと向けたまま佇む『黒い』影。
「・・・へぇ、こんナコトもあるンだね?」
ひどく不快であることを隠そうともしない声音で、人外の影が呟く。
「君は・・・あぁ、成程。確かに、そろそろだったね」
それに対し、何事かを思案した後、合点がいったように頷いたのは人影の方。全てを知っているかのような鼻につくその口調は、人外の影の思考を不快な声で揺さぶった。
「・・・それで?どうやってここまで来たのかな?君みたいなのは入れないようにしていたはずだけど?」
一瞬で空気の質が変化する。それまで、多少なりとも対話の可能性があるほどには和やかであった雰囲気が、蜘蛛の子を散らすように霧散して、殺気と殺気が空気を震わせてぶつかり合う。
空気は既に、対話から尋問へとその様子を変化させた。
「ハハッ!キミにしては察しガ悪いねェ?勿論、⬛︎⬛︎二入れて貰っタ二決まっテルだろう?」
「⬛︎⬛︎?そんな物が出来るはずは・・・いや、ちょっと待て。君、いつ目覚めた?」
煽るような文言に対し、聞き取れない名詞を呟いて。人影は、一際強い殺気を問いとともに投げかける。
「フフッ・・さてね?それぐらい、自分で考えてご覧よ。まぁ最も・・・」
叩きつけられた殺気に対し、同じく殺気を叩き返して。人外は口端を釣り上げる。
「考える隙、与えるわけ無いけどね」
「・・・」
一閃。闇夜を薙いだ『黒い』触手が、周囲の廃墟の壁を斬り裂いて人影に迫る。小手調べにしてはあまりに重く、速すぎるその一撃は、音よりも尚早く大気を震わせ、文字通り瞬く間に人影を痛打した。
余波で粉砕した石畳の欠片と埃が舞い上がり、雲間と家屋を射した月光が群星を写して・・落ちない。
「舐められたもんだね?この程度、小手調べにもならないよ?」
静止する。直撃したはずの触腕も、舞い上がった砂塵も、何もかもが、人影の目の前で停止している。
「『結界』・・イヤ、ちょット違うカナ?」
「コレが何かは、君の推測に任せるよ。それよりも・・よくも、僕の街を壊したな?」
ここに来て初めて、人影が怒りを露わにする。明確な殺意が、魔力の風となって家屋を吹き抜け、一瞬で群星の砂塵を弾丸に変える。
「アハッ!望むトコロさ!そっチコそ、コノ程度じャァ牽セイですらホド遠い!」
可視化できるほどに迸る両者の魔力が局所的な地震を起こし、軋んだ空気が世界を歪める。
それは、もしも両者がここで力を解き放った場合、この都市ごと大地が吹き飛ぶことの証左に他ならない。
「・・・どうする?このままボク達がここで戦ったら、都市ごと沈んじゃうケド?」
「・・・場所を移そうか?流石に、可愛い生徒達を危険にさらす訳にはいかない」
「まあボクも、自分の眷属を徒に消滅させたくはないからね。イイヨ、場所を移そう」
【⬛︎⬛︎魔法ーーー⬛︎⬛︎転移】
【⬛︎⬛︎魔法ーーー⬛︎⬛︎転移】
埒外の化け物二体が、『黒』を纏って転移する。行き先は不明。何をするのかも、どうなるのかも分からないまま、人知れず戦いは終わりを告げる。
「・・・」
その様子を、少女はジッと見続けていた。
ーーー数時間後、朝
まだ学院が開いてから数分も経っていない早朝。この時期にしては珍しく、肌寒い朝の冷気を浴びながら、学院内のとある一室。【生徒会】と書かれた札が扉の横にかけられている部屋に、急ぎ足で一人の少女が入っていく。
「先輩方ー!!」
額から伸びる角。目元や腕の所々に生えている龍の鱗。そして特徴的な瞳の形。一目で竜人だと分かる見た目をした少女は、駆け足で部屋に入ってきた後、余裕のない声で、この場で自身が最も頼れる人・・即ち、先輩を呼んだ。
「はいはーい!どうしたのかなー?」
そう、駆け足で部屋に入ってきた後輩に、いの一番に反応したのは、プラチナブロンドの長髪をストレートに後ろに流した、こちらもまた美しい少女。
「副会長!」
「うーん。そうだよー!皆の副会長、エリザ先輩だよー!」
副会長と呼ばれたその少女・・エリザは、後輩の少女が息を整えるのを待ってから、彼女がそこまで焦って室内に入ってきた理由を問いかける。
「今日はどうしたのかなー?生徒会のお仕事でー、何かわからないことでもあったー?」
「そ、それが・・校長先生が・・・」
「・・・校長が?一体、何の用で?」
優しく。幼子を諭すような・・それでいて、どこか上機嫌さを感じさせる声音。恐らく、少し前の彼女であれば絶対にしない様な声音での問いかけが、一瞬で気分を害されたように訝しむ物へと変化する。
「その・・例の件で、少し会長にお話があるとかで・・・」
例の件それだけで全てを察したのだろう。みるみるうちにエリザの顔から表情が消え、ふつふつと怒気混じりの魔力が全身から立ち上ってくる。
「はー!?アレはもう報告して、信印だって貰ったでしょー!?それが、なんで今になってー、それもこんな急なタイミングで来るのよー!!」
「さ、さあ・・?私にも分かりません・・・。ただ、もうすぐそこまで来てるんです!なんなら今、扉の前で待たれているんですよ!」
「嘘でしょ・・・?」
「本当です!」
「えー・・・」
唐突な来訪者に激昂した後、エリザは眉をひそめて、入口の扉を睨めつける。
「はぁ・・・会長も居ないし、私が対応するしかないかなー・・・」
どうやら、可愛い後輩の言っていることが嘘ではないと確証を得たのだろう。これから起こる事柄に思いを馳せつつ盛大な溜息を吐き出して、気怠げに扉に手をかける。
そのまま、ありとあらゆる罵詈雑言を、心の奥底で扉の向こうにいる校長へ浴びせながら、ゆっくりとドアノブを捻る・・直前。
「・・ただいま」
背後。エリザを挟んで、出入口の反対側に位置している、室内において一際大きく、かつ荘厳な装飾が施された執務机とチェアの後ろ。普段、滅多に開くことの無い、両開きの窓から、陽光を遮って声が響く。
「「「「!?!!?」」」」
果たして、そこに居たのは、直前どころか話しかけられるまで、部屋の中の誰一人としてその接近に気付けなかったほどの超高速と気配遮断という高い実力に加え、その場にいるだけで只者では無いと分かる程の可憐さと、視界にその尊顔を入れるだけで、釘付けられ、見蕩れてしまう程の凄まじい美貌をも持っている、凡そ常人には測れない程の枠外存在。
・・・即ち、生徒会長である。
「もー・・やーっと帰ってきたー・・・」
そんな、他を寄せつけない程の完璧超人オーラを全身から振り撒いたまま、窓枠から飛び降りた彼女に、ドアノブを回す手を止めて、エリザが話しかける。
「・・ただいま、エリザ・・」
「おかえりー・・ふー、やっと帰ってきたねー?この仕事放棄系生徒会長はー」
「・・ん。ごめん。ちょっと・・実家の方に、呼ばれてて・・・」
「嘘ついても無駄だよー?本当にアンタが実家に帰ってたらー、もっとテンション低いはずだからねー。それに、春休みならまだしもー、新学期明けてすぐ1ヶ月も実家に帰省する様な生徒なんて居ないでしょー?」
「・・うっ・・それは・・その・・・」
「まー居なくなるのはいいけどさー、今度からはちゃんと理由も言ってよねー?心配するでしょー?」
「・・気をつけます・・・」
「本当に・・心配だったんだからね・・・」
「・・うん・・・」
申し訳なさげに垂れた犬耳と、ふわふわの茶色い髪を全力でモフモフしたい気持ちを我慢しつつ、エリザは詰問を続けていく。と言っても、その口調は徐々に穏やかな物になっていき、あっという間に、2人は外界の全てをシャットダウンした、2人だけの世界に入ってしまった。
一瞬にして、何者をも寄せ付けない2人だけの空間を作り出したエリザ達は、そのまま、校長という学院最高権力を扉の前に待たせ続けていることも忘れて、互いに労いの言葉を掛け合いながら、役員に見られているにも関わらず、2人だけの世界を存分に楽しんだ。
それは日常。新学期が始まってから1ヶ月近く、ドタバタと慌ただしい職務に追われていた生徒会役員達にとって、久方振りの、朝の光景。
フワフワとした2人の空気感が、次々に周囲へと伝播していく様は、まるでタンポポの綿毛が風に乗って飛んでいくようであり、開いた窓から暖かな柔風が流れてくる頃には、既に、誰一人として、校長が今尚生徒会室の扉の前に居ることなど覚えていな・・・
「ちょぉっと待ったぁぁぁあああ!!!」
「・・!?・・」
大声を上げて肩をいからせた人影により、外側から強引に扉が開かれる。
圧倒的な声量と存在感は瞬く間に室内の和やかな空気を吹き払い、何も知らないままエリザとイチャイチャしていた生徒会長を驚きで数秒、硬直状態に追いやった。
「一体、いつまで待たせるつもりなのかな君達はァ!?」
「あー・・完全に忘れてたー・・・」
「忘れてましたねぇ・・・」
汚い怒声に対し、平坦な。至極面倒くさいという感情を隠しもせず、全面に出したままの声音で校長と相対するのは、エリザと先の竜人族の少女。
彼女達だけは、怒気に交じって流れてくる校長の圧力と魔力に対して、一歩も退かずに対峙し続ける。
「まー、突然押しかけてくる校長先生も悪いですよー?せめて、ちゃんと前日とかにアポとってくれないとー・・・」
「悪かったねぇ、急で!僕も、やっとこさ昨日、学院に帰ってきたばっかりなものでさぁ!」
「へー・・それはそれは。それならそうと言ってくれればー、こっちの方で改めて日程の調整をしてから話せるようにしたのにー・・・」
「それじゃあ意味が無いだろう?僕も君たちも、互いにここからの時期、更に忙しくなる身だ。今を逃したら、次は何時になるか・・・。それに第一、そんな後になったら意味が無い。準備はもう始まっているんだからね」
「その辺りの調整は、私と校長代理秘書の仕事ですからー、先生がこういう風に出張ってくる必要なんて無いはずですが・・・」
「彼女も彼女で忙しいということさ。じゃなきゃ、こんな数十分も待たされて、挙句に乳くりあう少女2人を見させられるなんて体験、進んでしに来るはずが無い」
「うわー・・清々しいほどのセクハラですねー、速やかにお引取りの後死んでくださーい」
「事実だろう?」
「だとしてもですよー。悪びれる様子もなさそうなのでー、秘書さんにも伝えておきますねー。校長先生がセクハラをしてきたってー」
「・・・・え?あ?は?いや、し、ししし、してない!してないけど!?」
「もう遅いですねー。端末で連絡しちゃったんで。あーあ、秘書なんて言うかなー?」
「ま、待て!待ってくれ!まだ僕は社会的に死にたくない!というより、こんなまだ見た目も出てきてないような展開の途中で消え去るなんて、そんな目に会いたくは・・・っ!!?!???」
転移魔術ーーー『テレポート・改』、『武装展開:螺旋弾』
淡い光をその身にまとい、座標と座標を一瞬で跨ぎ渡る魔術を行使しながら、プラチナブロンドをシニョンに結い上げた美女が、螺旋を巻く弾丸を一つ。高速で射出しながら現出する。
「美少女に悪さを働く醜い眼球はコレですね?」
大きく頭を振り、超至近より放たれた弾丸を避けながら、校長は頭に続けて体を大きく旋回。体全体で回避を行使しようと、右脚を踏み切って・・・
「してない!僕はセクハラなんてしてな・・・」
転移魔術ーーー『武装展開:鎖錠曼荼羅』
曼荼羅のごとく、空気中に空いた幾数十もの射出孔より放たれた鎖が、取り残された軸足と、大きく投げ出された両手足を硬く捉えて縛り上げる。
「なっ!?身体が!?」
「さて・・生徒会の皆さん、お騒がせして申し訳ございませんでした」
「ま、待て!ソフィア!待ってくれ!!僕はただっ・・ムググ!?ムゴガグムグゴ!?」
「つきましては、校長の言っていた要件は、また後日ということで・・・」
「はいはーい!お姉ちゃんもお仕事頑張ってねー!」
「ムゴゴ!ムグゴゴムガグガグムガガガグガムゴガムゴー!!」
最後まで、最高学府の最上位権力者らしからぬ無様な様子を晒したまま、ジャラジャラと引き摺られる音を立てて、校長は生徒会室を後にする。醜い悲鳴を上げ続けながらーーー
「・・・結局、なんで校長はここに?・・」
慌ただしい時間が過ぎた後。壁にめり込んだ弾丸をどうにかしてほじり出そうと苦労している後輩を見ながら、生徒会長はエリザに問いかけた。
「ん?リュウカちゃんが言うには、例の件の事で来たらしいけどー・・」
「・・・例の件・・。もしかして、体育祭・・?」
「じゃなーい?もうそろだしねー」
「・・・だとしても・・信任は貰ったはず・・・」
「ねー?ホント、なんで来たんだろー?」
校長が感情に任せて行動したり、誰かに拐かされる様な人間では無いことは百も承知である。が、だからこそ、今回の彼の動きは、エリザと生徒会長。2人の胸中に、言い知れぬ不安感を去来させた。
「・・・まー、まだ1ヶ月あるし、大丈夫でしょ」
「・・・そう・・だね・・・」
様々な思惑が絡みながら、誰にも止められない秒針は進む。
こうして、様々な不安要素を抱えたたまま、世界は・・学院は、新たな流れへと直進していく。
その先に何があるのかすらも知らずに、




