28.巨神
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「ふぃー・・何とか収まったか」
竜巻に飛び込んだ時は死んだと思ったが・・いやはや、人間意外と何とかなるもんだな。
召喚魔術で岩とか出しても吹っ飛ばされた時はホントにどうしようか悩んだが・・結果的にはまあ、
「ぅ・・ぅん・・・」
こうやってシャールヴィを救うことが出来たわけだし、一先ずは安心で良いだろ。
「おはよう、シャールヴィ。随分と悪い夢見てたみたいだなぁ?」
「も・・モズ!?何で・・?ていうか、ココは・・・?」
「神域だな。・・大変だったんだぜ?領都に着いたと思ったら血相変えてお前が走り出すし、ついて行ったらついて行ったでよく分からん霧に襲われるし。・・挙句の果てには不意打ちで襲われて竜巻に突っ込む羽目になったしな」
ホント、災難だったぜ。まあ、その甲斐あってシャールヴィの本音や何やらを色々聞けたし、何よりコイツの暴走が解けたからな。悪いことばっかって訳でも無い。
「もしかして・・そのお腹の傷とかって・・」
「ん?・・ああ、気にすんなよ。ちょっと痛えだけだ。この程度なんて事ねえよ」
「そ、そう・・・」
シャールヴィが指をさして聞いてきたのは俺の脇腹にある打撲の跡。奴に二回ぐらい蹴られた箇所だ。
二回とも一切の容赦なく蹴ってきたため、実際はとてつもなく痛いし正直意識するだけで気が遠くなる程には酷い傷だが、今こいつの前でそれを言ったら罪悪感で押しつぶされそうな気がするからやめておく。
「・・それよりも、シャールヴィ。お前、暴走してた時のことは覚えてるか?」
「・・・僕にあるのは必死になって実家に向かった後、皆さんが霧に呑まれた所までの記憶ですね。そこから先は、酷く夢見心地というかなんというか・・」
「詳しくは覚えてないってわけだな」
「はい。何かと戦ったり、何かを叫んだりしてたのは覚えてるんですけど・・何と戦ったり、何を叫んだのかは分からないです」
・・・その戦ってた相手、多分俺だな。
「あはは・・ごめんなさい。役立たずで。皆に迷惑をかけてしまって。・・負傷までさせて・・・こんな、こんな僕が、どうして・・どうして生きて・・・英雄だなんて・・・」
相変わらずというか、なんと言うか。結局、『あの状態』の時と『今』でもこいつの本質は変化していないんだろう。自己肯定感が低く、周りを過度に自分よりも上に持ち上げる。
英雄になれる程の実力と才を持ちながら、その精神だけはどうしようもなく卑屈で、劣等感に満ち溢れている。
だから・・だろうか。最初に会った時、あの懇願するような目を見て、俺は思ってしまったのだ。コイツは『似てる』と。
卑屈で、自己嫌悪ばかりして、周りを過度に持ち上げてソイツらを英雄視し、自分は道化かなにかのように振る舞って、心の内では劣等感を拗らせる。
似たもの同士なのだろう。故に、俺はシャールヴィにかける言葉を見つけられなかった。何を言っていいか分からなかった。
ずっと、自分が向き合ってきて。どうそれに向き合えば良いのか、どうそれを克服すれば良いのかが分からなかったから。
「英雄・・・か」
だから、俺はここで大泣きするシャールヴィの肩に、そっと手を置くことしか出来なかった。
慰めの言葉も、何もかけてはやれなかった。
一頻り泣いたのだろう。いつの間にか剥がれ落ちていた黒い物体がシャールヴィの影に溶け切り、竜巻によって晴らされた霧が少しずつまた俺達を覆ってきた時には、シャールヴィの涙は止まっていた。
「ごめんなさい・・見苦しい姿を見せてしまって・・・」
「ん?・・いや、そんな事ないだろ。一人の男が自分の本音を人前で吐露したんだ。中々できる事じゃない。・・俺は、お前を尊敬するよシャールヴィ」
「え?」
「その劣等感を、抱えたまま生きるんじゃなくて、ちゃんと向き合おうとすることは、誰にでもできることじゃない。少なくとも俺には無理だ。だから、誇れよシャールヴィ。お前は強い」
「え・・い、いやそんな・・・!」
「そこで押しつぶされず、挫けないで立ち上がる。・・・それが出来る時点で、お前は『英雄』だ」
それは俺にとっての最高級の褒め言葉。過度に英雄を神聖視し、尊敬どころか崇拝すらする俺にとって、最大級の賞賛だった。
「だから、僕は『英雄』なんかじ・・・!?」
「なんだ!?」
少し照れ気味に俺の言葉を否定しようとしたシャールヴィが、言葉の途中で口を噤む。
何を感じ取ったのか。強者特有の気配感知か、はたまた俺が気付かないうちに張り巡らせていた索敵の風魔術が作動したのか。
真相は、一拍遅れて俺にも理解出来る形で訪れた。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
大陸中に聞こえそうなほどの雄叫びと、轟音が耳を劈く。次いで聞こえてきたのは雷撃の音。エイスがよく使う光芒の発射音を何倍にもしたかのような雷の音が轟く。
「コレは・・・アイツらが戦ってる!?」
「行きましょう!」
戦ってるうちにかなり近くまで、いつの間にか接近してしまっていたんだろう。濃霧によって姿は見えないが、遮られることの無い轟音がアイツらの位置を知らせてくれる。
「・・・どうやら、かなりの強敵みたいですね」
「ああ」
戦ってる相手の数は分からんが、こんだけ全力で走ってまだ着かないほど遠くから聞こえるレベルの音が、途切れることなくずっと続いてる。
と、
「寒ッ!?」
「霧が・・・!」
大気の温度が急速に下がる。平原には霜が降り、霧が雪となって柔らかに地面に降り注ぐ。、
「エイスの魔術か!!」
「凄い・・!こんなに出力が高いなんて・・!」
「天才様様だな!急ぐぞ!」
アイツがこんな魔術使うほどにまで追い詰められるとか、一体どんな敵なん・・ッ!?
「危ないッ!」
「ッガ!!」
咄嗟にそれを回避せず、シャールヴィが間に入ることで2人で受け止められたのは奇跡と言っていいだろう。
「だ、ダバーシャ!?どうしてお前がこんなとこに!?」
霧を裂き、猛スピードで俺に向かって背中から突っ込んできたのは、その身に蒼炎を燻らせ、殆ど死に体と言っていいほどに満身創痍のダバーシャだった。
「ぐ・・・ぁ・・・!」
目を瞑り、身体に響く痛みに耐えながら魔術を行使しようとするその様子ははっきりと言うなら異常であった。が、今更こいつがこんな異常なことをするのに、驚く俺では無い。
「シャールヴィ、ダバーシャを頼む」
「え?う、うん」
「俺はちょっと・・エイスを助けてくる」
その場をシャールヴィに任せ、俺は一目散に、既に音が消えた方向へ向かって駆け出した。
まるで血液が溶岩となったかのように、身体が熱く、思考が燃え上がり、視界の端々が赤く染まる。
冷静さを欠き、憤怒に駆られた俺は凍てついた霧すら意に介さず一直線にダバーシャが吹っ飛んできた方へ走る。
そして・・
「エイス・・・!」
目の前で黄金の髪が地に伏せり、掲げられた少年の手と連動して、赫黒の山が降って来る。
召喚魔術・・・間に合わない
変則抜刀・・・受けられない
なら!
「間に合えぇぇぇぇええ!!!!」
【■■魔法ーーー影■り】
影がーー否。『黒いナニカ』が蠢いた。
巨大な剣が眼前に迫る。どこか非現実的なその光景に、ただ振り下ろされる大剣を止めようと両手を伸ばして・・・
「ッ!!」
「OOOOOOO!!??」
「なっ!?お前は!?」
掲げたはずの両手と連動するように伸ばされた『黒いナニカ』ーー『ヴォイド』とでも名付けようかーーが大剣ごと巨人の体を縛り上げる。
「俺ノ・・親友に・・・手ぇ出すナッ!!」
翳した両腕に力を込め、更に『ヴォイド』に動くよう命じる。連続的に接続している『ヴォイド』からの情報が脳に蓄積し、破裂しそうになる思考を繋ぎ止め、一心不乱に、関節の重くなった拳を握る。
「ッ!おおォッ!!」
拳が握られていく度に『ヴォイド』の締め付けが強化され、巨人の身体が軋み、大剣にヒビが入る。
が、ここまでして尚、身に纏ったその鎧にヒビが入る様子も綻びが生じる兆しも見えない。
「・・・お前はぁああ!!あのクソ野郎のお気に入りだな!?何で!どうしてココに!シャールヴィは!?アイツは何をやっているんだッ!!?」
道化師のような格好をした灰色髪の美少年が、地団駄を(宙に浮いてるにもかかわらず地団駄というのはどうなのだろうか)踏んで俺を睨む。
が、生憎と今の俺にそれに答えられる余裕なんぞ無い。今、俺は目の前の巨人の身体をここに縫い止めるので手一杯だ。とてもじゃないが、馬鹿みたいに怒り狂った餓鬼みたいなナニカの相手なんざしてる暇は無い。
全神経が『ヴォイド』の操作と流れ込む情報の処理に追われ、脳がショートしそうな程の熱と割れんばかりの頭痛が、頭蓋骨を内側からぶっ叩く。
痛みがぶり返してきたのか、それとも過度に集中したせいで感覚が鋭敏になったのか。脇腹の打撲と肋のヒビ、全身に出来た切り傷が恐ろしい程の痛みを放つ。
それすらも、目の前のクソガキと巨人への怒りの燃料とし、ギリギリと抵抗する右手の拳を握り・・・
「させるわけないだろ!」
『ヴォイド』が蠢くのと同じ感覚が背筋を伝う。同時に空気がザワつき、周囲一体の霧が、今確かに鳴動した。
「コレは・・!」
「さっきと同じさ!神域の霧は、魔力や■力によって生まれる全ての事象を飲み込んで消し飛ばす!だから、その『黒いの』も・・・!」
【霧魔法ーーー『霧の国』】
大気が・・否、霧が揺らぐ。押し寄せる大質量となって、凍てつきすらも吸い取った神霧が巨人の身体を覆い尽くす。
それは、まるで霧の衣のようで。
周囲一体、全ての霧を凝縮した、正真正銘神によって作り出されし祝福の戦衣。
纏った鎧と、頑強な肉体の間を満たすように着せられた美しき衣は、鎧に、剣に、肉体に取り付いていた『ヴォイド』を飲み込み、吸収して無効化する。
「ッ・・・!マジかよ・・・!」
魔術も、魔法も、物理も。
全ての攻撃を無効化する、正しく絶対的な神の防御。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
身が竦み、生きてることが不思議なほどの恐怖を感じさせる雄叫びが鼓膜を揺らす。
【巨神】
その一言が思考を支配して離れない。
今、自分達は神と相対しているのだと、そう思い知らせる絶望感とどうしようもない無力感が思考を支配した。
呑まれた。
圧倒的な恐怖が、絶望的な諦観が、思考と身体を縛り上げる。
「閉ざす者にして終わらせる者。イタズラ好きの神【ロキ】が君に神託を下してあげよう」
そんな戯言すら遠のいてーーー
「死ね」




