21.神域
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白い、白い。全てが白い霧の中。人を惑わし、奥へ奥へと誘う神の霧。
「お帰りなさいませ!シャールヴィ様!」
人間の思考を侵し、事実を否定し虚偽を是とさせる幻惑の靄。
「「お帰りなさい!兄ちゃん!」お兄様!」
脳を蝕み、思いを曲げさせ、最後の最後に永劫の眠りを齎す死の霞。
「お帰り、シャールヴィ」
それをわかっていながら、理解していながら、僕は、僕は・・・
「うぁ・・・」
目を覚ます。いつもの様に、閉じていた目を開いて、気絶している間使っていなかった思考領域を周囲の情報収集に回していく。
どことなく未だ霞みがかった思考で理解出来たのは、自分が誰なのかと、ここが何処なのか。
自分はモズ・へカーテで、ここは巨神国家フォグノースの神域内。それを裏付けるように、左手につけた金メッキの腕輪が光り、尻の下以外の全方位を鈍重な霧が覆っていた。
「・・・神域内か」
「っ!?・・ビックリした。お前かよ・・」
特になんの問題もないかのように座っている俺の右手側の霧を突き破って現れたのは、人型で長身の青年。
薄暗い霧の中にありながらも尚輝きを損なわない黄金の槍でもって、奴は周囲の霧を引き裂きながら現れた。
「ああ。・・おい、金髪。モズが見つかったぞ」
「・・本当かい?良かったぁ・・・後はシャールヴィだけだね」
ダバーシャの後ろから、安堵のため息を吐きつつ現れたのはエイス。普段は輝いている特徴的な金髪は、今は見る影もなく、霧によってくすんでしまっている。
「あー・・お前ら、状況説明的なことってできるか?」
「お安い御用だよ。・・とはいえ、どこから話せばいいか・・・取り敢えず、ここが神域なのは分かるよね?」
「・・ああ。それは、目覚めた瞬間に分かった。何より、こんだけ濃い霧で四方八方囲まれてたら、誰だって神域のことが頭に浮かぶだろ」
「うん。それがわかってるなら一先ず問題は無いかな。俺たちもついさっき目を覚ましたばかりだし」
「俺の中の最後の記憶は、領主の館に走って行ったシャールヴィを追いかける光景なんだが、それも同じか?」
「ああ。俺の記憶もそこで途切れている」
「じゃあ依然として、シャールヴィの行方は不明なままか・・」
「セバスさんもいないね」
「・・・もし俺達が霧に呑まれたことでここに来たのだとして、4人中3人がかなり近いところに居たんだとしたら、セバスさんも近くで寝てるかなんかしてる可能性はあるんじゃないか?」
「・・成程ね。確かに、その可能性は有り得る」
ただ、それを楽観視もしていられない。仮にシャールヴィやセバスさんを無事に見つけられたところで、俺達はここが『神域内において』どこにあたる場所なのかが分からない。フィオトレイ領側なのか、文字通り神々の住む土地側なのか、出口は後方なのか前方なのか。
地理的状況のうち、最も重視される視覚的要因が実質的に封じられている状態で、右も左も分からない霧の中に放り込まれる。
それはマズイ。非常にマズイ。ただでさえ霧の中ってのは迷いやすいのに、強力な魔物も出るこの神域において方向感覚どころか状況認識やら地形認識の要である視覚が封じられてるのは厄介がすぎる。
「とりあえず、セバスさんを探しつつ移動しようか。さっきのモズの言葉がもし合ってたなら、懸念の1つは払拭出来・・・!!」
が、事態はいつも俺の思わぬ所で急変する。俺みたいな凡人の予測や予想、困惑や懸念なんざあっという間に置き去りにして、いつの間にか研いでいたその牙を、容赦なくこちらへ剥いてくる。
話の妙な所で黙り、硬直してしまったエイスを見て、何かが来ると察知した俺とダバーシャは、全力で周囲の警戒にその意識を向けていく。
・・それに、どれほどの意味があっただろうか。
ザワ・・と空気が揺れ動き、悪寒が背筋を駆け抜けた時には、既に視界は閃光に染っていた。
「モズっ!!」
「チッ!」
「っ!!!」
落雷。自然界において唯一無二の速度と威力を誇り、確率で死ぬかどうかが決まる神の一撃。
古くは神話にも謳われる、正真正銘即死級の自然現象。
ソレが、俺目掛けて降り落ちる。
驚くべきは、空を警戒するために見上げていたため気付くことが出来たという偶然。
嘆くべきは、気付くことが出来たところで、反応も行動も許されない程にある、俺と稲妻の速度の差。
故に、俺は走馬灯すら見る暇もなく死んだ。
出来れば老後に、美人な奥さんと子供達、孫達に囲まれて、幸せなままゆっくり老衰で死にたいとそう思っていたんだが・・どうやらそれは叶わぬ夢らしい。
落雷の轟音が鳴り響き、鼓膜が潰れたと錯覚するほどの痛みが耳を襲う。
が、いつまで経っても雷で穿たれる痛みと、高温によって皮膚が焼け爛れる痛みが襲ってこない。
勿論、雷に撃たれた時の痛みなんてエイスが手加減して魔術を当ててきた時か、本で読んだ知識しか無いから、本当の雷に撃たれた時どうなるかなんて俺には分からないんだが。
もしかしたら、痛みを感じる暇もなく俺は死んでいて、今絶賛死後の世界にいるのかもしれないし。
・・でも、死後の世界って案外何も無いんだな。真っ暗で周りの光景なんて何も見えない。
「おい!いつまでそこで寝ている!逃げるぞ!」
?・・今、死後の世界で聞こえるはずが無い声が聞こえてきたような。
「モズ!次の落雷が来るかもしれないから、逃げるよ!!」
ん?・・エイスの声まで聞こえてくる。しかも、やけにハッキリと。
・・いや、ちょっと待て。なんか暗闇が晴れて光景が浮かんで・・って、エイスとダバーシャ?なんでこんな近くにこいつらが?
つーかさっきから後頭部が痛いんだが。鈍痛?何で?俺雷に撃たれたんじゃないの?
もしかして・・俺、生きてる?
自分の頭を手で触り、髪の毛が爆発してチリチリになっていることも、火傷も、焦げ付いた皮膚も何も無いことを理解する。瞬間、思考を支配したのは自分が生きていると言うことの実感。
身体中の全細胞が爆発的に生を歓喜する。
「・・・生きてる!俺!生きてる!」
「うん!そう!生きてる!生きてるから早く逃げるよ!あっちの方で人の声が聞こえたからそっちまで走る!」
瞬間的にハイになり、勢いよく立ち上がった俺を抑えつつ、エイスが示した方向へと3人で走る。
どれだけ俺が暴れようとダバーシャが軽々と抑えている辺り、技量とか以前の問題の所で俺とダバーシャの実力差があるということなのだが、この時の俺はそんなことなど微塵も考えず、ただ溢れ出る思いに乗じて腕を、脚を思いっきり振り回していた。
「・・なんだったんだろうね、さっきの」
「的確に俺達を狙った雷撃だった。・・恐らく、人為的な物だろう。」
「てことはつまり、その狙ってきてる奴は俺達が神域内のどこにいるかが分か・・!!」
咄嗟に耳に手を当てたのは僥倖だったと言えるだろう。でなければ、手を狙って放たれた光芒により、手首から先が吹き飛ばされていたはずだ。
「っぶないなぁ・・・!」
雷魔術ーーー『雷閃芒』
背筋を伝う悪寒を振り払うように腕を薙ぎ、光芒がやってきた方向へと砲門を開く。瞬時に流し込んだ魔力により、刻んだ術式が作動して、対抗するように雷の光芒が放たれた。
が、当たらない。掠った音は愚か、地面に着弾した音さえも聞こえないまま、静寂が霧中に響く。
「ふむ・・避けられたか」
「だろうね。多分撃った瞬間にはその場を移動してると思う。・・撃ち返しも効かないとなると、本格的に不利状況だね・・このままじゃジリ貧だ。」
「チッ!・・迂闊に動けんな」
「ダバーシャ・・」
「シャールヴィ達も狙われてるかもって考えると、ちょっと怖いなぁ・・」
「ダバーシャ・・・!」
「赤髪は大丈夫だろうが、執事の方が危うい。」
「ダバーシャ!ギブ!ギブゥ!!絞まってる!これ完璧じまっでるがら!」
首ッ!首が!うっぶ・・あ、これ死ん・・
「何言ってんの?モズ。ダバーシャはとっくに手離してるよ?」
え?
「え?じゃあこいつだ・・・れ・・」
ヘッドロックをかけられた体勢のまま無理やりに頭を捻り、俺の首を絞めている下手人の顔を見る。
果たしてそこにあったのは、無表情でギリギリと俺の首を絞め続けるシャールヴィ・フォン・フィオトレイの姿。
「シャールヴィ!?」
「どう・・して・・おま・・・!」
あ、ヤバい。そろそろ・・本当に意識が・・
「っ」
「・・あぇ?」
視界の端が黒く染まり、酸欠によって頭の痛みが激しくなる中、不意に首周りの圧迫感が消える。シャールヴィが、その腕を首から外したのだと理解した時には既に遅く。
なんとも間抜けな声を垂れ流し、間抜けな面で隙をさらした俺は、一瞬、またもや何が起きたのか理解できなかった。
「・・・!」
「ゲボァ!?」
瞬間、腹部に激痛が走る。何をされたか分からないまま唾液と胃液と血液が同時に口から飛び出すという滅多にない体験をしつつ、恐らく思いっきり土手っ腹を蹴り抜かれた俺の身体は、信じられない速度で後方へ吹き飛んで行った。
「モズ!」
エイスの叫び声すら遠のいて、霧の彼方へ。あまりの痛みで流れた涙の隙間から見えたのは、こちらへと猛スピードで追随してくるシャールヴィの姿。
「ぐ・・そが・・!」
様々な液体でごちゃ混ぜになった口内で舌を動かしつつ、俺は腕を振るって術式を刻む。
同時に、シャールヴィの両脚に碧緑の魔術陣が展開されたのが見えた。
直後、
「ッラ!!」
「・・!!」
刃と刃が激突する。
「モズ!」
遥か霧の彼方へと吹き飛んで行った親友を追いかけようと、エイスは雷をその身に纏う。
隣で、シャールヴィも同じく準備を整えたのがわかった。
と、鼓膜を激痛が襲う。・・否、正確には、激痛を感じる程の大音量が鼓膜を襲った。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
其れは咆哮、其れは雄叫び。巨神と見まごう程にデカイ巨人が、大陸全土に届く勢いで雄叫びを上げる。
その目は紅く、狂気に染まり、力を振るえる愉悦と快感に、その口を狂ったように捻じ曲げる。
「・・・マジ?」
「・・・ふっ・・ははっ・・!」
炎魔術ーーー烈赫掌、『燃え猛る拳』
それに対し、抑えきれぬ笑みを零したのは半神の英雄。
猛り昂る巨人と半神は、その衝動のまま己が拳を突き出した。




