18.始源樹王アスク
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「ようこそ、王城ミッドガルズへ。歓迎するよ。」
玉座から立ち上がり、両手を横に持ち上げつつアスク様はそう言って微笑んだ。
神々によって作られた、最初の人間。シャールヴィがそういう風に形容したのも頷ける。
正しくその顔は『作り物』のように美しく見え、よく見れば聖衣に包まれている身体も均整のとれた細マッチョとでも形容できそうな肉体であった。
「ほ、本日はお招き頂き、あ、ありがとうございます!誠に、感謝の極みで・・」
「うん。分かったよ。その感謝は受け取った。」
「っ!?」
「あぁ、大丈夫大丈夫。そんなに畏まらなくても、処罰するとか、そういうことは無いから安心していいよ。むしろ、私は君達に感謝を伝えたいんだ。」
問答無用というかなんというか、口調は軽いのに、言葉の端々に有無を言わさぬ凄みがあると言える雰囲気で、アスク様が話を切り出す。
「先の王都における、巨人達の不審な暴走事件。その制圧に、フィオトレイ家の者達や、冒険者達が一役買ってくれたと、王都中で噂になっていてね。その事の感謝を伝えたいと思ったんだ。・・・ありがとう。君達のおかげで、王都ミズガルズの平穏は守られた。本当に、感謝しかないよ。」
「「「っ!?」」」
そう言って、アスク様が頭を下げる。慌ててそれを止めようと周りにいた宰相様らしき人や騎士団長らしき人がアスク様に近づくが、
「私はやめないよ。彼らは民を、王都を救ってくれた。それはこの国を救ってくれたことと同義だ。そんな者達に、民や国があることで意味を持つ位の人間が礼節を欠かすことは、絶対にあってはならない。」
礼を俺達に向けたまま、アスク様が、礼を止めようとした者達を諌める。
「・・・ど、どうか顔をお上げ下さい!陛下!私達には、あまりにも過ぎた行いであります!」
流石のシャールヴィも戸惑っているのか、いつもの冷静さの欠片もなく、アスク様を止めようと若干声を荒らげてしまっていた。
「・・『一国の主が軽々しく頭を下げるな。それは貴様の品位だけでなく、国の品位すら貶める』そういう言葉を耳にしたことはある。けれどね、この場合、私はそうは思わない。私は純粋に君達に感謝を示している。王の一挙一動が一国の価値を背負うのであれば、私は喜んで、国を代表して君達に感謝しよう。それが、この国から君達に送る誠意の一つだ。」
が、それでもアスク様はしばらくの間頭を上げず、逆に周りの騎士達が俺達に向けて最敬礼をしめして頭を下げてくる始末。
ダバーシャやエイスは何処吹く風と言う感じだったが、俺やシャールヴィ、セバスさんは大いに戸惑ってしまった。
「少し長くなってしまったね。報酬は、また後で個人的に渡すことにしよう・・リダラ、この後彼らを私の執務室まで案内してくれ。」
「御意に。」
そうこうしてるうちに、あっという間に謁見の時間は終わった。質問なんてする暇もなく、一方的な感謝を伝えたまま、アスク様はリダラさんにそう命じて、俺達を謁見の間の外へと連れ出させた。
「・・・ふー・・。」
緊張と戸惑いを全て吐き出すように、俺は溜めに溜めた息を思いっきり口から吹き出す。
「・・・・ふぅ。」
同じように、シャールヴィも肺から大きく息を持ってきて、目の前に向かって吐き出した。
「お疲れ様でしたな、坊ちゃん。生憎と、質問は出来ませんでしたが・・・。」
「いえ、恐らくその心配は要らないでしょう。」
特に事件についての情報の成果を得られずに嘆くセバスさんの言葉を遮るように、リダラさんが心配は要らないと、そう言った。
「え?それは、どういうことで・・」
「『報酬のために執務室に・・』って言ってたことじゃないかな?多分だけど。」
話の意図が分からず小首を傾げるシャールヴィの言葉を遮って、エイスが答える。
「成程な。質問と、魔法の調査、その結果を報酬にしてしまえばいいと。」
ようやっと合点がいった。
「その通りでございます。故に、これより皆様をアスク様の執務室に案内させて頂きます。着いてきてください。」
そう言って、リダラさんが歩き出す。それに追従して、俺達もそちらの方へと足を進めた。
階段を登り、綺麗に整えられた城内の中庭を見下ろしつつ、城の奥へ奥へと向かっていく。
「すげぇ・・。」
城内の装飾の一つ一つ、中庭の花の一輪一輪が目を奪うほどに美麗な輝きを放ち、俺達を見蕩れさせる。
思わず感嘆の言葉が出てしまうほどに、城内の光景は美しかった。
見つめるだけで数時間は潰せそうな程の名画や陶器、シャンデリアの横や下をあえなく通り過ぎつつ奥へ奥へと進んで行き、やがて俺達は辿り着く。
「此方です。」
王城ミッドガルズの最奥に位置する、謁見の間とは対象的なこじんまりとした木製の扉。その前で、リダラさんは足を止めた。
よく見れば、豪華な木の装飾が掘られているその扉に備え付けられたノッカーを鳴らし、静かに、部屋の主人の返答を待つ。
「・・・どうぞ。」
果たして、10秒にも満たない時間の後、その声が静寂に浸透する。
こうして改めて聞くと、彼の王が、かなりどころか、素晴らしく良い声を持っていることが分かる。
どうやら神々は喉の発声器官についてまで、一切の妥協をしなかったらしい。
閑話休題。
「失礼します」
そう言ってリダラさんが扉を開き、俺達を中に入れた後、彼は扉の外に立って執務室の警護を始める。
が、正直、そんな事を気にしている余裕は、その時の俺達には存在しなかった。
「っ!」
圧倒的存在感。王の持つカリスマとも違う、世界への影響力が可視化されたかの様なそんな圧迫感が俺を襲った。
これが、始源樹王・・・!
「では、改めて。ようこそ、我が国フォグノース、引いてはこの部屋、王城ミッドガルズの執務室へ。」
「・・お、お招き頂きありがとうございます・・。」
「うん。どういたしまして。」
何か、面白いものを見るかのように、圧迫感によって跪いた俺たちを見下ろして、アスク様が口を開く。
「それじゃあ、早速本題に入ろうか?・・とりあえず、座ってもらった方がいいかな。」
そう言って彼は俺達の前から退き、部屋の中央に位置する、ソファに腰掛けた。
同時に、あれ程この部屋を満たしていた圧迫感が嘘のように消えてしまったのを実感する。
改めて、この国を治める王、統一戦争以前より生き残ってきた、神の被造物にして、推定不老不死の目の前の男の怖さを、俺ははっきりと思い知った。
謁見の間という広々とした空間であっても、あれだけ彼の存在感を感じたのだ。この狭い部屋で対面して、それが更に過密にならないわけがなかったのだ。
「それじゃあ本題・・報酬の話に入ろう。」
そう言って、対面に座るシャールヴィにアスク様が話しかける。エイスとダバーシャも身分の都合上座らせない訳には行かなかったため、その3人でアスク様と対面しているわけだ。
俺はと言うと、流石にただの平民が対面するのも如何なものかということで、謹んで相対することを辞退させてもらい、彼らの後ろでセバスさんと共に立っていることになった。
依然、傍観者の立ち位置である。
それに、ほら・・あのソファ、3人用だしさ。
「報酬・・というと、少し仰々しくなってしまうし、君達がまるで見返りを求めてこの国を助けてくれたことになってしまう。・・ソレは、あまりにも間違っている。そうだろう?」
「・・はい。僕達は見返りを求めて皆さんを救助した訳ではありません。」
「そうだろう。そうだろう。・・なら、今回のコレは、報酬ではなく、私からのお礼ということで構わないね?」
「え、えぇ。」
問いに対してシャールヴィが同意し、どこか満足気に頷くアスク様。正直、報酬とお礼の何が違うのか、俺にはよく分からなかったが、隣にいたゼバスさんやエイスが目を見開いたことから、そこにはきっと尋常ならざる違いがあるのだろうと理解した。
「では・・君達は何を望む?どんなことを、私はお礼として君達にすればいい?」
爛々と、黄金の瞳が輝いた。好奇心の光がその目に宿り、彼は笑みを浮かべてシャールヴィ達を凝視する。
「では・・・」
それに対し、シャールヴィが口を開く。俺の側からは見えないが、恐らく緊張で頬を強ばらせてるだろうその顔で、彼は自分の要望を王へと示した。
「今回の事件の原因について、教えて頂けないでしょうか。」
「・・・へぇ。」
少し予想外だったのか、驚いたような声でアスク様は目を見開いた。
「・・ダメ、でしょうか?」
「いや!いやいやいや!全然、全く!問題無いね。良いだろう!教えるよ。今回の事件、その原因は・・とある神の魔法さ。」
イタズラ?
「・・イタズラ?」
イタズラってどういうことだ?しかも、神の?・・何のために?どうして?何故?
「理由は・・残念ながら私には分からない。あの神のことは、理解したくもないんでね。それに・・あの神を真に理解出来るのは、あの神自身しかいないだろうしね。」
「そ、その神は一体・・!」
「おっと・・シャールヴィ君。君へのお礼はここまでだ。一人一つって決まりをしてなかった私も悪いけど、基本的に、こういうのは一人一つ・・だよね?」
「っ・・!・・はい・・・。」
渋々といった様子で、シャールヴィは質問と不満を飲み込んだ。
「・・じゃあ、次に、そっちの・・エルフ君。君だね。・・君は、何を求める?」
「そうですね・・。」
先程のシャールヴィと違い、とても余裕を持った態度・・・のように見せ掛け、こめかみから汗を一筋垂らしたエイスは、しっかりとアスク様の方を見つめて思案する。
「・・では、シャールヴィの意思を継いで。その神とは、一体誰のことなんですか?」
「神相手に『誰』ってのもまた妙な表現だけどね。そうだなぁ・・神話とか、英雄譚とかが好きな人は、ある程度推察できると思うけど・・こんな時にそんな問答みたいなことしてる暇は無いしね。良いだろう、答えようじゃないか。」
段々とこの人の人となりというか、なんというかが分かってきた気がする。・・とにかく、愉快で面白いことが好きなんだ。シャールヴィの言ったことに習うなら、始まりの人間であるからこそ、好奇心が人一倍強く、退屈が嫌いなのだろう。
だから、問を投げかける。『問』という名の、試練を俺達に課しているんだ。
「【ロキ】だよ。北欧神話において、イタズラ好きの神とされる、神殺しと世界蛇、地獄の番人の父親だ。神々や人間、巨人が困るイタズラを平気で面白がってやり、しっちゃかめっちゃかが大好きな愉快犯。大方、今回もこいつの仕業だろうね。巨人達に残っていた■力もこいつのだったし。」
・・話だけ聞くのなら、貴方様と非常に気が合いそうな性格というか、ほぼ同じなのですがそれは・・同族嫌悪・・か。
「な、成程・・」
かなりの早口でそのホクオー神話の【ロキ】という神の仕業だと言い、彼の神への悪口をいいつらったアスク様に、エイスはかなり引いていた。
「・・少々話しすぎたかな?それで?次は・・青髪の君に・・・」
言って、エイスから目線をずらし、シャールヴィを飛び越えてダバーシャを見つめ、アスク様は絶句した。
驚き、困惑、悲哀。それらの感情がコロコロと、分かりやすく顔に出ては消え、消えては出る。
「君!面白いね!」
数秒間絶句し続けた後、彼の放った第一声はそれだった。まるであの時、俺に目をつけた『ナニカ』のように、この王様は、シャールヴィを見てこの日最大級の笑みを浮かべた。
・・そういう笑顔がちょっと様になるのもムカつくなこのイケメン王




