16.大嵐
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「はぁっ・・はぁっ・・」
目の前で倒れ伏す十数人の巨人達を見て、シャールヴィは息を切らせながら蛮刀を地面に突き刺し、その身を預ける。
「ここは・・・商業区画ですか・・。道理で、いっぱいいた訳ですね・・」
辺りを見渡してシャールヴィは推察する。現在地は王都ミズガルズの西側。様々な商店やギルドが立ち並ぶ商業区画であると。
ここら辺には定住する人々は余りおらず、代わりに宿屋や冒険者ギルドが営業させているホテルなどで寝泊まりをする商人や冒険者が多くいる。
故に、住民達を率先して護衛し、共に避難した冒険者達の後に残ったのは、暴走してしまった冒険者ギルド所属の巨人族の人々や、鉱山物資を下ろしに来た巨人達であった。
シャールヴィは運悪く、戦ってるうちにそんな区画に入り込んでしまっていたというわけだ。
「とりあえず、ダバーシャ達を見つけないといけないですね・・。彼らは王都の地理には詳しくないでしょうし・・・。それに、強力な巨人達の相手を彼らに任せてきてしまったのですから」
万が一が無いとは限らない。故に、シャールヴィは多少疲れの抜けた身体を起こしてもう一度辺りを見渡す。
「可能な限り、暴走した巨人達は引き連れて来ましたが・・まだ他に居ないとも限らない。・・慎重に探索しつつ、大通りに向かわなければ・・」
流石に暴走した巨人を一度に十数人相手取るのは、シャールヴィと言えども骨が折れる。しかも彼らは一般庶民ではなく、冒険者。いわゆる戦闘のプロであり、ともすると騎士団の練兵よりも強い者すらいた可能性があるのだ。
そんな者達がまだ残っていたらと・・考えるだけでも恐ろしい。
「よし。移動を開始しましょう」
気絶させた巨人達を道の脇に退かし、より広範囲を索敵するため、強化した脚力で近場の家の屋根の上へ飛び乗る。
「・・この辺にはいなさそうですね」
ある程度周りを眺め、とりあえずは大丈夫だと断定。モズほど広い視野で索敵は出来ないものの、パッと見では居ないと言えるほどには、周囲に敵影はなかった。
「じゃあ、東へ・・・ん?」
と、その場からシャールヴィが動こうとした瞬間。濃霧が王都を覆っていく。
水分でベタついたりせず、身体が濡れる訳でもない不思議な霧。明らかに通常の物では無いその霧の正体を、シャールヴィはすぐに看破した。
「・・・神域っ!?」
周りを見れば、前後不覚とまでは言えないまでも、既に10メートル以上先の光景が見えなくなっていた。
「これは・・・っ!?」
マズイと、そう口にする代わりに出たのは、驚愕と苦痛の呻き。
「がっ・・・!!」
横から叩きつけるように振るわれた獸腕が左腕にクリーンヒットし、勢いのまま思いっきり何かの商店まで吹き飛ばされる。
扉を突き破り、商店の奥。どうやら花屋かなにかだったようで、背中を強かに何かに打ち付けたシャールヴィは、棚の上から降ってきた水と花でずぶ濡れになりつつ、自信を吹き飛ばした下手人の方を見遣った。
「KARORORORORO・・・・」
店の前で醜く唸りをあげるその生き物は、体長15メートルをゆうに超える真っ白な狼。
「っ・・・神域の銀狼ですか・・・」
神域の白狼。神域の近辺、ないしは新域内に生息する、銀雪の体毛を持った巨大狼。
普通の狼と違うところは、群れて行動せずにたった1匹で狩りを行うところ。子供が生まれても両親のどちらかがある程度まで育てた所で独り立ちを行わせる、生まれながらにして孤高の獣だ。
そんな魔獣とすら言える存在が、王都の内部に入り込んでいることにシャールヴィは恐怖した。
「・・何とか、ここで僕が足止めをしなければ、他の人々が危険に晒される・・・」
それだけは避けなければならない。
「ならば・・ここで君を倒します・・!」
花屋の床に蛮刀を突き刺し、それを支えに、未だにこちらを見つめ続ける銀狼と目を合わせながら立ち上がる。
「GRRRRRRRRRR・・・」
「ふー・・・」
互いに相手を威嚇するために息を吐き出し、獲物である牙と刃を向けて睨む。
「GA!!」
仕掛けたのは銀狼。先程シャールヴィの不意をついたのと同じ要領で一気に距離を詰め、前足とその鉤爪を叩きつける。
「っ!」
風魔術ーーー堅固風
声にならない声を上げ、旋回させていた盾に重ねるようにして風の盾を形成。前足と自身の間に盾を滑り込ませ、振り下ろされた獣腕を防御する。
一瞬だけ風によって止められた前足。その隙を穿つように、両手で握りしめた蛮刀が逆袈裟斬りの軌道を描いて銀狼の顎を掠める。
前足が止められた瞬間には後退していた銀狼と、その判断能力に戦慄を覚えつつ、シャールヴィは旋回して戻ってきた盾を回収。
「今度は僕からっ・・・!」
風魔術ーーー追疾風、『健脚の清風』
一段、踏み込みを加速させ、銀狼の面前へと瞬時に接近。構えていた蛮刀振るい、それがしっかりと銀狼の牙で防御されたことを確かめた後・・跳躍。
牙の間に、文字通り食い込んだ蛮刀。その柄を踏み台に、体ごと上下を反転させて、空中へ身を躍らせる。逆さになった視界で見たのは、血走った目でこちらを凝視する銀狼の瞳。
体毛と違い、金色に輝くその瞳へ。
「喰らえ」
風魔術ーーー『操りの突風』
突風に押し出された風の刃が突き刺さる。
「GAAAAAAAAAA!!!!!!」
金色の眼から紅の血を流し、銀雪の体毛が赤色に染る。
「・・・上手くいきましたね」
ゆっくりと地面に降り立ち、血のような赤い髪を靡かせて。シャールヴィはそう宣った。
「GRAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
激高したのか、真っ赤な口と白い牙を全開までカッ開いて、銀狼は吼える。
「フッ!」
戦っているうちに慣れてきたのか、咆哮すら意に介さずに再び急接近したシャールヴィの右手が銀狼の目・・そこに突き立つ蛮刀を掴んだ。
「コレは、返してもらいます!」
かなり深く刺さっていたのか、力任せに引き抜いた瞬間、丸々ひとつの眼球がまろび出で、鮮血が家屋を、大地を汚していく。
「GRRRRRRRRRR・・!!!!」
それでも戦意を失っていないのか、憤怒に煮え滾る隻眼がシャールヴィを睨んだ直後に、黄金の残光を引いてその場から消失。
濃霧に紛れるように、その気配と姿を消した。
「・・・厄介」
呟きと共に、何時でも迎撃出来るようにと蛮刀を構え、耳を澄ます。大気中のどんな音すらも聞き逃すまいと、全神経を集中させた所で・・轟音。
まるで大砲が放たれたかのような音と共に、濃霧を割いて、牙が閃く。
「っっ!」
予想取り、背後から現れた銀狼の牙を、旋回させた盾で受け止める・・が、
「くっ・・・!」
その勢いに押し負ける。大地を踏みしめる2本の足が、轍のように王都の地面を抉っていく。
「重いっ・・・!」
数十メートルの後退を経て尚止まらない勢い。
チラ・・と後ろを振り返れば、背後に見えたのは冒険者ギルドの巨大な家屋。
「ぐっ・・・ぉぉおおおおおお!!!!」
そのままギルドに突っ込ませてなるものかと、全身の力を振り絞って、前へと右足を踏み出して・・
片足が浮いた。或いは、摺り足のようにしていればこうなることは無かったかもしれない。が、事実としてシャールヴィは足を浮かせてしまった。踏ん張っていた足を、前へすすめるために浮かべてしまった。
当然、片足だけで踏ん張れるほど銀狼の力は甘くない。故に
「GAAAAAAAAA!!!!!!!」
咆哮により両の鼓膜を揺すられて。一瞬の後、シャールヴィは背中から冒険者ギルドに突っ込んだ。
「がはっ・・・!!」
が、それで終わりでは無い。
銀狼の攻勢はそんな所で止まらない。
「う・・そ・・・!?」
牙が正面から盾を挟む。ガチりと、固定されたかのように、盾とそれに構えていた腕が動かせない。
「GRRRRRRRRRR!!!!!」
唸り声が両耳を穿ち、鼓膜が壊滅的なダメージを受ける。
「AAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
一瞬遅れ、太陽へ咆哮するように銀狼は思いっきり頭を振り上げて吼え声をあげる。
「っ!!」
鋭い痛みが両耳を遅い、髪色と同じ、深紅の液体が垂れる。が、今はそんなことに構ってる暇は無い。
「っうああああああああ!!!!???!」
ギルドの天井を突き破り、濃霧を身体で持って割いて、尚その体は上昇する。
自分の叫び声すらどこか遠くに聞こえるような感覚の後、シャールヴィは全域を霧に覆われた王都を一望する。
遥か下で、蠢く霧に包まれた王都。城の尖塔すら、遠い彼方の針のようにしか見えないほど高い青天に、シャールヴィの身体は投げ出された。
どうやって着地するのかという疑問が、脳内を埋め尽くす。周囲の峰々と同等かそれ以上の高さから自由落下をするのは、シャールヴィの17年という人生に置いても初めてのことであり、困惑と混乱が思考能力を蝕んでいく。
「マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ!!!!!」
荘厳な景色すら、今は見ている暇すらない。ただひたすらに着地のことだけを考えて・・思い至る。
「地面に風をぶつけて、その反動で一瞬だけ浮くことが出来れば・・!」
危険というよりも、無謀と言う方がふさわしいような自身の案に、今更ながらに笑いと恐怖が込み上げてくるが、既に落下体勢に入ってしまっている手前、躊躇いなど空の上に置き去りにする以外道は無い。
徐々に、されど確実に、身体が地面に近づいていく。かなりの速度で空気を受けるからか、異常に目が乾いた。が、目を閉じる暇など一瞬たりともありはしない。目を閉じた瞬間、死が確定する。ならば、この目は意地でも開いておかねばならない。
「っああああああああああ!!!!!」
真下。ちょうど落下地点に、既にこちらを殺したと油断しているのか、呑気に辺りを見渡している銀狼に対して、自分はここにいるぞと示すかのように、声を枯らして雄叫びを上げる。
「!?」
それでまだ死んでないことを、死ぬ気がないことを理解したのか、驚いたような声で銀狼がこちらを見上げる・・が、
「遅い!」
風魔術ーーー『操りの突風』
落下速度に上乗せするのは、身体を地面へとさらに押し出し加速させる突風の魔術。
あと10、9、8、7、6、5、4・・・今!
「ッ!!!」
風魔術ーーー『吹き荒れろ風神の息吹』
地面・・否、自分に向けて展開された極大魔術陣より、嵐が顕現する。
予め構えていた蛮刀と盾で前からの風圧を可能な限り防ぐも、まるで意味を成していないかのように身体が浮き上がり、急上昇の反動が再び骨を、臓腑を軋ませる。
が、上昇はたったの数メートルで終わり、シャールヴィの身体は固く自分を抱き留める地面に倒れ伏した。
現在持ちうる全ての魔力を使って放った大魔術。当然、銀狼どころか周囲一帯の建造物すらも跡形もなく吹き飛んでしまっている。
しかし、当の本人はそんなことを気にする暇もなく。地面に落ちた瞬間には、その意識を手放していた。




