13.邂逅
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「っ!?マジかよ!?」
ミズガルズの端。恐らく平民区画か工房区画で、こちらからでも見える程の爆炎が巻き起こり、悲鳴や暴走してると思われる巨人の雄叫びが木霊する。
「金髪!」
「うん!」
「僕も行きます!」
それを見て一目散に馬車の外に出たのは、ダバーシャ、エイス、シャールヴィの3人。
走ってる馬車から飛び降りた3人は王都へ向けてその進路を定めた後、
炎魔術ーーー飛炎脚、『駆け抜ける閃炎』
雷魔術ーーー『纏雷速攻』、『閃くは迅雷』
風魔術ーーー追疾風、『健脚の清風』
その身に炎を、雷を、嵐を纏って駆け抜ける。その速度たるや、一直線の街道においては馬車の全速力を遥かに凌ぐ程であり、あっという間に3人は豆粒に見えるほど遠くまで駆けて行った。
「少し揺れますぞ!!」
「はい!」
セバスさんが馬に鞭を入れ、馬車が加速する。3人には及ばないまでも、その速度は通常の商人たちが手綱を繰って出すよりも遥かに速く、俺たちを王都まで連れていく。
道中。速すぎて最早捉えるのが難しい程の速度で3つの影が王都正門を飛び越えて行ったのを視界に捉えた。
「ははっ・・やっぱすげえな。」
その、いかにも英雄と呼べる振る舞いに感嘆の声しか漏れない。
「・・モズ殿は行かれないのですかな?」
一刻でも速く王都に着くため、御者台で隣合って座っているセバスさんがそんなことを聞いてきた。
「・・俺には無理ですよ。そもそも実力が足りないし、あんな危険な場所に尻込みせず突っ込んで行くなんて言う『英雄』みたいな意思・・俺は持ってませんから。」
「ほほっ・・。」
・・何で笑ってんだこの爺さん。今結構切羽詰まってる状況だろ?笑うとこじゃねえよココ。
「何で・・笑ってんですか?」
「いえいえ。・・そうであるのならば何故、貴方様はこの馬車に乗って居られるのかと思いましてな。」
その言葉は、街道をひた走る馬車の音や、風の音に遮られて尚鮮明に俺の心に響いてきた。
「このような状況で王都に突っ込むような意思もなく、騒動を自分で止められる実力もないと自負しているのならば・・貴方は何故この馬車に乗っているのですかな?」
「そ、それは・・」
「この馬車が走っていて、とても降りられる速度じゃないからという理由であるのなら、今この場で馬車を止めましょう。・・ですが、恐らく儂がそんなことをしても、貴方様はこの馬車から降りないでしょう。・・・何故?何故降りないのです?貴方様はあそこに行く意思などないのでしょう?・・巨人達の暴走を沈める実力など、ないのでしょう?」
・・・確かにそうだ。俺には力が無い。意思も弱い。目の前で起きている事件を納められる『英雄』に、俺はなれない。
それでも、俺がミズガルズへ行く理由・・俺が、今回の事件に首を突っ込んだ理由・・・。
もし本当に俺にそんな意思がなかったのなら、そもそもシャールヴィの誘いを断っていたはずだ。
もっと言うのなら、春休みに、ダバーシャに話しかけなかったはずだし、去年エイスを助けたりもしなかったはずだ。
でも、そうしたのは・・・
いつの間にか、馬車はその速度を落としていた。茫然自失として考え込んでしまった目の前の少年を見て、『こんなモノだったか』と、ソレは思う。
正直、こんな所で悩むような人間であれば『期待外れ』も良いところだろう。『またか・・』と、ある筈の無い心で落胆し、馬車を止めて彼を降ろそうと考えたところで、ソレは見た。見てしまった。
「・・・・・。」
長めに伸ばされた前髪と、俯くことで見えなくなっていたその黒い瞳に、確かな輝きが宿るのを。
引き結ばれた唇と、強ばった頬が、目の前の凡人の意思の強さを示すのを。
アア、これだからニンゲンはオモシロイ。
御しやすい癖に、ヘンなトコロで外れていく。
振るった賽の目に、従わざるを得ないハズなのに。
・・・そんなカオされちゃったら、キョウミ、出ちゃうじゃないか。
そして・・結ばれた唇が開かれる。
「俺は、英雄になりたいとは思わないし、なれるとも思わない。エイスやダバーシャ、シャールヴィの様な、力も意思も強い奴らと自分が対等になる事が許せない。・・ソレは、自分が1番よくわかってる。だから、俺は・・『観測者』でありたい。アイツらみたいな『英雄』じゃなくて、アイツらみたいな『英雄』がこの世界にいることの『証明者』に、俺は成りたい。だから・・俺は、この馬車に乗ってるんだ!」
野次馬根性と言われてしまえばそれまでだ。言ってしまえば、これから絶対に色々な所で活躍する筈の『アイツら』が起こすこと、巻き込まれることを面白おかしく見ていたいって事だからな!
だが、それでもいい。そう捉えられようと構わない。
あぁ、そう考えると自分の今までの行動がしっくり来るな。
・・この事件を生きて帰れたら、英雄譚でも描いてみようか。それが出来るだけの冒険を、きっとアイツらはするだろうし、俺はソレをいつまでも横で見ているだろうから。
「ほほっ・・はっ!ハハッ!アッハハハハハハハ!!!」
それまでとは違う口調、違う声でセバスさん・・いや、得体の知れない『ナニカ』が笑い出す。
「っ!?」
同時に、高濃度の魔力がその体から噴出する。殺気とはまた違う、奇妙な威圧感に押し潰され、空気が喉を通らない。
「そうか、そうかそうかそうかそうかそうか!人の身で!傲慢にもその視点を欲するか!オモシロイ!オモシロイよキミ!今回この件に関わる気は、僕にはなかったけど!良いだろう!手を貸そうじゃないか!ちょうど、他の神々に一泡吹かせたいとオモッテタところだ!」
「っ・・ぐ・・・。」
「あぁ、ゴメンゴメン!気をつけてるんだけど、つい・・ね?今解くよ。さん、にー、いち、はい!」
「っは!?・・はぁー・・はぁー・・。」
「ちょっと魔素濃度を高めすぎたかな・・・。まぁいいや。」
「あ、アンタ、一体何もんなんだ・・?」
息を整えつつ、目の前のナニカに向けて問いかける。どう見たってニンゲンじゃないソイツに。魔物?それとも、意志を持った魔術?
見透かし、その推測全てを否定するかのように、奴は大きくその頬を緩ませ、耳まで届くほどに口を歪曲させて嗤う。
「さぁ?何だろうね?ひょっとしたら神なのかも知れない。・・・けど、今重要なのはそこじゃない。君が僕の?・・オレの?・・ワタシの?協力を受け入れるか、否か。それだけだ。」
・・正直、こんな怪しいよく分からない奴に手を貸してもらうのは、甚だ不安だ。が、王都から上がる爆煙と爆発音は未だに増え続け、悲鳴は変わらず木霊している。
俺にはそれを納める力は無い。が、もしもこいつの手を取ることでそれが可能となるのなら。
・・・アイツらならどうするのだろう?
「否、コレは君自身への問いかけさ。他の・・『英雄』君達には関係ない。・・・君が、どうしたいかだ。・・それだけを言え。」
またも此方の心を見透かすように、ソイツは言った。ならば、俺の腹は、心は、もう決まった。
「良いだろう。・・アンタの提案、受けてやる。」
「アハハッ!君、イィネェ、凄くイイッ!この僕?俺?私?ワタクシ?俺様?相手にその態度!イイだろう!その態度も許してしまおう!許してあげよう!契約・・成立だ!」
指を振るう。ただそれだけで周囲の影という影、暗闇という暗闇が蠢き、まるで触手のように、俺の影を縛り付けた。
「コレは・・・っ!!」
瞬間、硬直する体。呼吸は出来る。頭も動く。ただ、身体だけが動かない。指1本、眼球すら動かずに、ナニカに向けて釘付けにされる。
「今回君にあげるのはコレさ。・・・せいぜい、上手く使ってみなヨ?」
そう言って、ナニカの気配が遠のいていく。居なくなりかけて初めてその気配の大きさに気づけるほど、奴の威圧感は大きく、自分がソレに飲み込まれかけていたことを理解する。
恐らく、その気になればヤツは指を振るうだけで、俺とセバスさんを殺せたのだろう。が、それをしなかった。一体何故、どうして?そもそも、いつからセバスさんの中にいた?というか、さっきの力は・・?
さまざまな疑問と憶測が脳内を駆け巡る。そうやって混乱していることすらもヤツに嘲笑われているような、そんな気持ちの悪さが背筋と脳を這って、呼吸が乱された。
「あぁ、それと最後に。」気配が無くなる直前、奴はそういう風に前置いて。
「さっきの話、『外』から来たことだけは、確かだヨ。」
まるで物語の登場人物のように、酷く酔いしれた口調でそう言った。
「ゔっっぇ・・・!」
気配は完全に消失した。身体にかかっていた威圧感も、恐らく、濃度が高いと思わせるほど、空気中の1点において凝縮された魔素も今は霧散し、後に残ったのは抜け殻のように意識を失って倒れたセバスさんと、茫然自失として目の前のことを飲み込めない俺だけだった。
それでもこの馬車は、乗っている俺は、王都ミズガルズに着いている。一度も降りることなく、臆病風に吹かれることも、下手な言い訳をすることも無く、確かに俺は王都ミズガルズの大地を踏んでいる。
どこかで、何かが囁いたような。そんな気味の悪さが、身体を伝って脳へと這う。
ただ只管に、気分が悪かった。




