魔王は勇者に恋をしている
夜の明けない空の下、禍々しい魔王城が建っていた。
誰も寄り付かない魔王城、
誰も視界に入れない魔王。
そこの主人である魔王はとても冷酷で、人の心など死んでいると言われていた。
まぁ、誰も見た事はないのだが。
ー
「魔王!今日こそ土に帰ってもらうぞ」
「ハハッ、できるモノならやってみればいいだろう?」
「はぁぁぁあ馬鹿にしてんのか」
「ふふっならその手を止めたらどうだ?」
「それは……、無理だな」
「そうかそうか、かわいいなァ」
「はぁ?馬鹿にすんな」
勇者とは魔王を倒す者。
魔王とは勇者に立ちはだかる者。
そう二人は会い入れる事はないはずなのだ。
そう……きっと、あぁ。
二人は今魔王城の玉座の間、豪華な椅子に腰をかけてお茶をしている。いい香りが漂う紅茶、サクッとなるクッキー。
剣を持ち、血に塗れるはずの二人。
だが目の前にあるのは、クッキーを食べながら幼稚な口喧嘩をしているのが二人だ。
「砂糖はいるか?」
「ん、エ、いいのか」
「イイぞー、惚れた弱みだからな」
「ッおいやめろ。私は絶対にお前を好かないぞ」
「ふふっ」
「笑うな」
「…………」
「何か喋れや」
「怖〜、勇者サマという者が」
「お前は魔王のくせに怖くないな」
「それは、失礼では? 一番こわい顔をしているのに」
「私には見えないな」
「……そうか」
ー
俺は一目見た時驚いた。靡く銀髪に赤いタルセットピアス。深海のような紫の瞳。
剣を構えるその姿は、正に勇者そのものだった。
「お前を殺す!」
湧水のように綺麗な高温でそいつはそう言った。
そして俺は思ったさ。
俺の元に来てくれたと、とても珍しいと。
俺を殺すためでも、俺もこの世から消すためでも……真正面から来てくれた。
真っ直ぐな言葉を、俺にかけてくれたのだ。
あぁ、なんと最高な事だろう。
本当に、本当に……今すぐにでも泣きそうだ。
俺を恐れずに、俺の頭を見ても逃げなかった。
はじめての生物だ。
そして俺は思った。
決して逃さないと、もう死んだはずの心臓が“ドクン”と動いた気がした。
俺は瞬時に思ったよ。
これが恋だってね。
「できるならばやってみろ」
多分俺の声はどこか踊ってた。
ー
私は一目見て驚いた。
目の前にいる魔王は俗に言う透明人間だった。
何も見えない物体が、ただ服を着ていて、杖を持っていて、帽子をかぶっていた。
とんがっている靴の先は少し外に向いている。
そして、正に英国紳士のような座り方。
だがとても汚れている。
埃やら、蜘蛛の巣やらが帽子や服についている。
「お前を殺す!」
私の声はどこか震えていただろう。
だが彼は嬉しそうに、見えない口を動かした。
「できるならばやってみろ」と。
地を張るような低い声。
私は思った。
なんて悲しい人だろう、と。
ー
何度目かの勇者の訪問。
最初はズタズタだった魔王城も、いつも間にかピカピカになっていた。
服もしっかりハリがあるし、帽子についていた蜘蛛の巣も取り払われている。
そして、いつの間にかいい匂いが漂うようになっていた。
それは、きっと魔王が恋をしたからだろう。
恋する相手に汚い姿は見せられないからだろう。
ー
二人はクッキーを食べながら小言を言い合っていた。
「なぁ、もしも私達が勇者と魔王じゃなかったら、仲良かったのかな」
「ほぉそれは興味深い」
「だけどさ。お前が魔王じゃなかったら私はお前が見えなかった。まず見ようとも思わなかっただろう。」
「それもそうだな」
「だからさ。お前がどんなに私に恋を伝えても実らないよまずお前に恋心を抱かない。私はお前を魔王としてか見ていない。」
「ハハッそれは、残念だ」
「でも、私は正直お前が嫌いではない」
「……」
「だが正義を私は背負っている」
「それは、」
「だから私は正義を捨ててきた」
「は?」
「お前との恋は実らないが、友人にはなられる。
魔王の友人には私はなれる身分な訳だ。」
「…嬉しいか?」
勇者はニヤリと笑った。
「ッアア。とてもな」
「そうか」
「だけどなぁ、心残りがある」
「なんだよ、折角捨ててきてやったのに」
「勇者サマとしてのキミに、殺されるのも悪くないな、思っていた」
「うおッそれは中々だな」
「ふふっ」
「ハハッ宜しくな。友人として」
「ああこちらこそだ」
珍しく月明かりの入る魔王城。
玉座の間には二人の影が写っていた。
ないはずの魔王の顔がニコッと笑った気がする。
ニコニコと笑う勇者の顔が映ったかのように。
二人は同時に剣を捨てた。
二人は同時に同等の立場になった。
二人は同時に心からの友人になった。
「最後にもう一回言わせてくれ。俺はキミを愛している。決して叶わなくても」
「それは、嬉しいな。」
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