第98話 シロウの考えた解決策
その日、朝早くから山下さんの家の前に、数台の真っ黒な高級車が並んで停まっていた。
山下さんは窓からその様子を見て、一体誰が来たのか分からず首を傾げた。こんな田舎に、こんな高級車が何台も来ることなどない。何かの間違いではないだろうか。
しばらく様子を見ていると、そのうち一台から黒いスーツを着た男が降りてきて、山下さんの家の方へ歩いてきた。
山下さんは慌てて玄関へ向かう。
「山下さんですか?」
「え?は、はい。私が山下ですが……」
黒スーツの男は丁寧に頭を下げた。礼儀正しい態度だが、どこか緊張感がある。
「初めまして。私は、アークレジア開発の生駒と申します。申し訳ありませんが、毒消し薬を作っているという工場を見せていただくことはできませんか?」
「え?いや、あそこは企業秘密で……」
山下さんは困惑した。なぜこの人は毒消し薬のことを知っているのだろう。もう何年も外部の人間に話したことはないはずだ。
「そうですよね。ではいくつか質問させていただいてもいいですか?」
「いや、それよりまず、あんたらは何者なんだ?突然こんなところに来て、何の用だ?」
黒スーツの男は再び頭を下げた。
「突然の訪問で驚かせてしまいましたよね。すみませんでした。一ノ瀬シロウさんから山下さんの作る毒消し薬についてお話を伺って、本日は訪問させていただきました。直接アポを取らず申し訳ありません。一ノ瀬さんからお話は聞いていませんか?」
「一ノ瀬君?彼が何か知ってるのかね?」
山下さんがますます混乱していると、その時、シロウが小走りにやってきた。息を切らしている。
「山下さーん!すいません、ちょっと遅れちゃって」
「一ノ瀬君!」
「君が一ノ瀬シロウさんですか?」
生駒と名乗った男がシロウに向き直った。
「あ、そうです。よろしくお願いします」
シロウは軽く頭を下げた。
「一ノ瀬君、どういう事なんだい?彼らは何者なんだ?」
山下さんは困惑した表情でシロウを見た。
「いやー、山下さんの毒消し薬の有用性を知ってもらおうと思いまして……」
その時、新たに高級ミニバンがやってきて、高級車たちの横に停まった。
後部座席のスライドドアが開き、背の高い中年男性が降りてきた。黒いスーツに白いシャツ、威厳のある佇まい。
続いて若い女性が降りてくる。シロウは彼女の事を知っていた。
「お、お嬢が来たってことは、あの人がそうかな?」
シロウが小声で呟く。
「あの人って?」
山下さんが聞き返すが、シロウは答える前に、生駒という男性が姿勢よく立ち、その中年紳士がこちらに向かってくるのを待った。
中年紳士が近づいてくると、生駒は深く頭を下げ、恭しく挨拶をした。
「おはようございます。こちらが山下さんと一ノ瀬さんです」
「おはよう。はじめまして山下さん、そして一ノ瀬君」
中年紳士は穏やかな笑みを浮かべて言った。その声には、自然な威厳があった。
「は、はあ……」
山下さんは気の抜けた返事をする。状況が全く理解できていなかった。
シロウは中年紳士の隣に立つ若い女性――九条ヒカルを見た。彼女は小さく頷いて、シロウに微笑みかけた。
「山下さん、こちらは九条螢一公爵閣下、そして九条ヒカルお嬢様です」
「こ、こ、公爵?!」
山下さんは目を見開いて驚いた。公爵――日本に八家しか存在しない、最高位の貴族だ。
「公爵閣下が、こんな山奥まで何をしに?」
「それは一ノ瀬君に呼ばれたからです」
九条公爵は穏やかに答えた。
「一ノ瀬君!君は一体何をしようとしているんだ?」
山下さんはシロウに詰め寄るように聞いた。
「いやー、そちらのヒカルお嬢様とは同じ学園の一年生なんです。クラスは違うんですけど。で、昨日連絡して毒消し草の保護を相談したら、御父上に相談してくれるってことになって……」
山下さんは口を開けて驚いた表情で話を聞いていた。一介の高校生が、公爵家に直接連絡を取れるなど、普通はあり得ない。
シロウの話の続きを、九条公爵が説明した。
「話を聞いて、まずは状況を確認させてほしいと思いましてね。山下さんの作る毒消し薬がどれほどのものなのか。それとこちらのダンジョンにある毒消し草がどれくらいの量採れるのかということを確認しに参ったのです。それで生駒、確認は終わっているか?」
「申し訳ありません。まだ何もお話を聞けてなくて……」
生駒は申し訳なさそうに謝罪する。
「そ、そういう事でしたら、汚い小屋ですが、工場をご覧になりますか?」
山下さんは九条公爵の登場にようやく事態を把握できると、緊張しながらも工場を案内する覚悟を決めた。
「いいのですか?ではこちらの生駒に説明をしていただけるでしょうか?」
「もちろんです」
「それと、毒消し薬の現物はありますか?」
「それが、今は切らしてまして……」
山下さんが申し訳なさそうに答えた。
「あ、それなら俺が持ってます。これです!」
そう言ってシロウがポケットから毒消し薬を出す。黄色い小さな球体だ。
「見せてもらっても?」
「どうぞどうぞ」
九条公爵はシロウの手のひらから毒消し薬を取った。じっと見つめ、観察する。
「ヒカル、見てもらえるか?」
「はい、お父様」
そう言えばヒカルは「解析」というスキル持ちという話だった。シロウは興味深く見守る。
ヒカルは毒消し薬を手に取り、目を閉じて集中した。数秒後、彼女は目を見開いた。
「これは……」
「分かったかい?」
「大変ですわ。これはランク2キュアポーション相当の効果がありますわ」
「なんだって?!」
九条公爵と山下さんが同時に驚きの声を上げた。
「それってどういうことですか?」
シロウはよく分からず尋ねる。
九条公爵が丁寧に説明を始めた。
「一ノ瀬君、毒というのは本当は様々で、人間に不都合な影響を与える物質の総称だ。本来、その物質ごとに治療方法は異なる。その作用によっても神経毒、血液毒、細胞毒など様々なのだが、ダンジョンにおいてはどんな毒であっても、ただ一種類の毒という認識になる。キュアポーションはこれ一つでどんな種類の毒でも治してしまうんだ」
九条公爵は一息ついて続けた。
「そしてランク2は、猛毒と呼ばれる20階層以下で起こる非常に強い毒までも治す効果がある。つまりこの毒消し薬は、地上において人体に悪い影響を与える様々な毒に対して治癒させてしまう万能薬なのだ」
「それは……スゲーっすね……」
いまいち事の重大さに気づいていないシロウに、ヒカルが分かりやすく説明した。
「この毒消し薬は、迷宮探索者だけでなく、全ての医療機関が喉から手が出るほど欲しいものってことよ。数が少なければ価格は想像もつかないほど高くなるだろうし、たくさん作れるのだとしたら、世界中の人たちから必要とされるでしょうね」
その話を聞いてようやく毒消し薬の有用性を理解したシロウは、興奮気味に言った。
「山下さん、すごいじゃないですか!世界中の役に立てるって!」
それを聞いた山下さんは、まだ現実を受け入れられていないのか、声も出せず軽く頷くだけだった。斎藤さんと二人で作り上げた技術が、こんなにも価値のあるものだったのかと、内心で感激しているようだった。
そして九条公爵が話をまとめた。
「後はこれがどれだけの量を定期的に供給できるかが重要だね。山下さんの工場の生産能力と、ダンジョンの毒消し草の採取可能量を確認しないといけない。まずは山下さん、工場の中を見せていただくことはできますか?」
「そ、そういうことでしたら。ぜひご覧になってください」
斎藤さんの遺した毒消し草の群生地を、今度は世界中の人々のために役立てることができる。そう思うと、シロウは胸が熱くなった。




