第97話 群生地
滝の裏で、俺は毒消し草の群生地を見つけた。
滝の外から差し込む光に照らされて、一面の緑色の毒消し草がキラキラと神秘的に輝いていた。まるで宝石のような輝きだ。
俺は思わず言葉を失った。
こんな場所が、誰にも知られずにここにあったのか。斎藤さんは、ここを守ってきたのだ。
大量の毒消し草を見ていると、洞窟の岩壁にも斎藤さんの碑文があるのを発見した。
《毒消し草は新芽だけ取ること、根から抜くと再生しない》
広場にあったのと同じ文言だ。
やはり斎藤さんはここにたどり着いていたんだ。そして毒消し草が取りつくされないように、斎藤さん自身も気を付けていたし、後から来た人たちへ向けてもこの注意文を残していた。
俺は足元の毒消し草に手を伸ばす。
それはメイリスが表示した毒消し草と同じだった。濃い緑色の葉、ギザギザした形状。
斎藤さんの注意文に従って、俺は毒消し草の先端部、黄緑色になっている新芽部分だけハサミで切り取った。
根から抜けば再生しないが、途中から切れば再生してまた生えてくるのだろう。
……生えてくるよな?
斎藤さんが誰にも言わずに守ってきた毒消し草の群生地を、俺が荒らしてはいけない。そう思うと、ちょっと焦ってきた。
本当に毒消し草は再生するのだろうか?再生するとしたら、どれくらいの時間をかけて再生するのだろう?
俺はふと思いつき、毒消し草に治癒魔法をかけてみることにした。
「ヒール」
俺の手のひらからキラキラした光が、先ほど新芽を切った毒消し草に降り注ぐ。すると、毒消し草の切り取った部分は見る見るうちに再び生えてきた。
植物も治癒魔法で再生するのか。
何となくできそうだと思ってやってみたら、本当にできた。これはすごい発見だ。
つまり、時間が経てば自然に再生するし、治癒魔法でも再生する。俺は治癒魔法なら何回でも使えるから、毒消し草を取り放題だ!
……いや、待てよ。
だけど毒消し草は採取して一週間くらいで枯れて効果が切れるっていうし、無限にお金稼ぎできるわけではない。
それに、そもそもここは斎藤さんが見つけた刈り場だ。俺が勝手に荒らしていい場所じゃない。
だとしたら斎藤さんの遺志を継いでいる山下さんに管理してもらった方がいいだろう。
*
俺は地上に戻り、山下さんの家へ向かった。
家に近づくと、山下さんが誰かと話をしているのが聞こえてきた。
「父さん、話は俺の方で進めるからね!」
「ああ……」
山下さんのことを父さんと呼んだ男性は、そう言った後に車に乗って去って行った。おそらく息子さんだろう。
俺は少し間を置いてから、声をかけた。
「山下さん」
「やあ、一ノ瀬君……」
山下さんは少し疲れた顔をしていた。
「すみません、立ち聞きするつもりはなかったんですけど、なんか息子さんと揉めてたんですか?」
「恥ずかしいところを見せてしまったね」
山下さんは苦笑いを浮かべた。
「実は来年、この近くにも大きな旅館ができるらしくて、私の家と工場を駐車場にするという話が出てるんだ。息子はここを売って、自分と一緒に暮らそうって言ってくれていてね」
息子さんと一緒に暮らせるのなら嬉しいはずだが、山下さんは少し寂しそうにしていた。
「工場をやめたくないんですね?」
「はは……もう何年も生産していないのにね」
山下さんは遠くを見つめた。
「私が斎藤さんと一緒に開発した毒消し薬は、使用期限もほぼなく、それでいて効果はしっかりある自信作なんだ。その技術を捨てると思うと、これまで頑張ってきたのが無駄に思えてしまってね。未練があるんだ。もう毒消し草は取れないっていうのにね……」
「あの、それが、もし毒消し草があったとしたら、山下さんは毒消し薬作りを続けられるんですか?」
「そりゃあね、でも……」
俺はリュックから毒消し草を取り出した。
「それは!」
山下さんの目が大きく見開かれた。
「山下さんの残した碑文をヒントに、毒消し草の群生地を見つけたんです」
「しかし、君が見つけたのなら、それは君のものだ」
「いえ、斎藤さんが見つけた場所です。だとしたら山下さんと一緒に毒消し薬の研究をしていた斎藤さんのものでもあります」
「一ノ瀬君……」
山下さんは嬉しそうな顔をする。だがすぐに表情が陰った。
「ありがとう一ノ瀬君。そう言ってくれて本当に嬉しい。だけどね、ダメなんだ」
山下さんは首を振った。
「ダンジョンに生えている毒消し草は、見つけた人のものだ。私たちが取りつくさないように気を付けていたら、後からそれを発見した人が取ってしまうだろう。それで広場の毒消し草はなくなってしまったんだ」
最初に《毒消し草は新芽だけ取ること》という碑文を発見した広場のことだろう。あそこは全面茶色い地面が見えていて、毒消し草は取りつくされていた。
山下さんと斎藤さんはあそこの毒消し草を取りつくさないよう気を付けながら毒消し薬を開発していたところ、後から来た探索者に全て取られてしまったのだろう。
確かに今は全然人気がないダンジョンだが、毒消し草が取れると分かったら人が押し寄せるだろう。そして見つかった時には、同じようにとりつくされるのは目に見えていた。
「最後に君が必要な分だけ毒消し薬を作るよ。それで私の仕事は終わりだ」
山下さんはそう言った。
だが俺は何とかできないか、必死で頭を回転させていた。何か方法があるはずだ。斎藤さんの遺志を無駄にしない方法が。