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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第七章 森林に眠る宝 -Legacy in the Forest Cave-
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第96話 山菜のてんぷら

 グレイウルフとの死闘を終えた俺が旅館に帰ると、俺の姿を見た女将が悲鳴を上げた。

 ……グレイウルフに噛みつかれて俺の穴の開いた服が血まみれだからだ。


「怪我はポーションで完治してるんです!」


 俺は治癒魔法を使えることを隠しつつ、怪我は治っていることを伝えた。

 心配をかけてしまったようだ。

 食事の前にこの服を着替えてこないと。


 着替えて食堂へ行くと女将さんが料理を運んできてくれた。


「今日は地元で採れた山菜を使ってみました。山菜の天ぷらと、山菜の和え物です。たくさん食べて元気になってくださいね」


「ありがとうございます」


 やはり心配をしてくれているようだ。怪我はもう治って元気になっているんだけどな。

 女将に感謝しつつ、俺は食事に箸をつけた。山菜の天ぷらはサクサクしていて、ほろ苦い風味が口に広がる。山菜ってあまり食べたことがなかったけど、これはうまい。

 山菜を食べながら、俺はふと疑問に思った。毒消し草を使うのにもやはり食べればいいのだろうか?

 俺はスマートウォッチを操作して、メイリスに聞いてみる。


『毒消し草を使うには口から咀嚼して体内に取り込みます。味はとても苦いので注意が必要です』


 やはりそうか。山下さんが加工したものはグミ状になっていたが、本来は草をそのまま噛むのか。

 ところで、このダンジョンの毒消し草は乱獲で絶滅したらしいが、生態はどうなっているのだろう?種があれば栽培できるのだろうか?疑問があればメイリスに聞くしかない。


『毒消し草は、一般的な植物と違い、迷宮にあるアイテムのようなものです。種などで増えたり新しく生えてくることはありません。ジェムが落ちているのと同じように、地面から生えた状態でそこにあるもので、採取したらなくなります』


 なるほど。じゃあ迷宮にある毒消し草は、ある数だけを採取したらなくなってしまうものってことか。それじゃあこのダンジョンの毒消し草がなくなったのも頷ける。

 あれ?でもそういえば、広場の碑文には確か《毒消し草は新芽だけ取ること、根から抜くと再生しない》って書いてあったよな。俺は再びメイリスに聞いてみた。


『確かに、毒消し草や薬草類は、新芽部分だけ切り取ると再生して元の大きさに戻ると言われています。しかし迷宮内のアイテムの所有権は拾った人のものであるため、新芽だけ切り取っても根の部分を他の誰かに採られてしまう可能性があり、合理的とは言えません』


 ああ、それであそこの毒消し草も、いろんな人が来て全部取りつくされてしまったんだな。早い者勝ちの世界では、持続可能な採取方法は成立しないということか。

 その後も俺はメイリスにいろいろ聞いてみた。すると、毒消し草は迷宮の外に持ち出すと劣化し、およそ一週間で枯れてしまうことが分かった。そのため採ってきた毒消し草を外で栽培することもできないらしい。

 山下さんの毒消し薬作りは、効果が切れる前に毒消し薬に加工することで使用期限を延ばす革新的なものだったんだ。でも迷宮内で根を残して新芽だけ切り取って採取するやり方でないと継続できないということが分かった。だから山下さん廃業したのか。

 毒消し薬をもらったお礼に、何か力になれたらと思ったんだけど。俺には何もできないようだ。

 その時、女将さんが食器を下げにきた。


「お味はどうでしたか?」


「ごちそうさまでした。おいしかったです。特に山菜の天ぷらがおいしかったです」


「そうでしょー。ちょうど春が旬だからねー。山菜と言えば、亡くなった斎藤さんって人が山菜採りの名人でねー」


「あ、山下さんに聞いたんですが、毒消し草採りの名人の人ですよね?」


「そうそう。その斎藤さん。あの人、探索者だから体力がすごくてね。岩壁に登って上の方にある山菜を採ってきたりしたもんなんですよー」


「へえ~。斎藤さんにとっては、山菜採りも毒消し草採りも似たようなもんだったんですかね」


「そうなんでしょうね~」


 そう言って女将さんは、俺の食べた食器を片付けていった。

 岩壁という言葉を聞いて、俺は迷宮の中にあった滝を思い出す。あそこも岩壁だった。もしかして斎藤さんはあの岩壁も登ったりしたのだろうか?

 想像していた時、はっと気が付いた。

 碑文の《裏を見ろ》っていうやつ。もしかして岩の裏を見ろじゃなくて、岩壁をよじ登って滝の裏を見ろってことなのかも?

 そして《安全第一》という碑文。あれは岩壁を登る時の注意喚起だったのかもしれない。

 俺は箸を置いて、スマートウォッチの画面を見つめた。滝の裏に何かがある。そう考えると、斎藤さんがわざわざあそこまで碑文を設置した理由も納得がいく。

 滝の裏――おそらく隠し部屋だ。そしてそこには、まだ誰にも採られていない毒消し草が残っているのではないだろうか。

 俺は立ち上がった。確かめに行かなければ。


        *


 俺は滝の横の岩壁をよじ登っていた。

 滝から飛び散る水しぶきが容赦なく俺に降りかかる。あっという間にびしょびしょになった。岩壁はところどころ濡れていて、手をかけた場所が滑りそうになる。

 慎重に、一歩ずつ確実に登っていく。これもまた迷宮探索のうちだ。武器を使った戦闘だけが探索ではない。

 手を伸ばす。足場を探す。体重を移動させる。その繰り返し。下を見ないように意識しながら、俺は上へと進んだ。

 しばらく登ると、人が立てるほどの足場にたどり着いた。

 そこに立って周囲を確認すると、どうやら歩けるくらいの幅が滝の裏へとつながっている。足元を見下ろすと、三階建ての家くらいの高さにいることが分かった。

 高所恐怖症の人にはつらい高さだ。俺も決して平気というわけではない。足がすくむような感覚がある。

 だが、ここまで来て引き返すわけにはいかない。

 俺は足を踏み外さないよう、壁に手をつきながら慎重に進んだ。足場は狭く、片足分ほどの幅しかない。水しぶきで岩が濡れているため、一歩一歩が緊張の連続だ。

 滝の音が耳をつんざく。轟音の中、俺はゆっくりと滝の裏側へと進んでいく。

 そして滝の裏に入ると、音が少し和らいだ。目の前には空洞があった。

 壁の中に洞窟がある。ちょうど滝に隠れて、外からは見えない位置だ。

 ここか。斎藤さんが残したかった場所は。

 俺は洞窟の中へと足を踏み入れた。そこには……一面緑色の絨毯が敷き詰められているような、毒消し草の群生地があった。

 毒消し草は、外から差し込む光で、とても幻想的にキラキラと輝いていた。

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