第92話 水魔法試行錯誤
山下さんにもらった毒消し薬を持って、俺は再び第四階層にやってきた。
今度は毒を受けてもすぐに取り出せるよう、ポーチではなく服のポケットの中に一個入れておく。昨日みたいに痺れた手でポーチを開けるのは危険すぎた。ポケットなら、多少手が震えていても取り出しやすいはずだ。
さて、毒消しを手に入れたけれど、昨日と同じ戦い方では階層主に苦戦するのは目に見えている。接近戦だと毒針を受ける可能性が高まる。遠距離攻撃の手段が欲しいところだ。
そうは言っても、槍などの武器は用意していない。持ってくればよかったと今更思っても遅い。
そういえば俺は今、水魔法が使える。
GWに水魔法の効果的な使い方やレベルアップをしたいと思っていたのを思い出した。階層主戦で使えるかどうかは分からないが、第四階層で実戦しながら試してみるのも悪くない。
俺は森の中を進みながら、キャタピラーを探した。
ほどなくして、木の幹に張り付いているキャタピラーを発見した。
俺は少し距離を取って、水魔法を発動する。野球のボールくらいの大きさのウォーターボールを作り、キャタピラーに向かって投擲した。
ウォーターボールはキャタピラーに命中する。しかしキャタピラーは怯んだ様子もなく、そのまま俺に向かって這ってくる。
俺はもう一度ウォーターボールを作り、投げつけた。また命中。しかしキャタピラーは止まらない。三発目、四発目、五発目……。
何度もウォーターボールをぶつけるが、なかなか死なない。キャタピラーが接近してきたので、仕方なく木刀で攻撃した。二発でキャタピラーを倒す。
木刀なら二、三発で倒せる。急所に当たれば一発で倒せることもある。だがウォーターボールは十発くらい当てても倒せそうにない。
おそらく俺の魔法攻撃力が低いせいだと思うが、これでは階層主戦でも役には立ちそうもない。
何か工夫できないものか。
俺は考えながら、さらに森を進んだ。そして次のキャタピラーを見つけると、また水魔法で攻撃してみる。やはり効果は薄い。
ウォーターボールの大きさを変えてみたり、投げる速度を上げようとしてみたり、いろいろ試してみたが、決定的な変化は見られなかった。
そこでふと、あるものを思い出した。ウォータージェットカッター――非常に強い水圧で放出した水で物体を斬る技術だ。詳しくは知らないが、超高圧で噴射した水で物体を切るというやつだ。
水魔法でそれをやれば、剣のようにスパッと切れるのではなかろうか?
俺は試してみることにした。
人差し指の先から水を放出する。水をどんどん細くするイメージ。意識を集中させると、だんだん水圧が上がっている気がする。水の放出距離も長くなった。
そこで俺は近くにある木に向かって、水流を当てた。
結果――木は水で濡れていたが、傷一つ付かなかった。全然切れる気配はない。正直、そんなに強い水圧にはならなかったからだ。
イメージではもっと鋭い水流が出るはずだったのだが。
その後も何度か試行錯誤を続けた。水流の細さを変えてみたり、魔力の込め方を変えてみたり。時間をかけて少しずつコツを掴んでいく。
そしてある時、俺は別のアプローチを試した。左手で木の枝を持って、右手で木の枝に触れるくらいの距離で高水圧の水を出してみる。
シュッという音と共に、木の枝が切れた。
超近距離ならイメージ通り切れる!
よく考えると、ウォータージェットカッターもそうなのではないだろうか。離れたら切れないのではなかろうか。映像で見たことがある気がするが、確か機械のすぐ近くで切断していた気がする。
とにかく俺の水魔法は、遠距離攻撃には向いていないということが分かった。近接戦闘の補助として使うなら、何か活用方法があるかもしれない。
そんな試行錯誤をしながら歩いていると、昨日も通った《この先頭上注意》の碑文のところへやってきた。
そういえば、階層主の部屋はこの先まっすぐなのに、斎藤さんはどうしてこの脇道にわざわざ注意文を残したのだろう?もしかしてこっちに行くと何かあるのだろうか?
ただの親切心で注意書きを残しただけかもしれない。でも、わざわざ岩に彫り込むほどのことだろうか。
気になった俺は、階層主の部屋へ行かずに、碑文があった方の道へと歩き出していた。
細い道を進む。何回かポイズンモスを木刀で叩き落としながら進んでいくと、小川がある場所に辿り着いた。
そしてそこにはまた碑文があった。
《サワガニに注意》
第四階層は昆虫型モンスターだけだと思っていたが、カニも出るのか。しかもわざわざ注意書きを残すということは、それなりに危険なモンスターなのだろう。
碑文は小川の上流を向いていた。
俺は上流へ向かって歩き出した。小川のせせらぎが聞こえる。水は透明で、底まで見える。確かにこういう場所ならサワガニがいてもおかしくない。
斎藤さんは、なぜこの道を教えようとしたのだろうか。俺は注意深く周囲を観察しながら、上流を目指した。




