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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第七章 森林に眠る宝 -Legacy in the Forest Cave-
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第88話 奥多摩ダンジョン

 5月3日憲法記念日。GW初日の今日、俺は奥多摩駅にやってきた。


「話が違う……」


 メイリスによると東京都で人口が一番少ない場所と聞いていたのだが、駅を降りるとそこは多くの人でにぎわっていた。

 俺は一抹の不安を感じる。

 旅館の予約までしたのだが、もしかしてダンジョンも人だかりができているのだろうか?あまりダンジョンが混んでいたら内緒でスキル検証ができない。せっかくの遠征も大失敗だ。その時はスキル検証は諦めてレベルアップだけ頑張ろう。

 そんなことを考えながら俺は旅館へと向かった。


「遠くからいらっしゃいませ」


「都内からですし、それほど遠いわけでもないんですけどね。それにしてもやけに混んでますね」


「ゴールデンウィークですから~。皆さん観光に来られているんですね~」


「観光か。それじゃみんながみんな迷宮に潜ろうとしてるわけじゃなさそうですね」


 女将さんの話を聞いて俺はほっと胸をなでおろす。


「迷宮?もしかしてお客さん、迷宮に行くんですか?」


「そうです」


「観光のついでに迷宮ですか?」


「?……いいえ。迷宮探索に来ただけですけど」


 微妙に女将と話が嚙み合わない。


「お客さん、変わってるねえ~」


「え?」


「迷宮に行くんだったらここよりももっと便利な場所に行けばいいのに」


「そういうもんなんですか?」


 聞くとダンジョンに行くには、ここから一時間くらい山を登った先にある廃村まで行かなくてはいけないらしい。立地が悪く、それでいて個性のないダンジョンのために人気がなく、ここに行くなら新宿や横浜にあるダンジョンへと行った方が交通の便でも、周囲の施設の充実度でも断然良いため、もう何十年も人が寄り付かないそうだ。

 一応出入口を制限する入場ゲート(電車の改札のようなもの)はあるようで、迷宮探索者証を提示しないと通過できない仕組みらしい。

 旅館で荷物を預け、軽装に着替えた俺は、いよいよダンジョンへと向かった。女将さんから聞いた通り、旅館の裏手から山道が始まっている。


「一時間くらい登った先の廃村、か」


 俺は登山道の入り口で改めて目的地を確認すると、歩き始めた。


 最初のうちは整備された歩きやすい道だった。観光地として有名な奥多摩らしく、ハイキング気分で歩ける程度の勾配で、道幅もそれなりにある。新緑の季節ということもあり、木々の緑が眩しく、鳥のさえずりが心地よい。都内にいるとなかなか味わえない自然の豊かさに、俺は少し気分が軽やかになった。

 しかし歩いているうちに、道はだんだんと細くなり、勾配もきつくなってきた。足元も石がごろごろとして歩きにくい。観光客向けの整備された道から、本格的な登山道へと変わったようだ。

 俺は黙々と足を動かす。普段の迷宮探索で鍛えられた体力があるとはいえ、山登りは迷宮探索とはまた違った筋肉を使う。太ももの前側が徐々に重くなってくるのを感じながら、俺は歩き続けた。

 三十分ほど歩いただろうか。道はさらに険しくなり、時々ロープを使って岩場を登らなければならない箇所も出てきた。


「おかしいな……」


 女将さんは一時間程度と言っていたが、もうかなり歩いているのに、廃村らしきものは全く見えない。それどころか、道はどんどん山奥へと向かっているように思える。


 俺はスマートウォッチを確認した。GPSで現在位置を表示させると、愕然とした。


「えっ、全然違う方向に歩いてる……」


 俺が目指すべき廃村の方向とは、まったく逆の方角に進んでいた。どこかで道を間違えたらしい。


「参ったな」


 俺は仕方なく来た道を戻ることにした。下りは登りより楽だが、無駄に体力を消耗してしまった。時間も思ったよりかかってしまい、もう午後になっている。


 登山道の入り口まで戻ってくると、地元の人らしい初老の男性が犬の散歩をしていた。作業着を着て、この辺りの住人という雰囲気だ。


「あー、こんにちは。山から下りてきたのかい?」


「こんにちは。はい、実は道に迷ってしまって」


「ああ、やっぱりね。若い子がリュック背負って山道に入っていくから、大丈夫かなと思ってたんだ」


 男性は苦笑いを浮かべた。


「どちらに行きたかったんだい?」


「えっと、ダンジョンの方に」


「ダンジョン?ああ、あの廃村の迷宮ね」


 男性は少し驚いたような顔をした。


「珍しいね、最近はあそこに行く人なんてほとんどいないよ。案内してあげるから、一緒に歩こう」


「ありがとうございます。助かります」


 俺は男性について再び山道を歩き始めた。今度は最初から細い脇道に入っていく。さっき俺が歩いた観光客向けの登山道ではなく、地元の人しか知らないような道だった。


「昔はね、ここのダンジョンも結構人気があったんだよ」


 男性が歩きながら話してくれる。


「第四階層で毒消し草が取れてた頃はな。あの草、高値で取引されるから、よく採集に来る探索者がいたもんだ」


「毒消し草が取れなくなったんですか?」


「そうそう。特に毒消し草探しの名人と言われた斎藤さんが亡くなってからは、もう誰も毒消し草を見つけられなくなっちゃってね。斎藤さんはすごい人だったよ。どこに毒消し草が生えるか、まるで植物の気持ちが分かるみたいだった」


 男性の声には、故人への敬意が込められていた。


「それで探索者も来なくなったと」


「まあ、毒消し草以外にこれといって特徴のないダンジョンだからなあ。新宿や横浜のダンジョンの方が便利だし、わざわざここまで来る理由もない」


 なるほど、それで人気がないのか。俺にとっては好都合だが、地元の人にとっては寂しいことなのだろう。

 歩いているうちに、男性が立ち止まった。


「ここだ、ここを曲がるんだよ。きっとここをまっすぐ行っちゃったんじゃないかい?」


 言われてみれば、確かに小さな道標があった。しかし草に半分隠れていて、注意深く見ないと気づかないほど小さい。


「これじゃ分からないですよ」


「そうだなあ。もう何年も整備してないからな」


 そこからさらに二十分ほど歩くと、前方に建物らしきものが見えてきた。


「あれが廃村だ」


 確かに村だった痕跡はあるが、今は朽ち果てた家屋が数軒残っているだけだ。人の気配は全くない。まさに廃村という言葉がぴったりの場所だった。


「ダンジョンの入り口はあの奥だ。迷宮探索者証があれば入れるはずだよ」


「本当にありがとうございました。道案内していただいて」


「いや、久しぶりに若い探索者に会えて楽しかったよ。気をつけてな」


 男性は犬と一緒に元来た道を戻っていった。

 俺は一人、静寂に包まれた廃村で立ち尽くした。本当に誰もいない。これなら秘密の実験も安心してできそうだ。

 廃村の奥に進むと、確かにダンジョンの入り口があった。現代的な電子ゲートが設置されているが、周囲の廃墟との対比が妙にシュールだ。

 俺は迷宮探索者証をかざしてゲートを通過した。いよいよ奥多摩ダンジョンへの挑戦が始まる。

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