第83話 九条ヒカル10
スライムは注意深く探さないとなかなか見つからない。それはスライムが弱いためあまり好戦的ではないからだと言われている。特に今は人数が多い。その説が本当なら、臆病なスライムの方からこちらに向かってくることはまずないだろう。
先頭を歩く私は、注意深く周りを確認しながら迷宮を進んだ。
岩壁のかなり高い位置に一匹のスライムがいるのを目にしたが、すぐに逃げるように壁の隙間へと消えていった。やはりスライムは臆病なのだろう。
私はさらに奥へと足を進めた。
億本さんと、私を応援しに来てくれているみんなは、何も言わずに私の後ろに付いてきてくれている。
あまりスライムを探すのに時間をかけてしまうのも申し訳がない。
私はだんだん焦り始める。
「賭けを成立させたくないから、わざとスライムがいない方へといっていませんか?」
億本さんがそんな嫌味を言い始めた。
「そんなことはありませんわ。ただちょっとスライムが見つからないだけ。よかったら億本さんも一緒に探してくれませんか?」
「まあ、実はさっきから僕もずっと探してるんですけどね。今日はいつも以上に見つかりませんね」
授業で探索をしている時も、たまにこういう時がある。
運が悪いと一時間かかっても一匹も出会えなかった日があった。
サッと迷宮に入って、サッとスライムを倒して終わりだと思っていたのに、こうなかなか見つからないと焦ってしまう。
すると一ノ瀬さんが私に提案してきた。
「ちょっと別れて探すか?俺はマイカたちと一緒に探すわ」
「え、ええ。お願いするわ」
一ノ瀬さんは百田さん、早坂さん、瀧川さんと一緒に別の場所へ向かった。
それに続いて紫村さんも千堂さんと一緒に、望月さんも鳥羽さんと一緒に別行動を始めた。
私のところには、メイと億本さんが残った。
「僕は九条さんがスライムを一撃で倒せるかどうか見届けなければいけませんからね」
億本さんはそう言って私たちと一緒にスライムを探し始めた。
とにかく早く見つけよう。
そう思って少し進んだ時だった。
「お嬢ー!いたぞー!」
一ノ瀬さんの声だった。
私はすぐに振り返る。
大きな声だったため、他のみんなにも聞こえたようで、私が一ノ瀬さんたちのいるところに辿り着いた時には、別行動をしていた他の人たちみんな集まっていた。
そして一ノ瀬さんが指さす場所には、なんと五匹ものスライムが一か所に集まっていたのだった。
「あなた本当に勘が鋭いわね?」
私たちがなかなか見つけられなかったスライムを、こんなに簡単に見つけてしまう一ノ瀬さんに対して私は感嘆した。一ノ瀬さんは誇るでもなく、ただ笑っていた。
私は五匹ものスライムが一か所に集まっているのを始めてみた。
そして改めて緊張をしてしまう。
この中の一匹に狙いを定めて、私は一撃で倒さなければならないのだ。
ここに来るまではあまり気にしていなかったのだが、実際にスライムを目の前にして、肩に力が入ってしまうのを感じていた。
実際私はまだ一度もスライムを一撃で倒したことはない。
第二剣術部で姿勢や構えを習って、自分の木刀使いが良くなっている実感はあるのだけれど、それを実践したことはまだないのだ。
もし失敗してしまったら一ノ瀬さんにランク3ポーションを手放せさてしまうと思うと、失敗は許されない。
私は木刀を握る手に力が入る。
そんな私の緊張に気付いたのか、一ノ瀬さんが私に近寄り、耳元でこっそりささやいた。
「お嬢、もし失敗しても大丈夫だ」
「でも失敗したら……」
「実のところ、俺はランク3を量産する方法を発見した」
「えっ?」
私は驚いて一ノ瀬さんの顔を凝視する。
ランク3ポーションを量産?もしそれが本当なら確かに一個くらい失っても大した痛手ではないだろう。もしかして一ノ瀬さんは失っても困らないからポーションを賭けたのだろうか?
しかしもしそれが本当ならとんでもないことだ。国内のポーションの価格が暴落してしまう。
こっそりささやいた一ノ瀬さんの言葉は私にしか聞こえてなかったようで、他のみんなはびっくりした声を上げた私に、何があったのかという顔をして見ていた。
「だから肩の力を抜け」
一ノ瀬さんはそう言って私の肩にポンと手を置いた。
私は言われるまま肩から力を抜く。思っていたより力んでいたようだ。
するとそんな私たちにメイが怒鳴り声を上げた。
「こら一ノ瀬!どさくさに紛れてヒカル様に触ろうとするんじゃない!」
メイはそう言って一ノ瀬さんの手を叩いた。
その時初めて私も男性に触られていたことに気付き、思わず赤面する。
「痛て!叩くなよ!悪かったって。イオリ!後は頼む!」
一ノ瀬さんはそう言って、メイに追い立てられるように私から離れた。
そして一ノ瀬さんに言われて瀧川さんが私の横へとやってくる。
「ヒカル、練習を思い出せ。緊張で全身が力んでいるぞ。そうだ。腕に力に頼っちゃだめだ」
瀧川さんは私にアドバイスをくれながら、かるく私の肩や背中に触れて姿勢を矯正してくれる。
私は先ほどまでの力んだ悪い姿勢から、練習の時のような姿勢に戻ってゆくのを感じた。
「瀧川さん、ありがとう。思い出しましたわ」
私は力みをなくし、自然体で木刀を持つ姿勢になれているのが分かった。
「スライムは見つかったんだから、早くしてくれるかい?」
しびれを切らした億本さんが、そう言ったのをきっかけに、私はスライムに向かって木刀を一閃した。
ブン!という軽快な音と共に、私の木刀はスライムへと振り下ろされた。
力を入れ過ぎず、それでいて重みの乗った一撃。
私の会心の一撃は、スライムを一撃で消滅させ、マジックジェムへと姿を変えさせた。
「で、できましたわ!」
私は歓喜の気持ちと共に振り返ると、私以上に驚いた皆の表情が視界に飛び込んできた。
「やった!」
「おめでとう!」
「うわー!」
歓喜の声を上げる人や、親指を上げてにやりと笑う一ノ瀬さん。拍手をしてくれる紫村さん。
ただスライムを倒しただけ。一年生全員ができることが、やっと私にもできるようになったそれだけなのに、そこにいるみんなは私を祝福してくれていた。
思わず私は泣きそうになってしまう。
「待て!まぐれかもしれないじゃないか!そこにまだ四匹もいるんだ。他のスライムも倒してみてくれたまえ!」
「もちろんできますわ」
億本さんの言葉に、はっと我に返る。そして私は他のスライムにも今と同じように攻撃をした。
叩いては消え、叩いては消え、そして四匹のスライムは、一撃ずつ、合計四回の攻撃ですべて倒すことができた。
私はこれまで大変だと感じていた迷宮探索が、なんだか楽しいと感じ始めていた。
「よっしゃ!俺たちの勝ちだな、億本!C組の件はよろしくな!」
「ぐ……」
一ノ瀬さんに言われて何も言い返せない億本さん。
だけど私はそんな億本さんにも感謝の気持ちがわいてきていた。
「億本さん、ありがとうございました」
「な?突然何です?」
唐突な私からのお礼の言葉に億本さんは驚く。
私は私が今感じている気持ちの説明を始めた。
「億本さんがきっかけとなって、私は今スライムを一撃で倒せるようになりました。あなたが弱い私に奮起を促してくれたからですわ。思えば戦闘において、私は学年一の落ちこぼれでした。でもこうしてようやくみんなと並ぶことができたのはあなたのおかげですわ。ありがとう」
「な、何も感謝されるようなことを僕はしていません!」
すると一ノ瀬さんが億本さんの横にゆき、肩を組んで話しかけた。
「まあ、そういうわけで、これからはお嬢とも仲良くやってくれよ!」
「な、何を!君に言われなくても、九条さんが級長として実力を見せてくれるのならば、僕はそれに協力するだけだ!」
「素直じゃないなあ。まあいいか!」
一ノ瀬さんのおかげで、億本さんとのわだかまりも解消されようとしていた。
ポーションのことといい、本当に彼には感謝しかない。
「九条さん、そう簡単に安心しないでいてもらおう!期末試験で僕が勝ったら、二学期は僕が級長となり、あなたの方が僕に協力してもらいますからね!」
「フフ。もちろんですわ。でもそう簡単に負けるつもりもないわ」
億本さんは仲間であり、競争相手として良い関係を築けそうです。
今まで私を悩ませていたA組の団結力のなさ、それが今後は解決できそうだ。これからはA組全体が良い雰囲気になってゆくと確信した。
昨日までは思い通りにならない学園生活につらい気持ちを感じていたけれど、きっと私のこれから三年間は楽しい季節になる。この友人たちと一緒なら。
私はみんなの方に向き直ると、高らかに宣言をした。
「これからも精進を重ねますわ。どうぞ覚悟していてくださいませ」
私は笑顔でそう言い、木刀を握りしめた。




