第82話 九条ヒカル9
放課後、メイと一緒にダンジョンにやってくると、そこには私の想定以上の人数が集まっていた。
賭けをしていた億本さんと一ノ瀬さんは分かるとして、なぜかD組の瀧川さん、早坂さん、百田さんもいた。それだけでなく、私と同じA組の望月さんと鳥羽さん。そしてD組の紫村さんと千堂さんもいた。
「お嬢がスライムを一撃で倒せるかイオリに聞いてたら、みんながお嬢を応援したいって言ってついて来ちゃったんだ。ギャラリーが増えて緊張させたら悪いな」
一ノ瀬さんが申し訳なさそうな顔で私に説明する。
確かに緊張してしまうが、でも違うクラスの私を応援してくれるという気持ちが嬉しい。
「ヒカル。私はお前が練習する姿をずっと見ていた。最初と比べて今では段違いに良くなっているぞ。努力は裏切らない。自信を持ってくれ!」
第二剣術部で私にも指導をしてくれていた瀧川さんから、そう褒められて、私はなんだか嬉しさと気恥ずかしさの両方を感じた。いや、でも素直に嬉しい。
「ありがとう瀧川さん」
「九条さん、頑張ってね」
「九条さん、あの人に意地悪な事言われたんでしょ?かっこいいところを見せてギャフンと言わせちゃってね!」
「ギャフンですの?フフフ、本当にそんな声出す人いるのかしら?」
百田さん、早坂さんの応援に思わず私は笑ってしまう。リラックスさせようとしてくれているのだろうか。
そして私と仲の悪いはずだった、紫村さんと千堂さんも来ているのが不思議に思った。
私は二人の方を見ると、紫村さんが話し始めた。
「九条さん。今まで何度も失礼なことを言ったけど、謝罪させてほしい。申し訳ない。君が部活で一生懸命練習しているところを僕は見てきた。全部員の中で、たぶん君が一番真剣に取り組んでいたと思う。君は家柄だけの人ではない、努力家だと分かった。だからきっと今日は上手くいくと信じてる。頑張れ!」
紫村さんのそんなまっすぐな応援に私はびっくりしてしまう。
「僕もキョウヤと同じ意見だ。九条さん、僕の見立てでは君はすでにスライムを一撃で倒す実力が付いている。だから僕は落ち着いて見守らせてもらうよ」
紫村さんの親友である千堂さんからも、そんな率直な応援の言葉をもらう。
「二人とも、ありがとう」
そして望月さんと鳥羽さん。
「九条さん、僕は君に助けてもらった時から恩を感じてる。だから億本君が何と言おうとも、僕は君の派閥に入らせてもらうよ。鳥羽君も話したら共感してくれて」
望月さんがそう話していると、億本さんがそれを遮った。
「望月、君は付いてゆく人を間違えたな。クラスは圧倒的に僕の支持者の方が多いぞ」
そんな億本さんの言葉に、望月さんは振り返って言い返した。
「億本君、クラスの女子たちはほぼ全員が九条さんを慕っているよ。君を支持しているのは男子だけだ。過半数は九条さんを応援しているよ」
そう言われた億本さんは言い返せずにいた。
だが私は望月さんをたしなめる。
「望月さん、ありがとう。でも私はクラスの中に派閥を作るつもりはないわ。億本さんも一緒になってA組として団結してもらいたいと考えているわ」
「九条さん、君の考えは甘い」
億本さんは私の言葉を否定する。
すると私と億本さんの間に、一ノ瀬さんが割り込んできた。
「あのさ、今日の賭けなんだけど、お嬢がスライムを一撃で倒せたらお前がC組の奴らに俺の尾行を止めさせる。できなかったら俺のランク3ポーションをやるっつったじゃん?考えたんだけど、それじゃあ賭けているもののバランスが取れないと思うんだよね」
「な、なんだと?いまさらランク3ポーションが惜しくなったのか?」
「いやー。別に惜しいとかじゃあないんだけど、つり合いがとれないじゃんってこと」
確かに一ノ瀬さんの言う通りだった。
億本さんがC組の生徒に一ノ瀬さんの尾行をするよう指示をしたのなら、それを止めさせるのは当たり前のことだ。なぜそれをさせるのに対価としてランク3ポーションという貴重なものを賭けなければならないのか?
一ノ瀬さんが思いとどまるのも分かる気がした。
だが一ノ瀬さんの要求は私の想像しないものだった。
「最初の約束通りお嬢がスライムを倒せなかったらこのランク3ポーションはくれてやるから、代わりに倒せたときはC組に注意しに行くだけじゃなくて、お前とお嬢と仲直りしてくれよ」
「はあ?」
想定外の言葉に億本さんは驚く。
もちろん私もびっくりして言葉が出てこなかった。
「なんかお前お嬢のことが気に入らないみたいだけどさ、お嬢はおまえと仲良くやっていきたいみたいだぜ。だから俺たちが勝ったら、おまえお嬢と仲良くしてくれよな」
「は?ばかばかしい。僕は九条さんが級長のくせに弱いのが気に入らないだけだ。もしも九条さんが強さを見せてくれるのなら、別に君に言われなくたって僕は九条さんに協力するさ!」
「おっ!約束したな!おい、おまえA組だろ?お前も聞いたな?お嬢が勝ったら派閥とかなしで協力するってよ!」
「あ、ああ。聞いた」
一ノ瀬さんはそんな約束を取り付けると、望月さんたちに証人になってもらっていた。
こんな私にばかり都合の良いことに、自分のポーションを賭けるなんて……。私は一ノ瀬さんのお人よしさに何て言っていいか分からずにいた。
すると戸惑う私に気付いた一ノ瀬さんは、私に声を掛けてくれた。
「お嬢は自信をもって、スライムを倒してくれればいいだけさ」
そう言って笑顔を見せる。
言われた私は、精一杯強がってみせる。
「そうね。私は成長の成果を見せるだけ。それだけですわ」
私たちは迷宮の第一階層へと降りて行った。
必ず一撃でスライムを斬り伏せてみせる、と心に誓って。