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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第五章 希望の光 -Dawn of Hope-
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第81話 九条ヒカル8

 瀧川イオリさんのお兄さんはすごい人だった。

 いったいどれくらいのレベルの探索者なのかは分からなかったが、おそらくとても強い人だ。

 兄がレベリングに行った時に同行した九条公爵家と縁のある一流の探索者たちと会った事があるが、彼らにも引けを取らないレベル、いいえ、もしかしたらイオリさんのお兄さん、コジロウ先生の方がレベルが高いかもしれない。

 そんなすごい先生に指導してもらえたのだから、あれはとても貴重な機会でした。

 コジロウ先生に指導してもらったのは、姿勢と構え。それまでイオリさんから指導してもらってはいたけれど、コジロウ先生から細かいところをいくつも指摘して直してもらった。

 それで分かったのは、それまでの私は体の動きがバラバラだったと言う事だ。そして力み過ぎていたために腕の力に頼りすぎて逆に弱くなっていた。

 コジロウ先生から教えてもらった姿勢と構えから木刀を振り下ろした時、驚くほど腕の力は使わず、それでいて体全体の重さが木刀へとつながった感覚があった。

 あの感覚を自分のものにしたいと、私は時間を見つけては自主練に励んでいた。

 今朝も早めに起きて登校前に素振りを繰り返してきた。放課後にも練習をしたいが、あの感覚を忘れる前にもっと練習をしたい。昼休みに部室に行って練習させてもらおうか。

 私がそんなことを考えていた時だった。


「お嬢……」


 一ノ瀬さんだった。

 前の時と違って、静かに教室に入ってきた彼は、小さな声で私に話しかけた。

 周りに聞かれたくない話かもしれないと思い、私たちは廊下へ出て話すことにした。


「実は相談があってさ……」


 一ノ瀬さんから聞かされたのは、億本さんの指示で1-Cの生徒に尾行されているという話だった。

 彼はとても迷惑しているらしい。


「私から直接注意しますわ」


「あー、待って。あいつ開き直りそうで言うの嫌なんだよなあ」


 確かに。億本さんの性格的に、私から注意しても、きっととぼけたり開き直ったりするに違いない。


「では、どうするのが良いかしら?」


「まあ、そういう事があったっていう報告だな。それともし何かいい解決方法が思いついたらその時は教えてくれ」


「それはもちろん……」


 そんな会話をしていた時だった。


「あれ?こそこそと二人でなんの話をしているんですか?」


 億本さんだった。

 教室から出てきた私たちに気付いて彼も出てきたようだ。


「うぜえな……」


 一ノ瀬さんがイライラしている。彼が尾行される目に会っているのも、私にポーションを売りにきてくれたのがきっかけだ。私が間接的に迷惑をかけているようなものだ。これ以上彼に迷惑をかけたくない。

 そう思った私は、一ノ瀬さんに止められていたけれど、億本さんを問い詰めることにした。


「単刀直入に聞くわ。億本さん、あなた1ーCの生徒に一ノ瀬さんを尾行するよう命令したんですって?」


 私の言葉を聞いた億本さんは、私の予想通り知らぬそぶりをした。


「何の話でしょう?まったく心当たりがありませんね」


「一ノ瀬さんがどうやってランク3ポーションを手に入れたのか、調べさせているのでしょう?」


「おやおや、もし本当にそういう理由でC組の生徒が彼の跡を付けているのだとしたら、C組の生徒の善意でしょう。私の役に立ちたいという。決して私からそういう指示をしたわけではないですよ」


 億本さんはそう言ってにやりと笑った。

 確実に嘘をついている顔だ。

 そしてそんな億本さんの態度に呆れた一ノ瀬さんが口を開いた。


「はぁ。まあそんな感じだと思ってたけど、さすがに腹が立つな。俺がC組の級長にこの話をした時、何て言われたと思う?」


「?」


「貴族に逆らうやつはバカだってよ」


「それはそうでしょう?」


 億本さんはそう答える。

 そして一ノ瀬さんは私へ向き直って言った。


「お嬢、悪いんだけど、C組の級長に九条公爵家に逆らう気か?って言ってくれねえかな?こいつよりお嬢の家の方が偉いんだろう?」


「ええ。億本さんの家は伯爵家。私の家は公爵家ですから」


「待て!九条さんも冷静になってください。学園内は家の事を持ち出すのはご法度です。学園内では生徒は平等、貴族家の家格を持ち出してはならないはずですよ」


 その億本さんの言葉を聞いた一ノ瀬さんは呆れて言った。


「いや、その言葉そのままお前に返すわ!」


 一ノ瀬さんの言葉の意味が分かると、億本さんは表情を一変させた。


「僕が権威をかざしてるとでも言うのか?僕はあくまで実力主義だ!」


「でもC組のやつらは、貴族に頼まれたから断れないって言ってたぜ?おまえがどんな考えだろうと、相手にとっちゃ貴族の言葉として受け取るんだろ。そんなに必死になって、やっぱあれか?お嬢の家が出てきたら怖いんじゃねえのか?おまえのおやじがお嬢のおやじに怒られるんだろ?ガハハ!」


「ば、バカにするな!僕は父の事は関係なく、一人の生徒として自分の実力でここにいるんだ。スライムを一撃で倒せない九条さんよりも僕の実力は上なんだ!」


「それだけか?」


「え?」


「お嬢がスライムを一撃で倒せないこと以外はお前の優れてるところはないんじゃないか?勉強じゃ学園内でお嬢に勝てるやつなんていないしな」


「な……、迷宮探索者として、強さこそが全てだろう!」


「そうだね。じゃあお嬢が一撃でスライムを倒せるようになったら、強さはお前と同じだな」


「そんなことできるわけないだろう!」


「できるさ。そのために剣の練習してるだからな」


 一ノ瀬さんが億本さんにそう言い切る。私は驚いて聞いた。


「なぜそのことを?」


「イオリが言ってたぜ。紫村とお嬢はだれよりも練習しているってな。特にお嬢は今朝も女子寮の前で一人で練習してたって聞いたぜ」


「瀧川さんが見てたのね……」


 私は一人で練習していたところを見られて恥ずかしいと言う気持ちと共に、自分の努力に気付いてくれている人がいることに嬉しさを感じた。


「そこまで言うなら分かった。九条さん、今日の放課後迷宮に行きましょう。そこであなたが一撃でスライムを倒せたら、C組の生徒に僕から彼の尾行を止めるように言いますよ。ただし、もしできなかったら、先ほどの言葉を謝罪してください。……いや、それだけじゃ足りないな。そうだ、こうしよう。昨日彼から譲ってもらっていたランク3ポーションを僕に売ってください。ただで譲れと言うわけじゃありません。お金ならちゃんと払いますよ。フフ……」


 億本さんは自分に有利な交渉ができたと思い、満足そうな笑みを浮かべた。

 私はそんな億本さんの提案を簡単に承諾はできなかった。

 私は頑張って努力はしているけれど、まだスライムを一撃で倒せる自信もないし、せっかく譲ってもらったランク3ポーションを億本さんに売りたくもない。そんな不利な賭けに乗るつもりはなかった。


「残念ながら……」


 私が億本さんの提案を断ろうとしたその瞬間、一ノ瀬さんが口を開いた。


「いいぜ!」


 え?一瞬、耳を疑った。私が言いかけた言葉を遮るように、彼は自分の意思でその賭けを引き受けたのだ。


「お嬢がスライムを一撃で倒せなかったら、このランク3ポーションをただでくれてやる!」


 懐から取り出したヒールジェムを見て、私は息をのんだ。私のロケットペンダントに入れているポーションとは別のもの――つまり、一ノ瀬さんはこの短期間で二つもランク3ポーションを入手していたことになる。どうして、こんなに簡単に……?

 頭の中が真っ白になる。

 私はまだスライムを一撃で倒せる自信はないし、ポーションは一ノ瀬さんにとっても貴重なものだ。なのに――。


「分かった、いいだろう」


 そう言って得意げな顔になる億本さんと、私の目の前でニヤリと笑う一ノ瀬さん。私の意思も確認せず、二人は勝手にその約束を成立させてしまった。

 心臓が激しく打つ。胸の奥が締め付けられるような焦燥感。もし私がスライムを倒せなければ……一ノ瀬さんのポーションがただで渡ってしまう。どうしよう、どうすれば……。

 言葉を失ったまま、私はただ二人の表情を見つめることしかできなかった。

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