第56話 紫村キョウヤ 2
「おまえ庶民のくせに僕たちに暴力をふるうなんてゆるせない!」
灰島は被害者の演技をする。
そのセリフは棒読みで、聞いていて困惑してしまうが、集まってきた生徒たちからは、赤石君のことを野蛮人だとか不良だとか悪く言う言葉が聞こえてくる。
そしてその中には、あいつ入学式の時に貴族に喧嘩を売っていたやつだ、という僕を責める声もあった。
僕は一方的に襲われただけのなにに、僕が喧嘩をしたと勘違いされている。なんとか誤解を解かなければ。
「違うんだ!悪いのはその灰島だ!」
「うわー!僕は被害者だー!」
僕がどれだけ説明しても、それ以上の大きい声で灰島が騒ぎ出す。灰島の仲間たちも同じように大きな声を上げる。
赤石君はどうしていいか分からずに立ち尽くしている。
近くに親友のマモルがいない今、僕も困惑するだけでどうしてよいか分からない。
すると、血を流している僕を心配した一人の生徒が人込みをかき分け近寄ってきた。
「紫村!大丈夫か?どうした?赤石にやられたのか?」
僕を知るその人物は、クラスメイトの一ノ瀬君だった。
僕は一ノ瀬君に説明をする。
「ち、違うんだ。僕はそこの灰島たちにやられて、赤石君は僕を助けてくれたんだ」
「そうなのか赤石?」
「ああ……、すまん」
「すまん?」
一ノ瀬君は赤石君にも尋ねるが、赤石君も上手く説明できずにいた。
すると灰島が僕たちに向かって恨みの言葉を吐き出す。
「おまえたち、ただで済むと思うなよ。父に言って、お前たち全員退学にしてやるからな」
「くっ……」
なんて性格の悪い男なんだ……。
「何をしているお前たち!」
その時、僕たちD組の担任の真島先生が現れた。
助かった!周りは敵だらけだと思っていたところに、僕たちの担任が助けに来てくれた。これで何とかなる……そう思った僕の考えは甘かった。
「立て!とりあえずおまえたち、指導室へ来い!」
真島先生は、僕に向かって怒り出したのだ。
なんで?僕たちの担任じゃなかったの?
その時、一ノ瀬君が間に入ってきた。
「先生、先に怪我をしている生徒は医務室で治療を受けさせてください」
ありがたい。僕は灰島の一撃で流血しているし、正直言ってさっきからずっと激しい頭痛で頭が正常に回転しなくて困っていたところだ。頭痛が治まればしっかりと対応ができるかもしれない。
そして真島先生は、僕よりもB組の灰島の方を心配して声をかけた。
「む?灰島さん、大丈夫ですか?医務室だ。手が空いている生徒は連れて行ってやれ!」
明らかに軽傷の灰島にはそんな丁寧な態度を取る。僕に対する態度と大違いだ。
灰島君は赤石君に一度殴られただけで大した怪我をしていないし、大声で叫ぶほどに元気なのに。
所詮教師といえど、貴族には逆らえないのか……。
そう思うと、僕は悲しくなった。
その時、一ノ瀬君が僕に手を差し伸べる。
「紫村、立てるか?」
「あ、ああ……」
彼は真島先生とは違う。貴族の灰島よりもクラスメイトの僕の事を気にかけてくれている。これが友人というものだ。一ノ瀬君の僕に対する友情に、僕は胸が熱くなった。
僕は彼の手を借り立ち上がると、落ち込んでいる赤石君にも声をかけて、一緒に医務室へと向かった。
・・・・・・・・
「馬鹿者!灰島さんたちの治療が先に決まってるだろう!」
真島先生はまた怒り出した。
医務室に入る前に、一ノ瀬君が真島先生に向かって、僕の治療を急げと言ったからだ。
真島先生は、貴族の灰島たちの治療が先に決まっていると怒ったのだ。
真島先生に食って掛かろうとする一ノ瀬君を止める。
「僕は大丈夫だよ一ノ瀬君。後でも大丈夫だ……」
「本当に大丈夫なんだな?」
一ノ瀬君は難しい顔をして僕を見る。
僕は精一杯笑って頷いた。
「ふん!たいした怪我でもないくせに大げさに騒ぎやがって。では灰島さん、医務室へ入りましょう」
僕に対して軽蔑の視線を送った後、真島先生は灰島たちといっしょに医務室に入って行った。
そして僕たち三人、僕と一ノ瀬君と赤石君は医務室の外で待たされた。
「あの野郎、ふざけやがって……」
一ノ瀬君は僕の代わりに怒ってくれている。
そのおかげで逆に僕は冷静でいられた。
その時、それまで黙っていた赤石君が口を開いた。
「紫村、すまん。俺が手を出したばかりに……」
普段精悍な顔つきの赤石君が、今はとても元気をなくしてうつむいていた。
「赤石君、君は悪くない。悪いのは灰島たちの方だ。先生もしっかり説明すれば分かってくれるよ」
赤石君が助けてくれなかったら、あいつらは無抵抗の僕をどこまでもいたぶり続けただろう。
「俺は、昔からこうなんだ。仲間がやられてると頭に血が昇ってしまって、すぐに喧嘩をしてしまうんだ。暴力はいけないことだと頭では分かってるんだが……」
普段寡黙な赤石君が語り始めた。本当は雄弁な人なのかもしれない。何か心に秘めた思いがあるようだったので、俺はそれを尋ねてみた。
「昔からというと、過去にも似たようなことがあったのかい?」
僕の問いかけに対して、彼はゆっくりと語り始めた。
「ああ。中学の時に、何度も。同じ学校の生徒が他校の生徒にカツアゲされている現場を見てそいつらに怪我を負わせたり、その報復に来た集団を返り討ちにしたり。確かに俺は不良と呼ばれる生徒だが、信じてほしいのは自分から手を出したことは一度もないんだ」
「ああ。信じるよ」
今日だってそうだ。彼は僕を助けるためだけに手を出した。赤石君は決して悪い奴じゃない。いや、むしろ困っている人間を見捨てられない良い奴なんだ。
僕の言葉を聞いて赤石君は少し照れ笑いを見せた。
「ありがとう。それで、俺は喧嘩するたびに警察沙汰になってしまって、世話になっていた先生にも迷惑をかけてしまった。その先生から俺の腕力を生かすために迷宮探索者になったらどうかと言われて、この学園入ったんだ。なのに……また先生を裏切ることになってしまった……」
「そうか。良い先生だったんだね。でも今日だって赤石君は何も悪くない。何か言われても僕がそれを証明してみせるよ」
「紫村……」
その時、医務室から真島先生たちが出てきた。
「こっちは終わったぞ、お前もさっさと治療してもらったら教育指導室へ来い!」
それだけ言い残して真島先生と灰島たちは教育指導室の方へと歩いて行ってしまった。
その後姿をぼーっと見ていた僕に、一ノ瀬君が声をかける。
「俺たちも入るぞ」
「あ、ああ」
ガラッとドアを開けて医務室に入った僕たちを見た城之内先生は驚いた顔をしていた。
「キャー!あなたの方が大けがじゃない!早くこっちへ来て!」
城之内先生は僕の腕を掴んで、椅子へと案内した。
すぐに治癒魔法をかけようとする城之内先生に、一ノ瀬君が声をかける。
「先生、すいませんが、治療の前に紫村の診断書を書いてもらえませんか?」
「え?いいけど、すぐに治療しなくても大丈夫かしら?」
城之内先生は僕に聞く。
「はい」
確かに治療をしてしまったら怪我が治ってしまい僕がやられた証拠がなくなってしまう。正直僕一人じゃそこまで頭が回らなかった。一ノ瀬君の冷静な判断力には助けられる。
一ノ瀬君は城之内先生に詳細な指示を出す。
「紫村のこぶしに殴った跡がないかどうかと、体にも殴られたり蹴られたりしたらしいので、そちらの方も確認をお願いします」
「分かったわ」
僕は城之内先生の指示で服を脱いで上半身裸になる。
「ひどい、痣だらけじゃない」
どうやら殴られた箇所が痣になっているようだ。痛いと思った……。
城之内先生が僕の状況を確認していると、一ノ瀬君は退席した。
「悪いけど俺はちょっと行くから、赤石、紫村を見てやっててくれ」
「わかった」
「ありがとう一ノ瀬君。助かったよ」
「ああ」
そう言い残して彼は医務室を出て行った。
一通りの診察を終えて城之内先生は治癒魔法をかけてくれた。手のひらから暖かい光が出ると、じわじわと痛みが取れていく。
「こういうのって一瞬で治るものではないんですか?」
治癒魔法を受けながら先生に聞いてみた。治癒魔法を受けるのは初めてのことで、もっとぱっと一瞬で治るのかと思っていたからだ。
「ポーションとか、治癒魔法が得意な人はそういうこともあるけれど、なかなかそんなに上手くいくものじゃないわよ」
先生の説明を聞きながら、迷宮探索中に怪我をした時、仲間に治癒魔法使いがいても即座に怪我を治してくれるものではないと知った。
ポーションの方が効き目が早いということも教えてもらった。僕も早めにポーションを入手した方がいいかもしれない。
10分ほどの治療を受け、城之内先生にお礼を言うと、僕たちは真島先生の待つ教育指導室へと向かった。
ガラガラ……
「失礼します」
教育指導室の引き戸を開け僕と赤石君は部屋に入る。
部屋の中では椅子に座って腕組みをしている真島先生がいた。
僕は先生に尋ねる。
「あれ?灰島君たちは?」
「先に帰ってもらったよ。おまえたち遅いよ!なにチンタラしてんだよ。逃げたかと思ったぞ」
「に、逃げるなんて……」
「大した怪我じゃないんだからさっさと治療してもらえよ。何をダラダラしてやがるんだよ」
真島先生はいつもの感じと違う。怒っているのだろう。だがその怒りはとても的外れなものだ。
「灰島君たちがなんて言ったか分かりませんが、僕が急に彼らに待ち伏せされて食堂の裏でリンチに会っていたところを赤石君が助けてくれたというのが真実です」
「ああ?そんな嘘信じるわけがないだろう?」
「本当です。証拠もあります。これが城之内先生に書いてもらった診断書です。僕が彼らに暴行を受けていた証拠です」
僕はそう言って城之内先生に書いてもらった診断書を真島先生に渡した。
真島先生は黙ってそれを受け取り、読みだした時、これを読んでもらえばわかってもらえると思い、僕はほっとした。
だがそれは間違いだった。
「はぁ……」
真島先生はため息をつくと、突然診断書を破り捨てた。
「な、なにをするんですか?」
「おまえらこんな嘘の診断書を偽造しやがって、これは犯罪だぞ!」
「う、嘘じゃない……」
「全く反省してないなお前ら。もういい。お前ら二人とも退学だ」
「は?!」
「退学だって言ったんだよ!ったく、迷惑ばかりかけやがって、あの一ノ瀬も一緒にいたから退学だな……」
「一ノ瀬君はもっと関係がないじゃないですか!」
「あいつは入学してすぐにお前と一緒に探索して大けがをしたじゃねえか!あの後俺がどれだけ怒られたと思ってるんだ!」
「そんなの逆恨みだ!」
「うるせえ!生徒のくせに偉そうな口を効くな!」
めちゃくちゃだ!この人は教師をしていい人格ではない。
僕の横で黙っていられなかった赤石君も口を開いた。
「やつらを殴ったのは俺だけだ。退学になるのは俺だけでいいはずだ」
「お前も当然退学だ、安心しろ」
「そうじゃない。紫村は退学にしないでくれ」
「そういうわけにはいかない。喧嘩両成敗だ」
「だから紫村は喧嘩はしていないと言っているんだ。それに両成敗なら灰島たちだって罰を与えるものだろう?」
「馬鹿者!灰島さんたちは貴族だぞ!お前たちが貴族に罰を与えるなんて、傲慢だと思わんのか!」
「なんだと……」
赤石君も怒りを抑えている。こぶしを握り歯を食いしばっていた。
「なんだ?文句があるのか?なんだそのこぶしは、俺を殴って見ろ。退学だけでは済まさんぞ!傷害で警察を呼ぶぞ!わははは!」
その言い方に怒りが頂点に達した赤石君を僕が止める。
「ダメだ赤石君。手を出しちゃダメだ。先生、赤石君は僕を守るために手を出しただけです。赤石君は悪くない。騒ぎを起こしたことを責めるなら僕だけにしてください。赤石君の退学は取り消してください!」
「だめだ紫村」
「わーははは!退学を受け入れるんだな!当然だ。お前は退学だ。そして赤石、お前も一緒に退学に決まってるだろう!二人、いや、一ノ瀬も入れた三人とも全員退学だよ!」
「真島先生!」
「わははは!問題児がいなくなってくれて助かるぜ」
問題児……、僕はそんなふうに思われていたのか。成績もそれなりで、素行態度もみんなの見本になるよう心掛けてきたけれど、確かに入学式で起こしたトラブル、一ノ瀬君に怪我を負わせた初探索、そして今日の出来事……僕は問題児だったんだな……。
真島先生の言葉もあながち間違いではないと、僕は悲しくなった。
そして赤石君ももうどうしようもないと悟ったのか、力なく肩を落とした。
僕たちは絶望した。
その時だった。
ガラガラ……
「すいません、お待たせしました!」
教育指導室に勢いよく入ってきたのは、一ノ瀬君だった。
「一ノ瀬君?」
「あ?ちょうどいい、お前の退学も今決まったところだ……」
「先生!」
入ってきた一ノ瀬君に対しても退学を言い渡す真島先生を僕は睨む。
すると一ノ瀬君はそんな言葉を聞いていなかったのか、後ろを向いて「どうぞ」と言った。
誰か連れてきたのか?
一ノ瀬君に促されて入室してきたのは、三年生の生徒会長、九条カズマだった……。