第55話 紫村キョウヤ 1
紫村視点、時間も火曜日の朝にさかのぼります。
火曜日の朝がやってきた。
昨日はとても有意義な一日だった。
第一剣術部の見学、模擬戦に負けてしまった僕の代わりに戦ってくれた瀧川さん。残念ながら瀧川さんも負けてしまったけど、第一剣術部部長の磐座さんの実力を見ることができた。そして第二剣術部での練習と入部。本当に充実した時間だった。
第一剣術部へ入部できなかったのは残念だったけど、第二剣術部の先輩たちはみんな良い人たちだった。
第一剣術部のような広い道場はないし立派な講師はいないけれど、僕の提案に対して、嫌がりつつも全員最後まで付いてきてくれた。あの先輩たちと一緒なら僕は頑張れる気がする。
思い返せば、中学の時はみんなに僕と同じだけの努力を要求しても、おまえとは違うんだよと言われ断られてばかりだった。僕に付いてきてくれたのはマモルだけ、本当の友人と呼べるのはマモルだけだったんだ。
だけど今は、第二剣術部の先輩たちだけでなく一ノ瀬君や瀧川さんもいる。A組の九条さんや如月さんも練習に付き合ってくれた。もしかしたらあの二人は悪い貴族ではないのかもしれない。
入学したばかりの時に早坂さんから言われた、貴族と言っても悪い人ばかりではないかもしれないという言葉は本当なのかもしれない。後で早坂さんに謝らないとな……。
そんなことを考えながら教室へと入る。
そういえば昨日一ノ瀬君は途中で先に帰ってしまったみたいだけど、どうして先に帰ったか聞いてみよう。そう思って彼を探すと、あいにく早坂さんたちと話し中のようだ。またタイミングをみて話しかけてみよう。
・・・・・・・・
昼休み、いつものように向かい合ってマモルと昼食を食べる。
話すのはやはり昨日の部活の話題だ。やはりマモルも第二剣術部として頑張っていくことが楽しみなようだ。
僕は思わず笑みがこぼれる。
ふと、僕たちの近くを一ノ瀬君が通った。一ノ瀬君とも部活の事を話したいと思い声をかける。
「あっ、一ノ瀬君!一緒に食べないか?」
だが一ノ瀬君の返事はそっけないものだった。
「いや、俺はいつも一人で食べてるんで。じゃ」
「そうか」
一人の時間も大切だ。彼には彼の時間の過ごし方があるのだろう。
同席は諦め、再びマモルとの会話に戻った。
ーーそして昼食を終え、食器を片付けている時だった。
「君が千堂君?」
知らない生徒がマモルに声をかけてきた。
「そうだけど何か?」
「職員室に来てほしいって先生が呼んでいたよ」
「職員室に?どの先生が?」
「いや、俺も名前を知らない先生だったんだけど、行けば分かるよ」
「そう、それじゃキョウヤ悪いけど……」
「あ、僕も一緒に行こうか?」
僕がマモルに同行を申し出ると、知らない生徒が答えた。
「あ、千堂君一人で来てほしいって言っていたよ」
「そうか……、それなら仕方ない」
「じゃまた後で!」
「ああ」
そう言って僕はマモルと別れた。
後で思えば、この呼び出しは何か変だった。
マモルと別れ、一人で食堂から出ると、急に僕の周りに人が集まってきた。
1,2,3,4……5人の男子生徒が僕を取り囲む。
「何の用だい?」
僕が尋ねると、一人が答えた。
「ちょっと顔を貸してくれるか、紫村くぅん?」
ちょっと人を馬鹿にしたようなしゃべり方をしたその男子生徒の顔を見て、僕は思い出す。
「君は、確か、1-Bの灰島君?」
僕は彼らに食堂の裏の人気のないところへと連れてこられた。
ニヤニヤしているだけで、何もしゃべらない彼らに、僕からもう一度質問する。
「一体何の用なんだ?」
すると、灰島が僕に視線を合わせてしゃべりだした。
「昨日は世話になったな」
「世話?昨日は僕は君に一方的にやられただけだけど?」
「そうだよ。お前みたいな雑魚、僕が相手をしてやっただけでも感謝してほしいのさ」
「はぁ……だからどうしたって言うんだ?」
灰島が何を言いたいか分からず、僕は呆れてきた。
だが、その言葉が気に入らなかったのか、灰島は突然怒り出した。
「だからお前のせいで、お前らが帰った後に部長に怒られたんだよ!全部てめえらのせいだ!」
「何を言っているのか分からないな?」
部長……二年の磐座さんの事だろう。僕たちが帰った後怒られた?それがなぜ僕たちと関係があるというのだ?
灰島の説明不足に僕が困惑していると、灰島の仲間の一人が補足説明を始めた。
「灰島君がお前を倒す時に使った、付与魔法突き木刀の事を誰かが部長にチクったんだよ!そのせいで灰島君は部長から次同じことをしたら退部だって言われたんだよ!お前がチクったんだろ?」
「何で僕が?」
「お前は灰島君にやられて恨んでたんだろう!」
「そんなこともう忘れてたよ。今は第二剣術部の活動のことで頭が一杯さ」
「嘘をつけ」
灰島の取り巻きが僕の胸倉をつかんでくる。
「やめろ!」
「やっちまえ!」
灰島の号令と共に、取り巻きの四人は僕の制止を無視して殴りかかってきた。
「やめろ!」
服をつかまれているので逃げられない。四人がかわるがわる僕を殴る。なんで彼らはこんなことをするんだ?
気づけば僕は転倒させられていた。殴られた箇所が痛い。
何でこんな目に会うのか理解できない。殴られたからと言って殴り返すつもりはないが、後でこの事を先生に報告するしかない。
そんなふうに考えていると、灰島が手下に命令した。
「お前ら、そいつを押さえてろ」
二人が僕の左右の手と肩をつかんで、僕の上体を起こす。
すると、灰島は木刀を取り出した。それは、昨日使っていた木刀。確か衝撃付与のエンチャントがかかっているとか言っていた危険な代物だ。
「昨日は防具があったから耐えられたかもしれないが、防具がなかったらどうなるんだろうなあ?」
そう呟く灰島の目は焦点が合っていなかった。
「やめろ灰島……」
昨日は防具の上から腹に一撃喰らっただけで悶絶した。もし防具がない今の状況でくらったら……。
「へへへ、死ねよ!」
ガンッ!
大きな音と共に、頭に強い衝撃が走る。激痛と共に一瞬目の前が暗くなる。ぬめっとした生温かい液体が顔を伝う……おそらく血だ。殴られたところから血が流れてきたのだ。
この灰島という男、イカレてる。本当に僕を殺すつもりなのだろうか?そんなことをしたら自分だって警察に捕まってしまうだろうに。
灰島は血を流してぐったりする僕を見て、嬉しそうな顔をした後、木刀でさらに何度も僕の体を殴った。そのたびに体に激痛が走り、僕はうめき声を上げた。おそらくそんなリアクションがうれしくて、灰島は恍惚の表情を浮かべていた。
だがそれも長く続かなかった。その場に現れた生徒が声を上げたのだ。
「おまえたち、何をしている!」
「ああ?うるせえ、見てんじゃねえよ!」
そんな灰島の言葉を無視して、その生徒は僕の名を呼んだ。
「紫村!大丈夫か?」
その声を僕は聞いたことがあった。薄れる意識で彼の顔を見る。
「赤石くん……?」
同級生の赤石テツヤ君だった。彼とはあまり話したことはないが、彼はリンチを受けている僕を見て、激高した。
「紫村を放せ!」
赤石君は僕の両脇にいた灰島の取り巻きを殴り飛ばした。
その強烈なパンチに、二人は悲鳴を上げて転倒する。
「なんだてめえは?紫村の味方か?」
灰島を守ろうと残りの二人が灰島の前に立つ。だがそれぞれ赤石君のパンチを受けて簡単に吹き飛ばされた。
「や、やめろてめえ!俺が誰か分かってるのか?男爵家嫡男、灰島コウキさまだぞ!俺に手を出したらお前たちこの学園にいられなくなると思え!」
「赤石君、喧嘩はダメだ!」
僕が止めるのも聞かず、赤石君は思い切り灰島を殴り飛ばした。
「ギャアア!やったな!きさまやったな!この僕に手を出したな!退学だ!パパに言いつけてやる!お前たちは退学だ!」
灰島が大声を出すので、気になった生徒たちが集まってきた。
「そこのデカいやつにやられた!助けてくれ!急に襲い掛かってきたんだ!」
「何を言ってる、お前が先に紫村を襲ってたんじゃないか!」
「貴様の言うことと貴族の僕の言うことと、どっちが信じられると思ってるんだバァーカ!」
これが貴族だ。嘘を平気でつき、そして権力を振りかざして不正を押し通す。許せない。
そして赤石君も灰島の罠に落ちたことに気付き、落胆していた。
「すまん紫村……俺は何てことを……」
「悪いのは赤石君じゃない。先生も本当のことを話せばわかってくれるさ」
「バァーカ!教師も全員貴族には逆らえないのさ!」
灰島は僕たちだけに聞こえる声でそう言うと、再び大声で被害者のふりをした。




