第50話 模擬戦 -4-
前回のあらすじ
イオリが第一剣術部主将の磐座と戦うことになった
「どうした?俺が直々に腕前を見てやると言っているのだ。早く構えろ」
そう言って煽る第一剣術部部長、磐座リュウイチに対し、イオリは木刀を構える。
「待てイオリ!もうこれ以上戦う理由はない!」
俺は磐座への恐怖心を押し殺し、二人の間に割って入った。
先ほどの二年生八戸との一騎打ちは、紫村の屈辱戦でありヒカルの指名を受けた代理戦の意味合いがあった。しかし磐座とイオリには戦う理由はない。
しいて言うなら向こうは八戸の敵討ちをしたいのかもしれないが、第一剣術部に対し興味を失っているイオリに入部の意思はなさそうだし、戦って勝ってもなんのメリットもないのだ。
しかしそこは戦闘狂のイオリだった。
「シロウ、やらせてくれ。私はあの男と戦ってみたい」
何かを勝ち取るために戦うのではなく、純粋に戦いたい、イオリの衝動はそれだけだった。
その言葉を聞いた俺は、もはや二人を止めることはできなかった。
そして他の誰も彼らを止められない。
俺がイオリから離れると、二人の間に遮るものはなくなっていた。
「防具はいいのか?」
「一年ごときにこの俺に防具が必要だと?なめるな」
「怪我をしても責任はとらないぞ」
「ふん」
磐座も木刀を構える。辺りにいた者たちは、二人の邪魔にならないよう後ろへと下がっていく。
試合開始の合図もなく、実戦さながらの殺気の中、二人の立ち合いが始まった。
ただ剣を構えイオリを睨む磐座。
イオリは先ほどと違って、なかなか踏み込めずにいた。
前後左右に小刻みに移動し、相手の呼吸を読む。だがその姿は磐座を中心に攻めあぐねいているようにしか見えなかった。
意を決して踏み込むイオリ、そしてその一撃を打ち返そうと磐座の剣も動く。
二人の剣が交差する瞬間、イオリの剣は先ほどと同じように変化し、磐座の剣をするりとすり抜けてゆく。そしてその剣が磐座へと届くと思ったその時、磐座の姿は後方へと飛び去っていた。
「なるほど、小手先の技術はあるらしい……」
そう呟く磐座。
そしてなぜ自分の剣が届かなかったか分からず驚きの表情を浮かべるイオリ。
見ている俺も何が起きたのかわからなかった。
二人とも前に移動していたはずなのに、突然磐座の体は後方へと飛び移って身をかわしていたのだ。
前方から後方へと体重移動するのに踏ん張る瞬間があるはずなのにそれがなかったように見えた。それは何というか物理的法則を無視したような動きだったのだ。
しかしイオリはひるむことなく攻撃を続ける。一撃、二撃と振られる木刀を、磐座は見切っているかのように左右へとかわす。だが隙のないイオリの攻撃に、磐座も未だ反撃をしてこない。
「見事な身のこなしだ。一年とは思えんな」
戦いながらも冷静に感想を述べる磐座。おそらくこの男にとって、この戦いは余裕なのだ。
「くっ!」
余裕を見せられ悔しかったのか、イオリは意を決してさらに一歩踏み込む。カンッ!という音を立て、この試合初めて二人の木刀が衝突した。
「ふん!」
磐座の掛け声とともにイオリの体が宙に浮くと、後方へとふわっと飛ばされて着地した。
「今ので転倒せんか!見事な重心操作だ」
さらに褒める磐座。対するイオリには焦りの表情が見えた。
俺だけでなく、周りにいる全員が二人の戦いに手に汗を握って観戦していた。
「そろそろ俺の番だ」
磐座が初めて自分から前に出る。
気迫に負けて二歩三歩と後退するイオリ。
だがそれ以上に磐座の踏み込みが早く、目にもとまらぬ高速で木刀が振り下ろされる。
イオリは瞬時に反応し横へと避ける。だが磐座の剣筋は変化し、横なぎに逃げるイオリを追う。
「くっ!」
正面に立てた木刀でそれを受け止めるイオリ。そのまま横方向へと飛び衝撃を逃がす。
「今のを受けるか!面白い!面白いぞ一年!」
もはやイオリの顔に余裕は一切ない。
凶悪な顔に笑みを浮かべた磐座は、再び剣を構える。
「特別に見せてやろう、俺の本気を」
その言葉に背筋に寒気が走る。これが殺気というものか。
そして直後、イオリの面が破裂した。
パァン!という破裂音と共に、透明なプラスチック製のイオリの面が割れる音がした。
そして遅れて空気が震える。
ゾクッとした。何か人外の力。未知の攻撃があったことに対する恐怖を俺は感じた。
そしてイオリは膝から崩れ落ちる。
「イオリっ!」
俺はイオリに駆け寄る。
面が割れるほどの衝撃を受けたのだ。イオリは大丈夫なのだろうか?
俺が駆け寄ると、割れた面の中でイオリは驚きの表情で目を見開いていた。
「大丈夫か?」
「あ、ああ……」
イオリは放心状態だったが、大事はないらしい。
「面を破壊しただけだ。大したダメージはあるまい」
磐座はそう言い放つ。これでも加減をしていたのか?と俺は驚きを隠せない。
「最後のあれは何だ?」
イオリが磐座に尋ねる。
そうだ。最後磐座の動きは見えなかった。目にも止まらぬ人間とは思えない動きをしたのだ。
「『加速』。それが俺のスキルだ」
「スキル……?」
イオリだけでなく、磐座のスキルを知らなかった俺も驚く。
先ほどの目にも止まらない動き、あれはスキルだったのだ。
名称から察するに超高速で体を動かすスキル……、あんなもの誰にも対応できない。
「一年……瀧川と言ったか。貴様スキルは?」
「……私にスキルは無い」
「そうか、惜しいな。貴族に生まれた者はほとんどの者がスキルを所持している。対してきさまら庶民でスキルを所持しているのはほんの一握りだ。スキルというのはその人間に見合ったものが授けられるという。つまりきさまら庶民などは神から見放された下等な生物なのだ」
これが貴族至上主義か。俺は初めてここまで一般市民を見下してくる人間と出会った。紫村が毛嫌いしている理由も分かるような気がした。こいつらは自分たち神から選ばれたと勘違いしているのだ。
「だが瀧川、貴様は少し見所がある。特別に第一剣術部への入部を認めよう」
その言葉に、周りの剣術部部員から驚きの声が上がる。
第一剣術部は貴族だけが入部を許されている部活だ。それが庶民のイオリにも入部を認めると言ったのだ。
「部長が入部許可を出した……」
「女……、しかもD組だぞ……」
そんなざわつきの中、磐座の言葉を聞いたイオリはにやりと笑って答える。
「断る!」
イオリの言葉を聞き、不思議そうな顔をする磐座。
「なぜだ?ここに入部したくて来てたのではないのか」
「フフ、お前を超えることが私の当面の目標になりそうだ」
「そうか。敵となることを選ぶか。それも良かろう」
磐座は身をひるがえし、歩き出す。
「終わりだ。稽古に戻れ!」
磐座の号令によって、第一剣術部員はそれぞれ元居た場所へと戻っていく。
そこには俺たち一年だけが取り残されていた。