第49話 模擬戦 -3-
前回のあらすじ
イオリが第一剣術部二年の八戸に勝った。
静寂に包まれた道場に、最初に響いたのは九条ヒカルの声だった。
「勝負あったわね」
その一言が、場の空気を決定づけた。
次の瞬間、俺たち一年の歓声が一気に弾け飛ぶ。
同時に第一剣術部部員の悲鳴のような声が鳴り響いた。
イオリが剣術部二年との試合に勝ったのだ。
それはレベル差をものともしない、圧倒的なイオリの実力を見せつけた試合だった。
「瀧川さん!」
紫村と千堂が喜びの笑顔で駆け寄る。
俺たちは叫んだ。誰もが立ち上がって、信じられないものを見たような顔をしていた。
ヒカルとメイはそんな姿を見守っていた。
対する第一剣術部側は、混乱していた。
負けた八戸は、言い訳もできずに立ち尽くしていた。
八戸は、自分が“勝って当然”と思っていた。その慢心が、音を立てて崩れた。
観戦していた部員たち全員も驚きを隠せずにいた。
「ありえない……あんな女に、八戸先輩が……!?」
「ま、まぐれだろ? そうだよな……?」
震え声でつぶやく声が次々とあがる。誰も現実を受け入れられていない。
かくいう俺も、驚きで言葉を失っていた。
「レベル4に……勝った……?!」
感動と興奮で、この感情を抑えられない。俺はこの世界では、ダンジョンのルールこそが至上だと思っていた。レベルやスキルが強さの最大の指標だと思っていたのだ。だが同級生のイオリがそれを覆した。こんなにワクワクすることはない。
レベル差を超えるほどの技術は存在するということだ!
ざわつく道場、そろそろお暇した方がよさそうだ。また誰かが八戸の敵討ちに名乗り出てきたらきりがない。ここは敵地だ。場合によっては口止めのために集団で襲われてしまう可能性もある。いくらイオリが達人でも、これだけの人数を相手にしたらただでは済まないだろう。
「じゃ、行こうか……」
俺がみんなに声をかけた時、道場に恫喝する声が響いた。
「何をしている!」
全員がその声の方に振り返る。
道着を着ている男が道場に入ってきた。
その男は痩せて長身で、無造作に伸びた長髪の隙間から鋭い目をのぞかせていた。
教師ではなさそうだが、明らかに他の部員と雰囲気が違う。
やがて部員の一人がその男の名を呼んだ。
「磐座部長……」
紫村がその男を知っていたのか、フルネームをつぶやく。
「第一剣術部部長、磐座リュウイチ……」
道場に再び静寂が訪れた。
磐座は数名の部員を引き連れ、ゆっくりとこちらへと歩いてくる。
俺はこっそり紫村に近寄り、小声で尋ねた。
「強いのか?」
紫村は俺の顔を見て頷く。
「対人戦闘でこの学園最強と呼ばれる男だ。一説によれば、あの生徒会長九条カズマよりも強いとも言われている」
「あの会長より?」
九条ヒカルの兄、九条カズマは三年生にしてレベル15に到達したと言う猛者だ。レベルが全てではないということは今イオリが証明してみせてくれたが、それにしてもそれよりも強い可能性があるということはどれだけの技を持っているというのだろうか?
紫村の短い言葉の中に、俺ですら若干の恐怖を感じた。
「何をしているのかと聞いている!」
磐座は集団の近くまでやってくると、さらに声を上げる。
そして防具を付けた八戸、イオリを見て、先ほどまで模擬戦が行われていたことを察する。
「八戸、何があった?」
先ほどより若干声のトーンを抑え、当事者である八戸ヘイジへと問う。
八戸は声を震わせながら、順を追って説明を始めた。
「し、新入生の見学を案内していまして……」
「それがなぜその恰好になる?練習風景を見せるだけで良いだろう?」
「は、はい。その、一年の九条さんが、私がそこの生徒と試合して勝ったら入部していただけることになりまして……」
磐座はヒカルに視線を移す。
ヒカルは腕組みをして凛とした笑顔を浮かべていた。
「生徒会長の妹か。それで?なぜ神聖な道場で先ほどのように騒いでいたのだ?」
自分の口から、一年に負けたと言い出せず、八戸の額から滝のような汗が流れ落ちる。
だが無言が回答となり、磐座はおおよその状況を理解した。
「貴様、名は?」
「一年D組、瀧川イオリ」
磐座はイオリを観察する。そして八戸にこうつぶやく。
「八戸、貴様一年、しかもD組の女ごときに負けたのか?」
八戸の顔色がみるみる蒼くなる。
止めてやれ、パワハラだぞ。
「まあ良い。一年。この俺が貴様の腕を見てやる。かかってこい」
磐座は突然イオリに宣戦布告をした。




