第47話 模擬戦 -1-
前回のあらすじ
第一剣術部への入部を賭けて、紫村と第一剣術部員灰島の試合が行われることになった。
透明なフルフェイスのヘルメット、革鎧、小手、転倒時の安全のための肘あてと膝あて、そんな第一剣術部の特殊な防具一式を装備し、木刀を携えた紫村が道場に戻ってきた。
道場には先に戻ってきた灰島が待っている。
俺は第一剣術部の試合用の装備を初めて見た。
なるほど、安全に戦うためにこういう装備を付けて戦うのか。剣道のような重装備でない分動きやすそうではあるが、その分防御力が弱そうで、防具のない個所を攻撃されたら大けがをするだろう。ポーションや医務室での治癒魔法を受ければ怪我は簡単に治るが、それでも痛い思いはしたくないものだ。
二人の模擬戦を観戦するために集まった集団の中、俺が紫村のことを観察していると、俺の横で九条ヒカルが千堂に質問をしていた。
「紫村さんは勝てるのかしら?」
突然話しかけられ千堂は一瞬驚くが、人差し指でメガネをくいっと上げると自信満々に答えた。
「悪いですが、同じ一年でキョウヤに勝てる人間がいるとは思えませんね。キョウヤは文武両道で、中学の時にもあらゆる部活に引っ張りだこだったんです。剣道部の応援で大会に出た時には、県大会優勝者に勝ったこともありますよ」
「それはすごいわね。でも中学の時の話でしょ?それに世界は広いわよ。上には上がいるわ」
「では九条さんはキョウヤが負けると思いますか?」
「さあ……。メイはどう思う?」
千堂の質問に対しヒカルは直接答えず、メイに振る。
「はい。しっかりと腕前を見たわけではないのではっきりと言えませんが、あの灰島という男に強者の雰囲気は感じませんでした」
「あら、そう……。では勝つのは紫村さんかしら?」
「おそらく」
そんな二人の会話を聞いて、満足そうに口角を上げる千堂。
「同じ貴族が負けるのはあなたも不本意かもしれませんが、そういうことです」
「あら?別に私はどちらか一方を応援するつもりはありませんわ」
「?」
ヒカルはただ成り行きを見守っているだけなのだろうか。
そんな三人の横で、イオリは難しい顔をして立っていた。
灰島にムカついているのだろうか?俺はそんなイオリを心配して声をかける。
「どうしたイオリ?」
「ん……、こんなものなのかなと思って……」
「何が?」
「いや、第一剣術部と言っても、この程度なのかなと思って」
「ああ……」
確かに、貴族たちが学ぶ最上級の剣術というイメージを想像していたが、先ほどの二年生も灰島もどうも品性がない。イオリも期待していた分、幻滅しているようだ。
先ほどから防具の装着具合や体の動きの感じを確認すべく紫村が素振りをして確認をしていたが、二年の部員が声をかけた。
「そろそろ良いか?始めるぞ。二人とも前に」
号令と共に、紫村と灰島は対峙する。
灰島はやや鼻で笑いながら木刀を肩に担ぎ、「早く終わらせようか」などと呟いた。
灰島は木刀を片手で振ってから、流れるように前傾の構えを取った。紫村は両手で木刀を握り、重心を低くして視線を真っ直ぐ相手へと向けている――静かな気迫が場の空気を引き締めていた。
「ふふっ、世界一の探索者になるとか嘯いてる愚か者に、現実の厳しさを教えてやるよ」
灰島の言葉に紫村は黙っている。集中しているのだろう。
気がつくと道場は静まり返り、その場にいる全員が二人の戦いに集中していた。
「はじめぃ!」
審判をする二年の部員の掛け声と共に二人は動き出す。剣先をゆらゆら揺らしながら前後に小刻みに移動して間合いを測る紫村。
対して灰島はそんな紫村の出方を伺っている。
先に動いたのは紫村だった。
「せいっ!」
掛け声とともに強烈な一撃を打ち込む。その直後だった。
バンッ!
木刀とは思えない大きな音が鳴り響いた。
気づくと紫村の木刀は灰島の木刀にはじき返されていて、紫村は大きくのけぞっていた。
千堂が抗議の声を上げる。
「何だその剣は!」
次の瞬間、無防備になった紫村の胴に灰島の一撃が襲い掛かる。
バンッ!
やはり先ほどと同じように激しい音が鳴り、攻撃を喰らった紫村は転倒し、腹を押さえながらうめき声をあげていた。
「うう……ぐぅう……」
「キョウヤ!」
千堂がすぐに駆け寄っていた。
紫村は敗れたのだ。
「ふふふ、入学式で大口を叩いた割に、貴様の実力なんか所詮この程度さ。ハハハハハ!」
苦しむ紫村を見下しながら高らかに笑う灰島。
審判の二年もニヤニヤと笑っていた。
俺は何が起きたのか理解に苦しんでいたが、すぐに見抜いた千堂が抗議をする。
「卑怯だぞ!それは特殊な武器だろう?なぜ正々堂々と戦わないんだ!」
灰島は自身の木刀を千堂に見せつけるようにしながら、説明をする。
「この木刀には“衝撃付与”のエンチャントがかかっているんだよ。通常の3倍の打撃力があるのさ。木製だから壊れやすいし、なかなか使う機会がなかったんだけどね。愚か者に身の程を知らせるのには役立ったようだね。まさか付与魔法がかかっているなんて気づかなかっただろう?これが兵法ってやつさ。フフフフ……ハハハハ!」
灰島は武器を仕込んでいたのだ。俺は腹の底から怒りが湧き上がる。明らかに武士道に反する行いだ。第一剣術部には品位などないのだ。
「反則だ!こんなこと許されると思っているのか!」
俺以上に千堂が激高していた。大声で抗議の声を上げる。
だが灰島は千堂の言葉に耳を貸すことがない。
「相手がどんな武器を持っているのか、どんな策略を用いてくるのか、何も想定しないで無策で立ち向かってくる奴がバカなのさ。何が学年主席だよ、所詮庶民なんてこの程度だ、ハハハハ」
「きさまぁ!」
灰島をにらみつける千堂、危険を察知して魔法剣を千堂に向ける灰島。千堂も迂闊に近寄れない。
その時、声を上げる者がいた。
「がっかりしましたわ」
みんなが声の方に注目する。
九条ヒカルだった。
「どうやら第一剣術部というのは、ずいぶんと品のない部のようね。見学する価値もありませんでしたわ。行きますよメイ」
「はい」
そう言い残し、メイを連れて道場から出ていこうとするヒカル。
そんなヒカルを二年の部員が追いかけた。
「お待ちください、九条さん。見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした。これから第一剣術部の礼儀正しい剣術の練習をお見せいたします。九条さんのような名家の方にはぜひ入部をしていただきたく……」
その言葉に、ヒカルは立ち止まる。
「礼儀正しい?礼儀を学んだ方が、あのような態度をとるものかしら?」
ヒカルはそう言って灰島を見る。
灰島も驚いて言葉を失っている。
「百歩譲って不意打ちはおっしゃる通り兵法だとして、負けて苦しんでいる人に対して、あんな態度を取る人たちに、礼儀という言葉は使ってほしくないものですわ」
ヒカルの機嫌が悪くなっているのは確かだった。
だがヒカルに入部してほしい二年生はなんとか言い訳を始める。
「申し訳ありません。灰島はまだ入部したてでして。ですが彼も今後私がしっかりと指導しますので、ぜひ入部をご検討いただきればと……」
「彼らの入部は断るのに、私には入部してほしいとおっしゃるの?」
「もちろんです!」
優秀なのに庶民だからと入部を断るのに、貴族であれば優秀かどうかも関係なく入部してほしいというのはおかしいのではないか?という意味でヒカルは聞いたのだが、部員はそんな言葉の奥深くまで考えずに答えた。
ヒカルはため息をつく。
「はぁ。あなたよりも、そちらの一ノ瀬さんや瀧川さんに教わった方が有益だわ。二人は私たちがヒュージスライムに襲われて困っている時に助けてくれた英雄よ」
ヒカルがそんな風に思っていると思わなかった俺は、その言葉に驚いてしまう。そこまで感謝してくれていたのかと。
だが二年の部員は俺以上に今の言葉が理解できなかったみたいで、こちらをにらみつけてきた。
「九条さん、ヒュージスライムごとき、二学期になれば全員が倒せるようになっているものです。そんなに大したことはないのですよ」
「あら、そうかしら?メイ、あなたはどう思う?」
「はい。私も一ノ瀬達の方が強いと思っています」
「でしょ?」
「そんなわけがない!」
メイの言葉に二年が怒った。
「あなたたちは自分が助けられたせいで、彼らを過大評価しているのでしょう。私はレベル4ですよ?」
「そんなことありませんわ。そう思うのであれば、あなたが戦って確認してみればいいでしょう?」
二年がこちらを睨む。
これはヒカルが俺にチャンスをくれたのだ。二年生はレベル4、俺は今レベル3。レベル差が1あるが、迷宮で推奨レベルが自分より上の階層を探索してきた俺だ。一つくらいのレベル差など、気合でねじ伏せてやろう。
俺は先ほどの紫村がやられたことに対して怒っているのだ。こいつらを痛い目にあわせてやりたい。
「いいでしょう。現実を教えてあげますよ」
二年は俺と試合をすることを認めた。
そしてヒカルはこちらに尋ねる。
「いいかしら?」
俺は黙ってうなずく。
「それじゃお願いしますわ、瀧川さん」
「ああ」
イオリが大きく頷いた。
……あれ?俺じゃないの?




