第40話 救出戦
俺は悲鳴の聞こえた方へ走った。
叫び声がだんだん近づいていく。俺がいた場所からそう遠く離れていなかったらしい。
俺はすぐにそこへとたどり着いた。
狭い通路を抜け、広い空間に出ると、そこでは戦闘が行われていた。
複数匹のゴブリンに囲まれて戦う探索者たちの姿があった。
一人の探索者が転倒しており、一匹のゴブリンが覆いかぶさっている。
「離れろお!」
そのゴブリンを別の探索者が攻撃する。剣で薙ぎ払われ、吹き飛ぶゴブリン。
襲われていた探索者の具合は大丈夫だろうか?
「加勢します!」
完全な状況把握をするより先に俺は飛び出していた。
俺の声に探索者たちはありがとう!と声を返す。同時にゴブリンたちも俺の存在に気づく。これで奇襲攻撃はできなくなってしまった。
だが仕方がない、ゴブリンたちの注意を少しでも俺に逸らせれば、探索者たちも多少は戦いやすくなるはずだ。
俺は目の前のゴブリンに向かっていった。
俺の戦い方はゴブリンの急所を的確に狙うやり方だ。力任せではまだ苦戦してしまう。そのため探索者たちの状況も気になったが、まずは目の前のゴブリンを倒すことに集中する。
今までの戦いで一番効果的だった喉元への突きを放つ、喰らったゴブリンはのけぞって転倒する。
とどめを刺す暇はない、左右から襲い掛かってくるゴブリンに、俺は一旦横方向へ移動して逃げる。
同時に二匹と戦うのはまだ難しい。だが一匹ずつなら対処可能だ。
位置関係が変わり、俺から見て二匹のゴブリンが一列になる。これなら順番に倒せばいい。
間近のゴブリンのみぞおち目掛けてつま先蹴りをする。動きが止まるゴブリン。俺はすかさず木刀で突きを放つ。そのゴブリンが死んで消えると、目の前には次のゴブリンが。
直線的に俺に突進してくるゴブリンを横に避けながら、木刀で顔面目掛けてフルスイング。ゴブリンは地面をバウンドしながら転倒する。
探索者たちの方を振り返ると、二人が残り四匹のゴブリンと戦っていた。倒れている一人の状況が心配だ。戦っている二人も血を流している。
すぐに加勢に向かおうとした瞬間、俺の足に激痛が走った。
先ほど止めを刺さなかったゴブリンが飛びついてきたのだ。
爪を立てて足に抱き着き、そして噛みついた。
「このやろう!」
俺は足にしがみついているゴブリンの後頭部に木刀の柄の部分で思い切り殴る。その一撃でゴブリンは霧散したが、俺の足には噛みつかれた傷が残った。
「ぐっ……」
噛まれた箇所に激痛が走る。
負傷したのだ。これまで怪我をしないように気を付けていたが、ついに負傷してしまった。
俺は慌てて、まだ止めを刺していないもう一匹の倒れているゴブリンの止めを刺す。
油断してはいけない。これはゴブリンと俺たちの殺し合いなんだ。
痛む足が気になりつつ、苦戦している探索者たちを救うため駆けつける。
探索者を囲む四匹のうち一匹の後頭部を木刀で殴ると、他の三匹が同時に俺の方を向いた。
「君は!」
俺の姿を見た探索者の男が何か言ったが、そっちに気を配っている暇はなかった。
三匹のゴブリンが同時に俺にとびかかってくる。まずい、足が痛くてかわせない。
三匹に同時にしがみつかれた重さで、俺は転倒してしまう。
「くそっ!」
左手で顔と首を防御しながら、体を回転させて体勢を立て直す。
俺は一匹のゴブリンの首を押さえつけながら立ち上がろうとする。
脇腹に激痛。別の一匹が噛みついたのだ。
「このやろう!」
俺は死に物狂いで噛みついたゴブリンに目つぶしをする。指先に眼球を潰す嫌な感触。
攻撃を受けて噛みつくのを止めて悲鳴を上げるゴブリンに覆いかぶさり、左手で頭を固定し、右手であごをつかみ思い切り捻ってやった。
ゴキッと首の骨が折れ、ゴブリンは死んで霧散する。
他の二匹を振り払い、俺は落とした木刀を拾って立ち上がる。
その時、俺は絶望をした。
目の前の二匹だけでなく、どこからかやってきた新手の三匹のゴブリンが、再び探索者と交戦していた。そのせいで彼らは今俺を助ける余裕がなかったのだ。
俺は足と脇腹の激痛に顔をしかめる。負傷箇所が増えた今、このゴブリンたちに勝てるのだろうか?
そんな恐怖を感じながら木刀を握りしめたとき、俺はその感触が少し変わったことに気づいた。
「もしかして?」
俺は覚悟して目の前の二匹に向かっていく。
木刀を一閃。一匹のゴブリンを一撃で倒す。
「やっぱこれって……」
返す刀でもう一匹を倒す。
この感触、さっきまでと明らかに違う。そして一撃でゴブリンを倒している。これは、
「レベル3に上がった?」
俺はそのまま一気に探索者の周りの三匹を蹴散らすのだった。
「はぁはぁ……大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう……林田……」
俺への短い礼の後、彼はすぐに倒れている仲間の方へと駆け寄った。
「林田!大丈夫か!」
林田と呼ばれた人は、体の何か所も噛まれた跡があり、ひどく血を流していた。息も荒い。非常に危険な状態のようだ。
他の二人も体のところどころに傷痕があり、そこから血を流していた。
俺が来るのが遅かったら、全滅していた可能性もある。助かってよかった。
「今ポーションを出すからな、ちょっと待ってろ」
リーダーらしき男が、ポーション……1という字が見えたのでランク1ポーションだろう……を取り出すと、倒れている男の口の中に入れる。
「うっ!」
ポーションを飲んだ林田という男が一瞬うめき声を上げると、傷口の部分がキラキラと光った。
そして光が消えた後、多少息が落ち着いてきたように見えた。
傷口を見るとふさがっているように見えるが……
「ダメだ、傷が深い。いったん戻って救護室へ行こう」
リーダーがそう言う。ランク1では治療しきれないほどの深い傷だったのだろう。
そして軽い負傷をしている二人もランク1ポーションを飲んで自分たちの怪我を治した。
「君も早くポーションを飲んだ方が……」
「あ、俺今ポーション持ってなくて……」
「そうだったのか。気づかなくてすまない。助けてもらったお礼には足りないかもしれないが、受け取ってくれ」
そう言ってリーダーは俺にランク1ポーションをくれた。
ありがたく頂戴して、俺も怪我を治す。
「さっきは失礼なことを言って悪かったね……」
俺の怪我が治ると、リーダーは俺に謝罪した。その顔を見て思い出す。この人、さっき俺に何かあったら助けを呼べと言っていた人だ。
結果、逆に俺が助けることになったんだけど。
「君の事を年下だと思って失礼なことを言ってしまった。ごめんなさい。まだ探索を初めて一年ちょっとしか経ってない素人の俺たちが偉そうにしてしまって……」
「あ、だったら俺まだ十五ですし、最近探索始めたばかりなんで問題ないですよ」
俺は笑顔でそう答えると、相手は驚いた顔をして固まっていた。
「じ……十五?」
「あ、俺ダンジョン学園の学生なんです。だから十五だけど探索者免許持ってるんです」
「いや、そういうことではなくて……」
「それよりもそちらの人を早く救護室へ」
「あ、ああ。そうだな」
そこで俺たちは一緒に帰ることにした。道中謝罪されることしきりで、年上の人から平謝りされて俺は困ってしまった。
救護室へ向かう三人と別れ、俺は岐路へ着く。
しかし今日は楽しかった。一気に第三階層まで探索を進めることができたし、レベルも3にあげることができた。
しかし課題もまだたくさんある。
まず格上の敵と戦う時に、木刀では心許ないということだ。鉄剣ならゴブリンをもっと簡単に倒せた気がする。装備の見直しが必要かもしれない。
そしてポーションの必要性だ。怪我をしなければ必要ないのだが、怪我をした時にそのまま探索を続けることは難しいし、怪我をしたまま帰還するのも大変だ。やはり一つは持っていたい。
だがポーションの価格は高い。ランク1ポーションでおよそ1万円すると聞く。
今日手に入れたマジックジェムを売っても4000円ほどにしかならなかった。
ここまでの交通費が往復で1000円、敗れた探索服を買いなおすにも足りない。つまり赤字だ。今日はポーションをもらうことができたが、もしあれを自分で買っていたら大赤字だ。
稼げる探索者になるには、まだまだ道は遠いと感じた。
帰りの電車に揺られながら、それでも感じたのは、今日の初めてのダンジョンソロ探索が楽しかったという事だった。俺は満足げな気持ちで帰路に就いた。