第35話 新宿ダイブ -Shinjuku Dive-
第二階層からが本番だ!
迷宮というのは、どれも同じようでいて、どこかが違う。
地形、構造、魔物の分布――世界には無数のダンジョンが存在するが、それぞれに個性がある。
だが、東京近郊のダンジョンに限って言えば、少し妙な共通点がある。
なぜか第一階層には、必ずと言っていいほどスライムが出現するのだ。
体色は淡い水色。弱酸性の液体でできたゼリーのような身体。攻撃力も知能も低いが、油断して取り込まれれば呼吸できずに窒息する。
ダンジョン初心者を歓迎するかのように、どの迷宮でも最初に現れるのがこいつらだった。
その点では、新宿ダンジョンも例外ではない。
だが同じスライムが出るとはいえ、地形の構造はまったく違っている。
俺は駅前のショップで購入した「新宿ダンジョン第一階層マップ」を頼りに、迷宮の奥へと歩みを進めていた。
地図は意外と丁寧に描かれていて、曲がり角や広間、階層主の部屋の位置までしっかり記載されている。
もちろん完全に正確ではない。だが初見で迷わずに進むには、これくらいの道案内がちょうどいい。
ただし、地図には「他の探索者」のことまでは書かれていない。
階段を下りた時から、俺の周囲には常に何人もの探索者がいた。
学生服ではなく、革や金属の防具を身にまとった本格装備の人たち。仲間と笑い合う者もいれば、真剣な顔で前方を警戒する者もいる。
学園のダンジョンと違って、ここは完全に“プロの現場”だ。
気を抜けば命を落とす場所。その緊張感が、空気の中にじんわりと溶けていた。
そんな中、俺は一人、地図と木刀を頼りに黙々と進む。
時折、通路の端からヌルリと現れるスライムを木刀で切りつけては、淡い光を放つジェムを回収してゆく。
――特にトラブルもなく、順調だ。
目指すはこの階層の最奥、第一階層の階層主の部屋。
やがて見えてきたその大扉を前に、俺は足を止める。
なぜなら大扉の前には多くの探索者がいたからだ。
中には、目を閉じて気を整えている者、仲間と小声で作戦を練っている者、無言で剣の柄を握っている者もいた。
まるで行列のように並んで立っている彼らの事を不思議に思った俺は、一番近くの人に声をかける。
「あの……ここにいる人たちって?」
「ああ、君は初めてかい?全員順番待ちだよ」
「え?」
なんと、ここのダンジョンでは第一階層主の部屋に入るためには順番待ちをするほど盛況らしい。
「ふふ、びっくりしただろう?第一階層主のヒュージスライムは倒すのに時間がかかるんだ。なんせ大きな体の中にある核を狙うのが難しくてね。実は私は前回倒せなくて逃げ帰ってきてね、今回は二度目のチャレンジなんだ」
「えっ?そうなんですか?」
そういう彼の手には長さ2mくらいの槍が握られていた。
「君の武器はその木刀だけかい?もしかして火魔法が?」
「いえ、スキルは持っていません」
「だとしたらその剣じゃヒュージスライムを倒すのは難しいよ。ヒュージスライムを倒すには長物の武器か飛び道具、それか火魔法と決まってるんだ。知らずに来たんだろう?」
「いえ、それは聞いて知っていますが、俺はこれで二回ヒュージスライムを倒してるんで……」
「え?」
俺のその言葉を聞いて、彼のパーティ仲間であろう横にいた他の二人も俺の方を見てびっくりしていた。
「嘘だろう?ダメだよ、そうやって嘘を付いたら。君にはヒュージスライムはまだ早いよ。レベルは?」
「あ、2です」
「なら大丈夫か……仲間はどこにいるの?」
「いや、一人っす」
「え?」
再び彼と彼の仲間が俺を見る。
「君いくつ?」
「あ、15っす」
「15?」
また驚かれる。なんかこの人たち面倒くさいな……。
「もしかしてダン学の生徒?」
「ダン学……それっとダンジョン学園の略ですか?だったらそうですけど……」
「しかも15ってまだ入学したばかりだよね?ダメだよ嘘ばかりついたら、入学したばかりだったらレベル2のはずないし、ヒュージスライムを倒したことがあるなんて嘘ついたらダメだよ。ダンジョンは危険なんだ。自分の実力をちゃんとわかってないと命が危ないよ」
この人が親切心でそう言ってくれているのは分かるんだけど、全部本当のことなんだよなあ……。
「どうしたら信じてもらえます?」
「……じゃあ僕たちと一緒に階層主に挑戦しようか?君の事は僕たちが守るから、危ないと思ったら引き返すんだよ」
「まあ、いいですけど……」
ということで、なぜか俺は初対面のその人たちと一緒に、階層主の部屋へと入っていくことになったのだった。
「ところで君の名は?」
「あ、一ノ瀬っす」
「一ノ瀬君か。僕は三宮。こっちの二人は小田と土屋だ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
「よろしく」
そうして三宮という人とその仲間たちと雑談をしていると、やがて順番が回ってきた。
まあ時間つぶしという意味では一人で待っているよりも退屈せずにすんで感謝したいと思う。
「それじゃ行くぞ。一ノ瀬君、くれぐれも怪我をしないように気を付けるんだぞ」
「はい」
そして俺たちは、階層主の部屋の扉を開け、その部屋へと踏み出した。
「……それで、どういう手順で行きますか?」
ドーム状の部屋の真ん中に光が差し、ヒュージスライムが現れる。
その出現に三宮たちは緊張しながら武器を握り締めているが、俺はリラックスした態度で彼らにそう尋ねた。
「とりあえず君は僕たちの戦い方を見ているといい。そして参加できそうだと思ったら来てもいいよ。いいかい?決して怪我だけはするんじゃないよ?」
「はい……」
なんかテンションが違う彼らとのギャップにやりにくさを感じつつ、三宮の言う通り彼らの出方を見るのだった。
「いくぞ!」
「おお!」
彼らはヒュージスライムを囲うような位置に立ち、それぞれの持つ槍で攻撃を始めた。
三方向から槍で突く。ヒュージスライムが動いてきたら逃げ、他の二人が槍で刺す。
そんな作業を繰り返しているのだが、どうも腰が引けており槍を深く刺せていない。びびっているからだろう。
「あのー、そろそろ俺もいいっすか?」
「いいけど、気をつけろ!危なければすぐに逃げるんだぞ!」
三宮の許可が出たので俺も近寄っていく。そして俺は手首を使って木刀を高速で振り回した。
ヒュージスライムの表面を削るのに早く削ろうと、俺は腕全体で振るのではなく、手首のスナップを効かせてサッサッと削っていく。いいぞ、これは速い。自己最速記録が出そうだ。
三宮はというと、俺の奇怪な動きに驚いていた。
ヒュージスライムは俺を脅威と感じたのか、俺の反対側へと移動を始めた。
「逃げんなよ!」
俺は徒歩でそれを追いながら、相変わらずシュッシュッと木刀を高速で振るう。
少しずつ削れていくヒュージスライム。
三宮たちはもはや驚いて立ち尽くしていた。
その時、一瞬核の位置が近づいてきた。
俺はその一瞬のチャンスを見逃さず、ヒュージスライムの体に腕をめり込ませるくらいの勢いで木刀を突いた。
自分で言うのも変だが、見事に俺は核を破壊し、はぜるようにヒュージスライムの体は崩壊して崩れて消えた。
転がっているヒュージスライムのジェムを俺は拾う。
「よっし!どうですか?信じてくれましたか?」
俺は振り返って三宮たちを見ると、三人とも口を開けてこっちを見ていた。
「あ、ああ……」
部屋の真ん中には、第二階層へと続く階段が出現していた。