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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第一章 迷宮と少年たちのはじまり -The Beginning of Labyrinth and Youths-
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第3話 東京ダンジョン学園

 迷宮探索――それは命を賭けてダンジョンに挑み、財と名誉を手に入れる仕事。

 本来、探索者としての活動は18歳からしか認められていない。

 若いほど才能が伸びるが、同時に若いほど死ぬ確率も高いからだ。

 そんな矛盾を解決すべく設立されたのが、迷宮探索者養成機関──迷宮探索者養成学園、通称「ダンジョン学園」だ。

 全国に2校しかないそのひとつ「東京ダンジョン学園」に、俺は今、足を踏み入れた。


 俺の名前は一ノ瀬(いちのせ)獅郎(しろう)

 俺は中学を卒業後、この東京ダンジョン学園に入学した。

 一般的な会社に就職するよりも高額なお金を稼ぐことのできる迷宮探索者という職業の人気は高い。それに比例して優秀な探索者を育成するダンジョン学園の人気も高く、入試は高い倍率となっている。

 正直俺は学力はギリギリで、運動能力だけで受かったと言っても過言ではない。そういう意味ではこんな健康な肉体に生んでくれた両親には感謝している。


 地元を離れ東京郊外の都市にあるダンジョン学園の寮に入り、新しい生活が始まる。

 すでに引っ越しは済ませ、制服に着替えた俺は、晴れて入学式を迎えるダンジョン学園の門をくぐった。

 学園内を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「一ノ瀬君!」


 振り向くとそこには、同じ中学出身の女子、早坂(はやさか)柚乃(ゆの)がいた。


「早坂。おはよう」


「おはよー!私たちみたいに地方から出てきてると、同じ中学の人がいて安心するね」


「そうか?俺はあんまり人とつるまないから気にしないけど……」


「そっか……確かに一ノ瀬君って、中学の時もボッチだったね」


「ひどい……」


 俺がからかわれてへこんだ顔をすると、早坂は満面の笑みを浮かべた。

 そんな彼女の横にはポニーテールの背の高い女子が立っていて、一緒に笑っていた。


「えっと、そっちは?」


「あ、紹介するね。同じ新入生の瀧川(たきがわ)伊織(イオリ)さん」


「はじめまして。瀧川だ。よろしく」


 身長170cmくらいある彼女は、男性のような言葉遣いで挨拶してきた。


「俺は一ノ瀬シロウ。よろしく。早坂とは同じ中学出身なんだ。ところで二人はいつの間に知り合ったの?」


 今日は通学初日。同級生が顔を合わせる機会などなかったはず。もしかして昨日寮に引っ越す時に知り合ったのだろうか。


「ユノとはさっき校門で知り合ったばかりなんだ」


「え?」


「おんなじ新入生みたいだったから声をかけちゃったんだ。ね、イオリ」


「ああ」


「ちょっと待って?それでもう名前呼び?どんだけコミュ力高いんだ?」


 俺は人とつるむのがあまり得意ではなく、積極的に人に話しかけるのも苦手だ。

 早坂のようにすぐに仲良くなるなんてちょっと信じられない。

 そういえばこいつ中学の時も友達が多かった気がする。


「私も友達がすぐにできるか不安だったんだが、ユノがフレンドリーに話しかけてくれたおかげで助かったんだ」


 どうやら早坂が特別なだけで、瀧川は俺と同じタイプのようだ。

 俺は強く同意する。


「だよね」


「三人とも同じクラスになるといいね!」


 早坂のその言葉に、俺は少し冷静に答える。


「なるだろどうせ」


「え?なんでわかるの?」


「知らないのか?俺たちのような一般庶民はDクラス確定のはずだぞ」


「なんで?」


 早坂は本当に何も知らないという顔をしていた。

 そこで俺は説明を始める。


「まあ……Aクラスは有力貴族か超エリート、B・Cはその腰巾着。俺たち一般人は、成績関係なくDクラスが定位置って聞いたぞ」


「そうなの?そんなのおかしくない?」


「おかしいと言われてもそういう仕組みみたいだから、俺に言われても困るな」


 早坂は俺と同じく地方の出身のため、東京のような大都会でどれだけ貴族と庶民に格差があるのか理解できていない。法律でも建前上ではこの国の国民はみな平等と言ってはいるが、実際には上級国民と庶民では全く待遇が変わるのだ。


「でも一緒のクラスになれるならよかったじゃないか」


「そうね!」


 瀧川にそう言われ、早坂は急に機嫌が直って表情を緩めた。とりあえずは怒りが収まってよかった。

 そしてその足で三人で中庭へ向かい、張り出された入試の点数とクラス編成表を確認した。


「点数張り出す系なの?この学校……」


 中学の時にはこういう公開処刑みたいな制度がなかったので良かったが、どうやらダンジョン学園は成績を重視しているらしく、今時こうして点数を公開しているようだ。

 筆記テストと体力テストの両方の結果が張り出されているが、そして中学の時には中の中の成績だった俺の学力テスト点数は、この学園ではどうやら底辺の成績のようだ。

 目を凝らして他の生徒たちの点数と見比べていくが……どうやら本気で俺がビリなのかもしれない。

 だが体力テストの点数は……どうやらクラス1番っぽいぞ。


「本当に三人ともDクラスだね」


 俺と違って筆記テストも体力テストそこそこの点数だった早坂は、クラス編成の方が気になったのかそうつぶやく。

 本当は平民でも、面接の時に貴族制度に賛成でどこかの派閥に入って積極的に貴族を支えたいと答えていたらCクラスになるらしいが、俺は全く興味がないと答えたし、早坂も性格的にみんな平等であるべきだとか答えていたのだろう。

 瀧川も俺と同じで貴族には興味なさそうだと思ったが、やはりDクラスだった。

 なぜならCクラスに入るような奴は今頃必死で派閥に入る貴族を選定しているか、すでについていく貴族が決まっていれば俺たち何かと話す暇もなくそいつの取り巻きをしているはずだからだ。


 そこで俺たちの目の前にいる男子二人組が、クラスが同じだったからかガシっと肩を組んだ。


「同じクラスだなキョウヤ。今年もよろしくな!」


 肩を組んだ黒縁メガネのイケメンが、嬉しそうな表情で隣の男にそう言った。

 だがそう言われたこちらもイケメンの男は何か不満げに腕を組んでいた。


「やはりDクラスか。これだけ入試の点数が取れていてもあからさまに下位クラスになるなんて、この学園は明らかに一般市民を差別している……」


「まあでもいいじゃないか、総合主席。クラスはDクラスでも、入学生代表の挨拶はおまえがやるんだから」


「当然だ」


 どうやら彼も俺たちと同じDクラスで、しかも入試の成績が学年主席のようだ。

 俺は成績表の点数を見る。一番成績の良い名前は紫村(シムラ)響哉(キョウヤ)と書かれていた。たぶん彼がそうなのだろう。

 それにしても筆記テストも体力テストもどちらも高得点だ。文武両道とは彼のことを言うのだろう。

 まあ体力テストは俺の方が少し勝っているけどね。

 それにしても主席入学になると、入学式で代表して挨拶しなきゃいけないのか。面倒くさそうだ。

 そんなことを思っていると、左から数人の集団がこちらに向かってやってきた。


「紫村キョウヤさんはあなたかしら?」


「……そうだけど?」


 集団の真ん中にいる、少しウェーブのかかったロングヘアーの女子が紫村に声をかけた。

 どうやらこの集団は彼女の取り巻きで、俺の目の前にいる紫村君に用事があるらしい。

 関係ない俺はそそくさと後ろに下がろうとした時、彼女の口から謎の言葉が発せられた。


「私は九条(くじょう)(ヒカル)。あなた、新入生代表の挨拶を私と代わりなさい」


 なんでだ?代わってくださいなら分かるが、なんでそんな面倒な役を自ら受けたがる?

 不思議に思った俺は、彼女たちの会話に引き付けられていた。


「なぜ君と代わらなきゃいけない?入試の主席は僕だよ」


「ホホホ、筆記試験だけならあなたは私より点数が低いでしょ?筆記の主席は私なの。学年の代表は学力が一番高い者がするべきじゃないかしら?」


 なんと!彼女は筆記試験の主席なのだそうだ。なんか頭悪そうなしゃべり方だと思ってしまったが、どうやらとても頭が良いかすごく勉強をがんばっている人なのだろう。俺は彼女への印象を少し改める。

 だが紫村君は九条ヒカルのその言葉は許せなかったようだ。


「新入生代表は筆記試験と体力試験の合計点の主席がやるきまりだよ。それに文句があるなら僕にではなく先生に言ってよ」


「だからあなたに言ってるのよ。そういう決まりだけれど、あなたが自ら辞退すると言えば、教師も納得するのではなくて?」


「僕は辞退する気はないね」


「あら?筆記試験も体力試験もそれぞれ単独で見たら別の人が主席なのに、総合で主席を名乗ってあなた恥ずかしくないの?」


「なんだと?」


 そう言われた紫村は表情を変える。慌てて隣にいるメガネ君が彼を抑える。


「落ち着けキョウヤ」


 紫村君より俺の方が体力テストの点が良かったし、筆記試験はこの九条ヒカルの方が上だというなら、紫村君はトータルバランスタイプなのだろう。九条ヒカルが頭脳派、俺が脳筋タイプということか。

 そしてどうやら紫村君は直情的、メガネ君は冷静なタイプのようだ。

 紫村君の動揺に九条ヒカルはニヤリと笑う。


「あなたは成績は良くても心が未熟なようね。やはりしっかりとした教育を受けていないからそうなるのかしら?」


 このお嬢様煽ってくるね。かなり気が強い性格のようだ。そして言われた紫村君はこぶしを握り締めているところを見ると、心中穏やかではないようだ。確かに今年の主席君は心が未熟なのだろう。


「おまえふざけるなよ!」


「あら?だんだん言葉遣いが荒くなってきたわね?本性が出てきたのではなくて?」


 おそらく紫村君がキレたら九条ヒカルの取り巻きが彼女を守るだろう。そしてそんな事になったら紫村君は新入生代表を降ろされるどころか、下手したら退学になる可能性もある。あまり関わり合いになりたくないが、これは止めた方がいい。

 そう思ったがまだ俺が躊躇していると、俺より先に早坂が動いていた。


「そんな意地悪な事言わなくてもいいじゃないですか?あなただって体力テストだけだったらもっとたくさんの人に負けてるんでしょ?」


「あら?あなたは?」


 突然の早坂の闖入に、当事者の紫村と九条だけでなく、一連の流れを見守っていた周りの生徒たちも驚く。


「私はDクラスの早坂です。彼は代表挨拶を譲るつもりはないって言ってるじゃないですか?諦めてください」


「早坂さん、あなたには関係ないのではなくて?」


 次の瞬間、九条の取り巻きが早坂を取り囲むように移動する。危険を察知したのか、早坂は俺に助けを求めてきた。


「ね、一ノ瀬君もそう思うでしょ?」


 全くそうは思いません。

 早坂は俺の後ろに隠れる。なかなか強かな女だ。

 俺は両手を前に出し、九条の取り巻き立ちを抑える。


「まあまあ、みんな落ち着いて!」


 俺の後ろでは瀧川がクスクスと笑っていた。

 笑ってる場合じゃないよ!


「君たちもDクラスか?たぶんこの女は貴族だ。君たちも貴族の横暴は許せないと思うだろう」


 紫村が俺たちに話しかけてきたが、その言葉に取り巻きが嚙みついた。


「ヒカル様に『この女』とは何事だ!ヒカル様のご実家は九条公爵家だぞ!」


「だから何だというんだ!その態度が横暴だと言っているんだ!日本国憲法ではすべての国民は法の下で平等だと謳われているだろう!」


「建前はな!実際にこの国を支えているのは貴族だというのは事実だろう!」


「君がそれが分かっているならこの国の貴族支配は憲法違反だということだ!そしてそれに加担する君たちも犯罪者だ!」


「なんだと!」


 やばい、何かヒートアップしてきた。

 周りの生徒たちもそれぞれ貴族派と反貴族派がいるだろう。このまま紫村が乱闘を始めようものなら、多くの生徒たちを巻き込むことになってしまうかもしれない。


「やめ……」


 俺が止めようとした時、大きな声が後ろから響いた。


「何をしている!」


 ざわついていたその場の雰囲気が、その言葉で一変する。

 その場にいる全員が、その声の主に視線を移した。

 生徒の一人が彼の事を呟く。


「生徒会長……」


 生徒会長、その呼ばれた男は、三年生だとしたら俺たちの2歳年上のはずだが、もっと大人びた印象を受けた。

 背も高く体格も良い。その精悍な顔立ちは老けているわけではないが、俺たちと比べたら立派な大人に見えた。


「何をしているんだと聞いているんだ。ヒカル?おまえも関係あるのか?」


「お兄様……」


 先ほどまでは強気だった九条ヒカルが何だかオドオドしている。兄と呼んだということはこの二人は兄妹なのだろう。

 すぐに答えられない九条ヒカルに代わり、一人の取り巻きが答えた。


「スグル様。ヒカル様はこの庶民に入学式の代表挨拶を代わってやると提案していたのです!」


「挨拶の交代?なぜだ?」


「それはヒカル様が……」


「お前には聞いていない。ヒカル!質問に答えろ。なぜお前が彼の代わりに代表挨拶をするのだ?」


「それは……」


 そんな九条兄妹の会話に、紫村が割り込む。


「僕は代表挨拶を譲るつもりはない!例え生徒会長、あなたから命令されても、僕は学園側から代表挨拶をしてくれと言われたんだ」


「なるほど……」


 九条兄は紫村を振り返り、彼をじっと見た。そして再び妹へと向き合う。


「……だそうだ。何か言いたいことはあるか?」


 九条ヒカルは悔しそうで悲しそうな、複雑な表情を浮かべると兄からの問いに答える。


「何もありません!」


 そして身をひるがえすと、校舎へ向かって足早に歩いて行った。

 取り巻きたちも慌てて彼女の後を追う。

 妹が去ってゆくのを見送ると、生徒会長は両手をたたき、その場にいる生徒たちに声をかける。


「さあ、クラス編成が分かったものたちから教室へ移動するんだ!もたもたしていると入学式に間に合わないぞ!」


 そこにできていた人だかりは、慌てるように移動してゆく。

 生徒会長も、何事もなかったかのようにすぐに去っていった。

 その後姿を、紫村とその友人のメガネ君が恨めしそうに睨みつけていた。

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