第28話 九条ヒカル 2
「やっぱり一流の迷宮探索者になるなら、道具も一流のものを使わないとね」
「おお!かっこいい!」
A組の教室では、買ったばかりの鋼鉄の剣を自慢している生徒がいた。彼の名は望月アキヒロ、子爵家の長男だ。
「いくらしたんですか?」
「10万ちょっとかなぁ、まあこれくらいの金額普通だろう」
その剣の値段を自慢気に語る望月。
男子というものはこういうものが好きなのか、望月の周りに男子生徒が集まってくる。
「10万かあ、小遣いで買うにはちょっと高いなあ」
「何を言ってるんだ君、これくらいの金額なんて未来の自分への自己投資だよ。将来10万なんて簡単に稼ぐようになるんだから」
「確かに」
周りからほめたたえられ、鼻を高くする望月。
みんなが羨むのも仕方がないだろう。まだ入学したばかりの一年生は、ほぼ全員が学校から支給された木刀を使っているのだ。
「でも鋼鉄の剣って重すぎて振り回すのが大変なんじゃない?」
「これくらい余裕さ!」
望月はそういって剣を構えた。そして数回素振りをする。ここに教師がいたら教室内で武器を振り回すことを注意されていたのだが、今は誰も注意する者がいなかった。
「ふう……確かに木刀よりも重いけど、慣れれば問題ないさ」
その素振りを見た周りの男子生徒から、おおー!と感嘆の声が漏れる。
その声に満足をした望月は、嬉しそうに言葉を続けた。
「次は防具もそろえていかないとね。武器はこの鋼鉄の剣さえあれば10階層でも通用するからね」
「なるほど~」
望月のそれっぽい発言に、同級生もそういうものかと相槌を打つ。
同級生たちより一歩先んじていることに望月はさらに機嫌をよくする。
そんな望月の視界に、席に座っている九条ヒカルの姿があった。望月は思わずヒカルに声をかける。
「九条さんはどんな武器を使っているんですか?公爵家なら、さぞすごい武器なんでしょう?」
声を掛けられヒカルは振り返る。同時にその横に座っていた如月メイも振り返る。
「私は……」
ヒカルが何と答えるのかニヤニヤとした顔で待ち構える望月。
望月は知っていた。ヒカルがスライムを倒すことにすら手こずっていたことを。どうせ大した武器を使っていないせいだと考えていたのだ。
「私は木剣を使っているわ」
「木刀?!」
大きな声でそう言う望月。
馬鹿にしたような言い方に、メイはイラつく。
「公爵家令嬢であるヒカル様がみんなと同じ安い木刀を使ってらっしゃるんですか?」
「私の木剣は兄から譲っていただいた特別なもので……」
そんなヒカルの説明に耳を傾けず、望月はさらに毒づく。
「もっと良い武器を使えばいいのに……あっそうか!非力なヒカル様には高級な武器はまだ使いこなせないってことかな?」
「貴様……」
望月の態度に怒りを覚えたメイが思わず立ち上がる。だがすぐにヒカルが手を伸ばしてそれを制止した。
メイはヒカルの顔を見て、動きを止めた。
「やれやれ、ヒカル様はしもべのしつけもできていないんですか?」
「メイはしもべじゃないわ。私の親友よ。言葉をわきまえなさい」
「ああ、すいません!いつもお嬢様~って言って後を付いて行くんで、勘違いしちゃいました」
へらへらと笑いながらそう謝罪する望月。メイは怒りをこらえこぶしを握り締めている。
だがメイ以上に怒っていたのはヒカルも同じだった。
「あなたいい加減になさい。メイが怒ったら私にも止められないわよ」
ヒカルは立ち上がって望月の正面と向き合い、そう言い放った。
だがその言葉に噴き出す望月。
「ああ、すいません!怒らせちゃいましたか」
望月が笑うのも無理はない。如月メイは彼らが怖がるような容姿をしていないからだ。
背が低くかわいらしい顔をしたメイは、ヒカルの護衛というよりもマスコットのように感じているのだろう。だが実際は如月メイの戦闘力は高い。特殊な訓練を受けている彼女は、同じレベル1の同級生なら簡単に制圧できる戦闘技術を持っている。
そんな一触即発な雰囲気を制止したのは、近くに座っていた生徒だった。
「望月、やめたまえ」
「億本さん……」
彼の名は億本ダイキ。このA組次席で副級長をしている。
「新しい武器を自慢したいのは分かるが、教室でトラブルを起こさないでくれ」
「すいません」
億本は伯爵家であり、望月よりも爵位が高い。またヒカルと違って億本は実力派だ。異常に高い学力によってヒカルがこのクラスの首席であるが彼女は戦闘力が低い。クラスメイトからは、トータルで見たら億本こそがこのクラスのトップだと思われている。
そのためその億本から何か言われたら、望月も従わざるを得ない。
「九条さん、先ほどは失礼な態度をとって申し訳ありませんでした」
望月は態度を改めヒカルへと謝罪した。
「あなたの謝罪を受け入れるわ。気にしないで」
そして望月を素直に許すヒカル。メイはまだ許せず望月をにらんでいた。
そこでその場は収まるかと思った。……だが、
「望月、そんなに新しい剣を自慢したいのなら、九条さんに戦うところをみせてやったらどうだ?」
「え?ええ、それもいいですね」
「どういうことかしら?」
突然億本が妙な提案をしてきた。そして疑問を投げかけるヒカル。
「九条さん、あなたも会長からいただいたという剣やその親友をバカにされて悔しいのなら、その力を彼に見せてあげればいい。これは僕からの提案なんだが、今日の放課後、君たち三人で一緒に探索してみたらどうだろう?クラスメイト同士の親交も深まるだろうしね」
億本は自分以外の全員を見下しているのだ。
自分の実力ではなく武器を自慢する望月を、腕力のないヒカルを、ヒカルの後を付けている見るからに弱そうな小柄なメイを。そしてその三人で探索をすれば、誰かがミスをする。もしくはいがみ合ってトラブルを起こす。自分の目の届かないところで不祥事を起こして脱落してくれればいいと考えていたのだ。
そんな億本の真意に気づかない望月は、その提案を快諾した。
「いいね。九条さん、如月さん、二人に僕の戦いぶりを見せてあげますよ。男子はね、女子とは違うんですよ」
そして望月もまた、ヒカルとメイを見下していた。
明らかに自分よりも華奢な二人が、迷宮探索などという危険な仕事は自分より劣るはずだと。
そして彼らの提案を断る口実に困っていたメイより先にヒカルが口を開いた。
「いいわ。一緒に探索しましょう」
「ヒカル様?」
予想外の返答に、メイは驚く。
「クラス対抗戦までにクラス一丸となっていないとね。普段は同性同士でしか探索ができないから、男子生徒と交流を持つ良い機会だわ」
ヒカルがそう言ってしまったら、メイには断ることができなかった。
自分の策に簡単にかかるそんな三人を見て、億本はほくそ笑んでいた。




