第27話 ヒュージスライム
「レベル2?」
ユノが俺のレベルに驚きの声をあげる。
「いつのまにレベル2になったのよ?まだ迷宮に入ったばっかでしょう?」
そうなのだ。俺のレベル2というのは明らかに異常なことなのだ。この学園のカリキュラムでは、一学期の四か月をかけて全員をレベル2まで上げる。多少の個人差はあるだろうが、探索初日にレベル2に上がった俺は例外中の例外だ。
「初日にアシッドスライムと戦った話は知ってるだろ?」
「……もしかして」
「そうだ。アシッドスライムの経験値が髙かったからだろう」
俺の説明に三人は納得した表情を浮かべた。普通のスライムを100匹前後倒してレベル1から2に上がるのがこの学園でのやり方だ。俺がアシッドスライムと戦ったのは全くのイレギュラーだったが、そのおかげで俺は誰よりも早くレベル2に到達したのだった。
「じゃあ、シロウはあのヒュージスライムを倒せるの?」
「たぶん!」
自信満々の声で、なぜかあまり自信のなさそうな内容を返答する俺。
でもまあ何とかなるだろう。
そんな俺たちの目の前で、ヒュージスライムは俺たちを襲ってくるわけでもなくその場でプルプルと震えていた。
「危ないだろうから三人とも下がってろ」
俺の言葉を聞き、ユノとマイカは後ろへと後退する。
だがイオリだけは一歩前に踏み出してきた。
「イオリ?」
「私にも協力させてくれ。私の腕がどれほどのものか試したい」
その言葉を聞いて少し考える。ヒュージスライムを倒すにはレベル2が適性と言われている。だが学園が推奨しているということは、大きな怪我をせずに確実に倒すことができるレベルということだ。だとしたら多少の危険はあるものの、レベル1のイオリでも十分に戦える可能性はある。そもそも俺自身レベル1から2に上がってどれくらい強くなったのかわからないくらいだ。レベル1と2にそれほど大きな違いはないのではないだろうか?
そういう考えに至り、俺はイオリの参戦を容認することにした。
「分かった。危ないと思ったらすぐに下がれよ」
「おう!」
猛々しい返事をするイオリ。気合十分だ。
そして未だプルプルと震える巨大なゼリー状の物体に向かって俺たちは踏み出した。
まずは俺が木刀を振り下ろす。通常のスライムなら軽く小突く程度で倒せるが、ヒュージスライムには木刀がその表面を切っただけでどれだけのダメージを与えたか分からない。そして不定形のスライムの体には傷がついているようにも見えなかった。
「ダメージあるのか?」
俺が疑問に思っていると、その横でイオリも木刀を振り下ろす。やはり俺が攻撃したときと同じ反応だ。
そして攻撃してきた俺たちに対して、敵と認識したヒュージスライムは、その大きな体を波打たせながら俺たちに近寄ってくる。
軽くバックステップで距離を取りながら、俺は一撃、二撃と木刀で攻撃を繰り返した。
だがバシャバシャとまるで水を叩いているかのような感触で、ダメージを与えられているかどうかわからない。
横目でイオリの様子を見るが、俺と同じようにヒットアンドウェイで攻撃をしていた。
まるでダメージを与えられていないとしたらどうしたらよいだろうか?スライムの弱点と言われる火の属性の攻撃をする用意はなにもない。物理攻撃だけでどうしたらよいものか?
実は第一階層主がこのヒュージスライムだと言う事だけは予習して知ってはいたが、ではどうやって倒すのかということについてはまだ予習していなかった。こんなことなら先に教科書を熟読しておくべきだった。
「シロウ!」
そんな時、イオリが俺を呼ぶ。
「こいつ、削り取るように攻撃するといいかもしれないぞ」
そういうイオリを見ると、ヒュージスライムの体表を少しずつ切って削り取るように攻撃していた。切られて体表から削り落ちた部分は地面に落ち消滅した。
「なるほど!」
どういう理論か知らないが、とにかくそうすればよいと分かったなら行動するまでだ。
俺はレベル2の実力を見せるため、連続してヒュージスライムを削るように攻撃する。
バシバシと何度も何度も攻撃し、その体表を削り取ってゆく。
じわじわと体が小さくなるヒュージスライム。だが終わりは見えない。
「ちょっとずつ小さくはなってるんだろうけど、きりがないな……」
攻撃しながら俺はそうぼやく。俺のつぶやきを聞いたイオリは何か気づいたようで俺に声をかけてきた。
「シロウ、あそこに何か核のようなものがないか?」
イオリに言われてヒュージスライムの体内を観察する。すると、からだの奥の方に黒い塊のようなものがあるのが見えた。
「なるほど!きっとあれが弱点だ!」
だがヒュージスライムの体は厚く、核まで木刀が届きそうにない。
だとしたら先ほどの戦法の続きだ。
「核に辿り着くまで削り取るぞ!」
そう言うと俺はがむしゃらにヒュージスライムの体を切り取り始めた。レベル2の強さを見せてやる!バシバシバシバシと木刀を連続で振るう。そして俺はヒュージスライムの核への距離を少しずつ縮めていった。
あと少しで核へと木刀が届くのではないかと思えるようになった時、変化が起こった。
ヒュージスライムの体が波打つと、体内の核が奥へと移動していったのだ。
「あっ!」
俺の連続攻撃に危険を察知したのだろう。その現象に俺は愕然とした。
だが、その次の瞬間、俺の反対側に回っていたイオリが、自身の方へと移動してきた核へと木刀で突きを入れたのだ。
ばっしゃ!
核を突かれたヒュージスライムは形を保てなくなり、液体となって飛散した後、消滅した。俺たちは勝ったのだ。
先ほどまであった水たまりは全てヒュージスライムに吸収されきっていて、そしてヒュージスライムが消滅した今、そこにはヒュージスライムのマジックジェムだけが残されていた。
「イオリすごーい!」
先ほどのイオリの善戦を、駆け寄ってきたユノが全力で讃えた。
「イオリちゃんすごい!」
マイカも同じく絶賛する。
二人の友人に褒められ、嬉しそうなイオリ。
そして俺は思う。
「ちょっと待ってください。俺もだいぶ活躍したと思うんですけど……」
ユノとマイカにほぼスルーされた俺は、思わず敬語で語りかけてしまう。
とどめを刺したのはイオリだったけど、俺が攻撃したから核がそっちの方へ行ったわけで……。
「レベル2のシロウよりレベル1のイオリの方が頼り甲斐があるね!」
わざと俺に聞こえるようにそう言うユノ。
かわいそうな人間を見る目で俺を見るマイカ。
「う……」
俺は何も言い返せない。
「そんなことはないぞ、シロウがいたからこそヒュージスライムを倒せたんだ」
ありがとうイオリ。
もちろんユノも冗談だったようで、後で感謝してくれた。
こうして、多少のトラブルがありつつも、マイカの水魔法の練習は終わった。