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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第一章 迷宮と少年たちのはじまり -The Beginning of Labyrinth and Youths-
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第23話 百田マイカの悩み

 この学園の食堂はでかい。というか校舎の中に食堂があるのではなく、食堂だけで一つの建物がある。初めて来たときはちょっと驚いたものだ。全生徒を合わせても300人程度だと思うが、二階建てのこの広い食堂には全ての生徒が座ってもはるかに余る座席がある。二階は豪華になっていて、料金が高いらしい。給仕もおり基本的に貴族たちが利用している。そして一階は俺たち庶民が利用している。貴族と分かれているのだから食堂は快適だ。

 そしてここの給食は旨い。小学校の時の給食はただ量が多いだけだった覚えがあるが、このダンジョン学園の食堂はかなり味にこだわって作っていると思われる。

 テーブルには仲の良い者たちが集まって一緒に食事をしているが、俺はいつもテラス席に出て食べている。みんな屋内で食べているため、基本外にはだれもおらず、静寂を好む俺には快適な場所なのだ。雨が降った日は仕方なく中に入るしかないが、普段はこのテラス席は俺の貸し切りなのだ。


 今日もそのはずだったのだが、なぜか今は俺の隣に早坂が、向かいには百田と瀧川が座っていた。


「もー!聞いてよ!鮫島さんったら意地悪なのよ!」


「あ、はい……」


 どうやら今日の探索の時に揉めたことの愚痴を言いたくて俺のところに来たらしい。


「一ノ瀬君も見てたでしょ?なんで助けてくれなかったのよ!」


「いや、俺が行くと鮫島がさらに機嫌悪くなると思って……」


 早坂はクラスでもすでに仲の良い友人が多くいるようだが、こういった愚痴を言う時は付き合いの長い俺の方がよいのだろう。

 だからと言って、俺としては女子三人と一緒に飯を食うのは少し恥ずかしいのだが……。


「いつもこの三人で探索できればいいんだが……」


 瀧川がそう呟く。百田たちがもめている時に瀧川の姿はなかった。今日の授業では瀧川はまた違うパーティーだったようだ。


「そうよね。合わない人と無理やり組まされたって、仲良くできるわけないもんね」


 二人がそう話している横で、百田は食事に手を付けず、静かにうつむいていた。


「マイカが悪いわけじゃないんだから、気にする必要ないよ!」


 早坂の励ましに、百田は返事をできずにいた。俺も何と声をかけてよいかわからない。

 重い沈黙が続く中、百田が重い口を開いた。


「私……この学園辞めようかな……」


 突然の告白に、食事をしていた俺たちの手が止まった。

 そう言った百田はとても悲しい顔をしていた。


「なんで?マイカが辞める必要なんかないって!鮫島さんから言われたことなんか気にしちゃだめだよ!パーティーも今後鮫島さんとマイカが組むことがないように私から先生にお願いしとくよ!」


「そうだ。学校を辞めるほどのことじゃない」


 二人が引き留めると、百田は自分の心の内を語り始めた。


「鮫島さんがいじわるだからってだけじゃなくて、私やっぱり探索者に向いてないのかなって思うんだ。ほら、私スキルもうまく使えないし、デブだから動きもトロくさいし、何やってもダメだから……」


「そんなことないよ!」


 すぐに否定する早坂だったが、百田が言うことにも一理あるのかもしれない。


「ねえ、一ノ瀬君からも何か言ってあげてよ!」


 こういう時に俺に振るのは止めてほしい。ずるい女だ。こいつは大人になったらさらにずるい女になりそうだ。


「あ……」


 三人が俺の顔を見るので、何かしゃべらなければいけないだろう。


「俺は百田が言うことにも仕方ないかなとも思う」


 俺は正直に答えた。


「何でよ!」


 期待していた言葉が聞けず、早坂が怒る。百田は黙って俺の言葉に耳を傾けていた。


「この学園は普通の高校と違うんだ。迷宮探索は場合によっては命に係わる。ついていけずに中退する生徒も一定数いる。だから百田が自分が向いていないと思うのなら、辞めるのもありだと思うんだ。それにどうせやめるなら早めに普通の高校に転校した方がいい」


「そうだよね……」


 俺の言葉に静かに肯定する百田。


「そんな言い方しなくてもいいじゃない!何で引き留めてあげないの?」


 逆に早坂は俺の言葉に憤る。

 俺が何も言わずにいると、百田が早坂を止める。


「ごめんねユノちゃん、私が悪いの。怒らないで」


「マイカは悪くないよ。学校を辞める必要なんてないよ!一ノ瀬君もそう言ってよ!」


 悲痛な早坂の言葉に、俺は何も言い返せない。


「イオリだってそう思うでしょ?」


「私は……それはマイカ自身が決めることだと思う。私はマイカの事をダメだとは思わないし辞めなくてもいいと思うが、もしマイカがもう迷宮探索をしたくないと思っているのなら仕方ないと思う」


 瀧川は俺と同じ考えのようだ、無理に百田を引き留める気はないらしい。

 だが早坂は百田を引き留めるのをやめない。


「マイカだって本当は辞めたくないんだよね?私たちと一緒なら大丈夫でしょ?」


「ユノちゃん……」


「だって、探索者を辞めたら病気はどうするの?意味がないじゃん!」


「ありがとう。でもどうせ私は魔法がうまく使えないから……」


 ……病気ってなんのことだ?


「まあ健康に支障がないのなら、ダイエットだけ諦めてしまえば……」


「でも折角この学園に入学できたんだし……」


「ありがとう二人とも……」


 なんだか三人の会話に置いて行かれている気がする。


「なあ……、病気って何の話だ?」


 俺の言葉に、三人が同時に俺の顔を見た。


「マイカの魔力堆積症のことに決まってるじゃない!」


「魔力堆積症?」


「ユノちゃん……、実はそのことは二人にしか話してないんだ……」


「あっ、そうなんだ」


「何なんだ魔力堆積症って?」


「一ノ瀬君に話してもいい?」


 早坂が百田に聞くと、百田は静かにうなずいた。


「マイカはね、魔力堆積症っていう病気で、体内に溜まった魔力が内臓脂肪に変換されやすい体質なんだって。健康には害がないらしいんだけど、魔法を使って魔力を消費しない限り痩せられないみたいよ」


「そうなのか?」


 百田に尋ねると、俺の問いに頷いた。

 初めて聞く病名だった。

 そういえば百田のこの学園に入った志望動機はダイエットだと言っていたような覚えがある。俺はダイエットしたいのなら別に他の方法がいくらでもあるのになと思ったのだが、今聞いた話が本当なら百田がこの学園に入った理由も納得できる。


「つまり、魔法をうまく使って体内に溜まった魔力を消費しなければ痩せない体だってことなのか?」


「うん……」


 百田は恥ずかしそうに頷いた。


「食べ過ぎっていうわけでもなく?」


「何言ってんの!マイカはすごく小食なんだから!」


 俺の質問に対し、百田の代わりに早坂が答えた。そしてその答えを聞いて、俺が大きな勘違いをしていたことが分かった。

 俺は百田が痩せたいのなら、摂取カロリーを控え消費カロリーを増やせばいいのにと思っていた。でもそれは違った。

 俺は内心で、痩せたいと言っていた彼女をバカにしていたかもしれない。そんなの食べるのを我慢し、頑張って運動すればいいのにと。彼女が怠惰なだけだと勘違いしていた。

 そう言えば、百田が朝ランニングしているところに会った事もあった。

 彼女は食べる量を減らし運動をし、痩せようと努力していたのだ。病気のせいで痩せられなかっただけなのだ。


「ごめん!」


 思わず俺の口から謝罪の言葉がこぼれた。

 唐突に謝る俺に、百田は何の事だか分からず困惑していた。


「ど、どうしたの?」


「病気の事を知らずに、痩せたいって言っていた百田のことを俺は痩せる努力が足りないって思ってた」


「そ、そんなの、知らなかったんだから仕方ないよ」


「前に百田が朝走ってる時に会ったことがあったよな。飯もたくさん食べないようにしてるって言うし、放課後魔法の練習をしてるところを見たこともあったのに。そんなに努力してるのに、百田の事を努力が足りないなんて思ってた。ごめん」


「だ、大丈夫だよ……」


「いーや、許さん!」


「え?」


 百田の言葉をなぜか早坂が遮り、俺のことを許さないと言ってきた。


「なんでお前が?」


「マイカのことをバカにして、許さん!」


「なんでお前が怒ってるんだよ!」


「もうこうなったらあれだな」


「なに?」


「許してほしかったら一ノ瀬君には手伝ってもらうしかないな。マイカの魔法の練習を。みんなで一緒にマイカの魔法の練習に付き合おう!」


「どうしてそうなる?」


 俺も驚いたが、唐突な早坂の提案に百田も困惑している。瀧川は笑っているが。


「マイカが魔法をうまく使えるようにならないのは、一人で練習してるからなんだよきっと。みんなで協力すればきっとうまくいくよ!だから退学するのはちょっと待とう!」


「おまえそれは……」


「何?やなの?」


 そう聞かれて考える。俺に断る理由はなかった。


「……いや、協力させてくれ。百田、もうちょっと一緒にがんばってみよう」


 瀧川が百田の肩に手を置いてほほ笑む。百田は俺たちの顔を見て、泣きそうな表情で答えた。


「みんな、ありがとう……」


 そしてなぜか今日の放課後に、百田の水魔法の練習のため、早坂、百田、瀧川の三人と一緒に迷宮にもぐることになった。

 話が決まると俺たちは慌てて給食を食べるのだった。

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