第19話 スキル検証
ダンジョン入り口のホールは円形になっており、広さは体育館くらいある。中央にスキルボードが置かれた台座があり、入ってきた入り口の反対側にはダンジョン第1層の入り口となる下り階段がある。
俺がスキル『スキル偽装』の能力を検証しようとダンジョンの入り口に来てみると、一足先に来ている生徒がいた。スキルの練習だろうか?今日が初めてのダンジョン探索したばかりだというのに勤勉な生徒もいるものだ。
先に来てる生徒はホールの隅にいるので、見られることはないかもしれないが、スキル偽装のことはなるべく秘密にしたい。念のため俺はダンジョンへと降りていくことにした。
もう一人の生徒を注意深く見ながらダンジョンの入り口へと進む。するとその生徒の頭上に大きな物体が浮かんだ。
ふよふよと形を変えながら浮かぶその物体は水。
よく見るとその生徒はクラスメイトの百田マイカだった。
スキルの授業でうまくいかなかったので、自主練をしているのだろう。
がんばれよと心の中で呟きながら、俺はダンジョンの第一層へと降りて行った。
おそらくダンジョンが解放された初日からダンジョンへともぐる生徒は俺くらいのようだ。
誰もいないダンジョン第一層で、なるべく人目につかなさそうな場所へと移動した。
さて、このスキル偽装というスキル。俺の幼い記憶の中では、そのスキルを非表示とすることでスキルボードに映らないようにすることができた。つまりスキルを持っていないかのように見せることができるということだ。だがスキル名が、隠蔽ではなく偽装というところが気になる。
ただ所持スキルを隠すだけのスキルなら、名称は『スキル隠蔽』でもいいはずだ。偽装というのだから、持っていないはずのスキルを持っているようにすることができたりもするのだろうか?
そんなことを考えながら、ホールの行き止まりの壁へとたどり着く。まずは記憶の通りに、スキルボードを使わずにステータスを表示できるか、どうしたら表示したり消したりできるかを調べてみよう。
あの時は何もせずに突然ステータスが現れた。ボーっとしてみるがステータスは表示される気配もない。もしかしてステータスと言葉に出して言わなければいけないのだろうか?なんか恥ずかしいのでそれは最後の手段だ。
とりあえずステータス表示しろと念じてみる。
一ノ瀬シロウ LV2▶
スキル:スキル偽装(非表示)▶
パーティー:なし
「出た!」
思わず声が出てしまった。
慌てて手で口を押さえる。万が一誰かがいたらまずい。気を付けよう。
ともかく、俺の目の前にステータスが表示されていた。どうやらステータスを表示したいと念じるだけで出るようだ。毎回ステータスと言葉を唱えずに済んで本当に良かった。
おそらくこのステータスを表示するというのも、このスキル偽装の能力の一つだ。本来はスキルボードを使用するか、解析スキルで他人のステータスを覗くしかない。いちいちここに来てスキルボードを見なくてもいいというだけでも一つ有益な能力だ。
それでは、書いてある内容を確認しよう。
スキル欄には、スキルボードに表示されていなかったスキル偽装(非表示)の文字が。
実際にこの目で確認して、何とも言えない感動を覚えた。
おそらくこれはこれからの俺のダンジョン探索を支えてくれるすごいチートスキルに違いない。
そしてもう一つ、俺の目を引く新しい情報があった。
『LV2』
そう。いつの間にか俺はレベルが2になっていたのだ。
本来4月から7月の4か月間かけて、スライムをおよそ100匹倒してレベル2に上がる。
それを俺は今日たった一日探索しただけでレベル2になっていたのだ。これはおそらくすごい事だ。
その理由を考えてみる。
5歳の時に一日だけ父と体験したアリゾナダンジョンでは魔物を一匹も倒していない。だから経験値は取得していない。
そして今日倒したのはスライム一匹とアシッドスライム一匹だけだ。
そういえばアシッドスライムは本来第一階層には出ないと聞いた。それにスライムと比べてとても強かった。
スライムの経験値を1とすると、もしかしてアシッドスライムの経験値はおよそ100なのではないか?
だからアシッドスライムを一匹倒しただけでレベル2に上がったのでは?
強い魔物を倒すほど経験値が大きいのなら、学園の一学期は第一階層しか探索できないというのはひどく効率が悪いように思えた。どれくらい危険か分からないが、第二階層で戦った方が早くレベルアップできるのではないのだろうか?その分安全なのだろうが、俺はそこまで安全じゃなくても効率を重視したいと思ってしまう。
ともかくレベルアップしたことを考えるとアシッドスライムの件はラッキーだった。レベル2となったことでどれだけ俺は強くなったのだろう?強さの確認も楽しみだ。
と、レベルアップの喜びの余韻に浸ってばかりいても仕方がない。俺はスキルの検証に来たのだった。
俺は記憶と同じように、ステータスのスキル偽装という文字を人差し指で触る。
すると表示が切り替わった。
スキル偽装◀
・スキル偽装・・・非表示
これも記憶の中と同じだ。
俺はスキル偽装の文字をクリックする。
スキル偽装◀
・スキル偽装・・・表示
スキル偽装の文字がグレーから黒に変わり、非表示の文字も表示へと代わった。
ここまでは記憶と全く同じだ。
それから何度か同じ操作を繰り返してみたところ、クリックするたびに表示と非表示を切り替えることができた。
そして……それだけだった。
俺の唯一持っているスキル、スキル偽装を表示したり非表示にしたりできるだけだった。
もしかして他のスキルを持ってないと全く意味のないスキルなのでは?
俺は愕然とした。
なぜなら新しいスキルを手に入れる確率は天文学的に低い。
俺がアリゾナダンジョンでこのスキルを手に入れたのは、本当にたまたま運が良かったからだ。
一億分の一の確率で魔物からスキルオーブがドロップするか、最先端の探索者となってまだ誰も足を踏み入れたことのない階層まで探索をして偶然スキルオーブを見つけるか。はっきり言ってどちらも現実的ではない。
つまり俺が新たにスキルを獲得できる確率は限りなくゼロ。だとするとこのスキルは全く意味のないスキルだということになる。
「はあ……」
思わずため息が漏れる。
紫村が自分の雷魔法がハズレスキルだと自虐的に言っていたが、俺のスキル偽装の方がよほどハズレスキルだ。紫村の雷魔法の方がよっぽど使い道があると思う。
でもまあ元々スキルなんて無い人間の方が多いのだ。最初から無かったと考えればいい。
いやこうしてスキルボードを使わずにステータスを確認できるだけでも役に立つ時が来るはずだ。
そう自分を慰めながらステータス画面を見る。
そういえばこの三角マークは何なんだろう?何か意味があるのだろうか?
スキル偽装◀
・スキル偽装・・・非表示
俺は今まで下段をクリックして表示と非表示を切り替えていたが、上段の『スキル偽装◀︎』を触ってみた。
一ノ瀬シロウ LV2▶
スキル:スキル偽装(非表示)▶
パーティー:なし
ステータス画面がスキルボード上に表示される初期状態に戻っただけだった。
なんだ、それだけか。
よく見ると三角の向きが反対になっている。
つまり右向きの三角がこの先の表示へ、左向きの三角が元の表示へ変わるということなのだろう。
そして、あることに気付く。
レベルの横にも右向きの三角マークがついているのだ。
俺は『LV2▶︎』を触ってみた。
レベル◀︎
・LV2/2▼
表示がレベル表示だけに変わった。レベル表記が2/2となっている。そしてその右側に下向きの三角マークもある事に気付き、そこを触る。
レベル
・LV1/2▲
レベル表記が1/2に変わった。もしかしてレベルが1になってしまったのだろうか?
右側の三角の向きも変わっているので、もう一度クリックしてみる。
レベル◀︎
・LV2/2▼
表示が元に戻った。もう一度クリックして表示をLV1/2にした後に、上段の『レベル◀︎』をクリックして元の画面に戻ってみる。
一ノ瀬シロウ LV1▶
スキル:スキル偽装(非表示)▶
パーティー:なし
やはりレベルが1になっていた。これは実際にレベルダウンしているのか、それともステータス表示だけなのか、後で検証が必要だろう。
とりあえずレベルは2に戻しておく。
この後スキルボードでも確認したところ、スキルを非表示にした時にはスキルなしとなり、表示とするとスキル欄に『スキル偽装』と表示された。
分かったのは、スキルの表示の切り替えと、レベルの表示も今のレベル内で変える事ができるということだ。
どんな場面で役に立つのか知らないが、とりあえず自分のスキルでできることが分かっただけでも良かった。
今日はこんなもんでいいか。そう思い、俺はダンジョンを出た。
入り口では百田がまだ水魔法の練習をしていたので、邪魔をしないよう静かに通り過ぎた。




