第149話 探索者服を買いにきたら、なぜか紫村が・・・
新宿駅南口の改札を抜けると、週末の人混みが俺たちを出迎えた。
スーツ姿のビジネスマン、買い物袋を提げた主婦、制服姿の学生たち。様々な人々が行き交う中を、俺たち四人も人の流れに乗って歩き出す。
今日は紫村、千堂、赤石の三人のレベリング目的で新宿へやってきた。目標は新宿ダンジョンの第三階層を探索して、三人をレベル3にすることだ。
紫村は未だレベル1。先週紫村は心が折れそうになりながらもカズマさんに救われ、まもなくレベル2に到達できそうなところまできた。千堂と赤石はレベル2。今日の探索で順調にいけば、三人ともレベル3になれる予定だ。
「今日は俺が新宿ダンジョンを案内するから、安心して付いてきてくれよな!」
俺は三人に向かって、できるだけ頼もしく聞こえるように言った。
「頼もしいな」
紫村が微笑んで応える。
「僕も新宿ダンジョン、というか学園のダンジョン以外の探索は初めてだからよろしく頼むよ」
「任せとけ!」
俺は胸を張った。
新宿ダンジョンへは何度も来ているから、もう地図アプリを使わずとも駅からどうやって行くかはお手のものだ。いつものルートで大通りを進めば、迷うことなく到着できる。
「そういえば、千堂は槍を買いたいって言ってたな?」
歩きながら、俺は千堂に声をかけた。
「ああ。今日は第一階層主のヒュージスライムに挑戦するんだろう? ヒュージスライムと言えば槍で倒すのがセオリーだからな」
千堂が頷く。確かに、ヒュージスライムの弱点である核を攻撃するには槍の間合いとリーチが有利に働く。
「まあ、槍じゃなくても色々倒し方はあるんだけどな。俺もなんか良い防具があったら買おうかな」
「それならこっちの方にお店が色々ありそうだよ?」
紫村がそう言って、大通りから一本外れた脇道を指差した。
見ると、確かにいくつか店が並んでいるのが見える。いつも俺は大通りをまっすぐ新宿ダンジョンへ向かっているため、そっちの方には行ったことがない。
「行ってみよう」
千堂がそう言うと、三人はさっさと脇道へと歩き出した。
「あっ、待って……」
俺は慌てて三人の後を追った。
案内するって言ったのは俺なのに、なんだか逆に案内されているような気がする。
「このお店とかいいんじゃないか?」
紫村が立ち止まったのは、ガラス張りのおしゃれな店舗の前だった。
「ああ、このブランド知ってるよ。有名なお店じゃないか」
千堂が頷く。
入り口には「BLACK SWAN」というロゴと黒い白鳥のシルエットのマークが描かれていた。おそらくそれがお店の名前なのだろうけれど、すまんが俺は全然知らんかった。
お店の入り口にディスプレイされているのは探索服というより、普通のアパレルショップに並んでいそうな服に見える。シンプルで洗練されたデザインの上着やパンツが、マネキンに着せられている。
「ここ普通の服屋じゃないの?」
俺は思わず声を上げた。
「ケブラー素材で刃物を通さないって書いてあるな。普通の服じゃないのは確かだろう」
赤石がディスプレイの横に貼られた商品説明を読み上げる。
よく見ると、確かに「特殊繊維使用」「耐刃性能」といった文字が並んでいた。見た目は普通の服なのに、ちゃんと探索者用の機能を持っているらしい。
無骨な探索者用品店なら気軽に入れるのだが、こういうセレクトショップみたいなおしゃれな店に足を踏み入れるのは、なんだか躊躇してしまう。
俺がディスプレイを眺めていると、三人はさっさと店内に入って行った。
ま、待ってくれ!
「一ノ瀬君、中を見てみようよ」
戸惑っていると、店内から紫村に呼ばれた。
紫村のこういう人を引っ張っていくリーダーシップには驚愕してしまう。躊躇している俺を自然に誘い込む、あの笑顔と声のトーン。
もし俺が女子だったら、惚れてしまうところだ。
……それにしてもおかしい。俺は今日、こいつらの『引率役』としてここに来たはずだ。それなのに、入り口のマットを踏むことすら躊躇っている俺は、どう見ても迷子のおっさんだ。
そんなことを考えながら、俺は観念して店内へと足を踏み入れた。
店内にはやわらかいジャズが流れている。なんというか、俺が今まで買い物したことのあるお店と違い過ぎて、なんだか異世界に来た気分だ。
「一ノ瀬君、このジャケットなんかどうだい?」
紫村が良さげなジャケットを手に取って俺に見せてくる。
アウトドアなデザインのフード付きの黒いナイロンジャケット……いや、ナイロンのはずがない。高性能な繊維なんだろうきっと。
黒い生地の上から胸に同色で白鳥の刺繍がしてある。同色じゃ見にくいんじゃなかろうか?と思うのだが、たぶんそれがおしゃれなのだろう。知らんけど……。
紫村が商品説明を読みながら言う。
「防刃ジャケットだって。本当に刃物でも切れないのかなあ?」
やはりナイロンではなかった。それにしても防刃ジャケットか。
以前グレイウルフに噛まれて大けがしたことがあったが、それを着ていたら大したことが無かったのかもしれない。あの時はジーンズが穴だらけになったっけ。そう思ったら、防刃のパンツが欲しくなってきた。
「それのパンツはないのか?」
「あるんじゃない?店員さんに聞いてみようか。すいませーん」
防刃繊維のパンツがあれば、噛みつきも怖くないはずだ。
店員を探しに店の奥へ行った紫村の後を、俺も付いて行った。すると……
「だからせっかくファッション誌に取り上げてもらえるんだから、いつもの無骨な写真じゃなくて、もっとおしゃれな写真じゃなきゃダメでしょう!」
「そんなこと言っても今からモデルの手配してたら間に合わないぞ……」
何やら店員が揉めているようだ。
「すいませーん!」
そんな店員の雰囲気を気にせずに紫村が声を掛けた。どんだけ肝が据わってるんだ?
「あっ、はーい!」
紫村に呼ばれた店員は、すぐに接客モードになり出てきた。さすが接客のプロだ。
「防刃素材のパンツってありますか?」
「ええ、もちろん。うちで取り扱っているものは、ほとんど防刃素材なんですよ。ボトムスはこちらです……」
店員がパンツが置いてある一角を促しながら、その視線はじっと紫村を凝視している。
何があった?
すると突然店員は紫村に声を掛ける。
「あなたも迷宮探索者?」
「え、ええ……」
「もしよかったら、ウチの製品を着たところの写真を撮らせてもらえないかしら?」
「え?」
「実は今度ウチの商品を若者向けのファッション雑誌に取り上げてもらえることになってね。今まで探索者向けのカタログとかでの露出はあったんだけど、こういうのは初めてで。で、ウチの商品の着用写真って、無骨な探索者が着たものしかなくって、あなたみたいなきれいな顔した子が着た写真が欲しいのよ」
ーー探索者服を買いにきたら、なぜか紫村が雑誌掲載モデルにスカウトされている。




