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東京ダンジョン学園  作者: 叢咲ほのを
第九章 遅咲きの雷 -Late Blooming Thunder-
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第139話 紫村がいない日

 ぽっかりと空いた紫村の座席を見て、俺は不安を感じていた。

 昨日、医務室で城之内先生に怒られた後、紫村は無言のまま帰って行った。あの様子は明らかに普通ではなかったからだ。

 もしかしたら、最初の退学者が紫村になるかもしれない……そんな予感が頭をよぎった。

 そもそもこの学園は普通の学校ではない。高等学校教育を受けながら、迷宮探索者として訓練を行う場所だ。迷宮探索の実技では、自らが大けがをする可能性もあり、魔物を殺すという暴力行為を学ぶ。毎年心を病んで辞めていく生徒が一定数いると言う。

 辞めていく生徒を止めるつもりはない。人それぞれ適性があり、探索者として向いていないのなら、無理して続ける方がよくない。

 だが、紫村が辞めると想像した時、胸に引っかかるものがあった。紫村はこんなところで諦めるような人間じゃないと俺は感じるのだ。


 ずっと考え事をしたため内容がさっぱり頭に入ってこなかった一限目の現国の授業が終わると、俺は千堂マモルの席へと向かった。

 紫村の親友の千堂なら、多少は事情を聴いているだろうと思って。

 千堂の席の周りには、俺だけじゃなく、赤石、ユノ、マイカも集まってきていた。


「君がキョウヤの事を心配してくれているなんて、意外だな」


 俺が声を掛けると、千堂は少し驚いた顔をして答えた。


「昨日の試合で、俺がきっかけを作っちまったからな」


 俺は申し訳なさそうに言った。


「いや、そうじゃない」


 千堂は首を横に振る。


「君は何も悪くない。完璧主義のキョウヤは、自分が許せないんだ」


 それから千堂に少し事情を聞いたところ、紫村がなかなかレベルが上がらず焦っていたこと、そんな時にB組の生徒たちが迷宮の中にまで邪魔しに来ていたこと、彼らからの蔑みの言葉にさすがの紫村も自信を失いかけていたことを知った。

 そしてそんな紫村が自信を取り戻すために俺に試合を挑んできたのだとも。


 その話を聞いて、俺は昨日の戦いを思い出す。

 だからといって俺がわざと負けて紫村が喜ぶはずもない。それでは、最初から本気で向かっていけば結果は違っただろうか?

 ……答えは出ない。それに、過ぎてしまったことを今さら後悔しても仕方がない。


「なあ千堂、今日の授業が終わったら、一緒にお見舞いに行かないか」


「俺も一緒に行っていいか?」


「私たちも……」


 俺が千堂に紫村の見舞いに行こうと誘うと、一緒に話を聞いていた赤石やユノ達も一緒に行くと申し出てきた。

 千堂は安堵したように頷いた。


「ああ、一緒に行こう。確かに心配なんだ。キョウヤは小学校から中学校にかけて無遅刻無欠席だった。そんなキョウヤが休むなんて、よほどのことだと思う」


 そこへ、教室のドアが開いた。

 俺が視線を移すと、そこに立っていたのは1ーAの如月メイだった。

 メイは俺を見つけると、不機嫌そうに顎をくいっとやって俺を呼ぶ。


「悪い、ちょっと行ってくるわ」


 そう言って千堂たちを別れ、俺は廊下に出る。

 メイが来てるということは……、と俺が想像した通り、そこには九条ヒカルの姿があった。

 A組の公爵令嬢が、わざわざD組の教室に来るのは珍しい。


「呼び出してごめんなさい、一ノ瀬さん」


 ヒカルは申し訳なさそうに俺にそう告げた。

 そんなヒカルの斜め後ろで、メイが不機嫌そうに俺を睨んでいる。

「ヒカル様をわざわざここまで来させて」とでも言いたげだ。

 そんなメイを見て俺はちょっと笑いそうになるが、それをこらえ、ヒカルに答える。


「いや、いいけどどうした?」


「紫村さんのこと、心配で」


 ヒカルは真剣な表情で言った。


「最近、B組の嫌がらせがひどいと聞いたのですけれど……今日は大丈夫なのかしら?」


「ああ、実は今日休んでるんだ。レベルアップが遅れてるのと、B組のやつらの嫌がらせで精神的に参ってるんじゃないかな」


「そうなのね。私の方からB組の生徒に注意した方がいいかしら?」


「いや……それはちょっと待ってくれ。本当の問題はそこじゃない。紫村自身が自信を取り戻さないことにはどうしようもないんじゃないかな。もしお嬢の力が必要になったら、また相談に行かせてくれよ」


「分かったわ」


「わざわざ心配してきてくれてありがとな!」


「とんでもないわ。それと、お兄様にも相談してみるわ。兄も紫村さんみたいにレベルアップに苦労したことがあったと聞いたことがあるから、何か力になれることがあるかもしれないと思うの」


 そう言ってヒカルとメイと別れた。

 噂を聞きつけて、わざわざ様子を見に来てくれたのか。


・・・・・・・・


 放課後、俺が千堂たちと一緒に教室を出ようとした時、廊下に毒島と沼部が立っていた。


「あれー?今日は首席殿はいないのかい?」


 毒島がニヤニヤしながら言った。

 こいつら今日も紫村をバカにしに来たのだろう。だがあいにく紫村は休みだ。


「まさか、自分の無能ぶりに気付いて学園を退学しちゃったのかい?ブフフ」


 沼部が豚のように笑いながら紫村をバカにしてきた。

 紫村はこんな言葉を毎日聞かされたいたのか?

 俺の中に怒りがこみ上げる。


「無能を自覚できるだけ有能じゃないか、ハハハ!」


「うるせえ!ぶっ飛ばすぞ!」


 あまりにこいつらの言葉が過ぎるものだから、俺は思わず我慢できなくなり声を荒げた。

 俺から放たれる殺気に、毒島と沼部は「ヒッ!」と声を上げてひるむ。


「やめろ、一ノ瀬」


 千堂が俺の腕を掴んで止めた。


「そんなやつらに構うだけ無駄だ」


 確かに千堂の言う通りだ。

 毒島は悔しそうに舌打ちした。


「けっ……今度お前たちが暴力をふるってみろ。灰島君と同じように退学に追い込んでやるからな」


 そんな捨て台詞を残して、二人は逃げるように去っていった。

 あいつらは元灰島のとりまき。今でも俺たちの事を逆恨みしているのだろう。

 悪いのは灰島だし、もう少し建設的な事にエネルギーを使えばいいのに。


・・・・・・・・


 俺たち五人が寮に着くと、紫村が部屋から出てきた。

 意外と普通の顔をしているが、生気がない。気力を失っている表情だ。


「みんな……心配かけてごめん」


 紫村は力なく笑った。


「わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。僕は大丈夫だから、明日は学園に行くよ」


 そんな紫村にマイカが優しく尋ねた。


「紫村君、悩みがあるの?私で力になれることがあったら、言ってほしいな……」


「そうよ」


 ユノも続けた。


「クラスメイトなんだから。例えば怪我の治療なら私に任せて!治癒魔法レベルが2になったから、ダンジョンの外でも治癒魔法が使えるようになったんだよ」


 ユノは紫村に近づき、治癒魔法をかけた。

 柔らかな光が紫村を包む。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ」


 紫村は、自分の体に降り注ぐユノの魔法の光をぼんやりと見つめながら、力なく答えた。

 ユノの治癒魔法でも、心の落ち込みまでは癒せないようだった。


「私たちじゃ力不足かもしれないけど……」


 マイカが言った。


「本当に困ったことがあったら、シロウ君に相談するといいよ」


「なんで俺?」


 急に名前を出されて俺は驚く。


「私の魔力堆積症だってシロウ君のアドバイスで治ったし、ユノちゃんの治癒魔法もシロウ君のアドバイスでレベルアップしたし」


 マイカは笑顔で言った。


「シロウ君に頼めば、なんでも解決するよ」


「いや、それはたまたまで、何でもってわけじゃ……」


 俺は慌てて否定したが、すぐに紫村の方を向いた。


「でも、紫村。俺でもよければ力になるぞ。お前たちだけで解決しないことがあったら、俺にも相談してくれ」


 紫村は、わずかに笑った。


「……ありがとう。その気持ちだけで充分だよ」


 紫村は首を横に振った。


「これは、僕自身の問題だ」


 紫村にはわずかなプライドが残っているのか、俺たちに弱みを見せようとはしなかった。

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