第106話 全体朝礼
今日は朝から全体朝礼が行われるということで、生徒全員が校庭に集合していた。
グラウンドに整列した生徒たちの間を、朝の風が抜けていく。
眠そうな顔、退屈そうな顔。俺もその一人だった。
「皆さん、おはようございます」
学園長の声が拡声器を通して響く。
「今日は大切な連絡が二つあります」
二つ?珍しいな。
「まず一つ目。一年D組の皆さんはご存じの通り、事情があって真島先生が辞められました。現在は医務室の城之内先生が担任を務めてくださっています」
真島、思い出したくない名前だ。どの先生もD組の担任をやりたがらないみたいで、今は城之内先生が臨時で担任をしてくれている。
「しかし、そのため医務室に城之内先生が不在の時間が多くなってしまっています。そこで、D組の副担任として新しい先生をお迎えすることになりました」
新しい先生?
周囲がざわつく。
「新任教師を紹介します。櫛名田ユミ先生です」
壇上に、一人の女性が上がってきた。
ショートカットの黒髪、背筋の伸びた姿勢。スーツ姿だが容姿は幼い。ずいぶん若い女性のようだ。
「櫛名田先生はこの学園の卒業生であり、現在は陸上自衛隊の特殊探索部隊に所属されています。臨時の期間限定となりますが、皆さんよろしくお願いします」
自衛隊?
それは珍しい。学園の教師は探索者出身が多いが、現役の自衛隊員が教師として来るとは。
櫛名田先生が壇上に立ち、マイクに向かって話し始めた。
「皆さん、おはようございます。櫛名田ユミです。短い間ですが、よろしくお願いします」
凛とした声だ。
その瞬間、周囲から声が上がった。
「可愛い……」
「めっちゃ美人じゃん」
「自衛隊って聞いてゴツい人想像してたのに」
確かに、厳しそうな印象とは裏腹に、整った顔立ちをしている。
櫛名田先生は短く挨拶を終えると、壇上から降りた。
そして再び学園長が壇上に戻ってきた。
「それでは二つ目の連絡事項です」
学園長が一枚の書類を手に取る。
「この学園に在籍している三年A組の九条カズマ君と、その妹の一年A組九条ヒカルさんの御父上であられる九条公爵より、学園に百個の毒消し薬が寄付されました」
おお、という声がグラウンド中に広がった。
百個の毒消し薬――それは相当な量だ。
「学園では二年生から第四階層の探索が行われますが、そこでは毒を持つ魔物がいます。昨今キュアポーションの供給不足で入手しづらい状況が続いていましたが、これで第四階層以降の攻略がしやすくなると思います」
毒消し薬は想定よりもずいぶん早く完成したらしい。
聞いた話だと、山下さんのやり方だと一週間かかる乾燥を、フリーズドライ製法で即日でできるようになったのだと言う。
ただしそれだとランク1キュアポーションの効果しかないらしいが、まずはランク1相当の毒消し薬を普及させるのだそうだ。
それでも十分だ。第四階層のポイズンスライムの毒なら、ランク1で十分対応できる。
「そこで、大量の毒消し薬を提供してくれた九条ヒカルさんに感謝状を贈りたいと思います。九条さん、前へ」
A組の列から、ヒカルが前に出てきた。
そして――なぜか俺を睨んでいる。
いや、睨むなよ。
実は今朝俺もお嬢と一緒に職員室に呼び出されて、この話を聞かされていた。感謝状の話を聞いたヒカルは「毒消し薬は私は何もしていない。感謝状を贈られるなら一ノ瀬さんでしょう」と言っていた。
でも俺は毒消し草を見つけただけだ。作っているのは山下さんと九条公爵の会社だ。
だから俺は、公爵の代わりに娘のお嬢が感謝状を受け取るべきだと言って辞退した。
本音を言うと、ああいう前に出てみんなの注目を浴びるのはごめんだというだけなんだが。
お嬢はまだ不服らしく、壇上に上がる前も俺を睨んでくる。
学園長がヒカルに感謝状を手渡す。
ヒカルは不服そうな表情のまま、それでも丁寧に礼をして受け取った。
拍手が起こる中、ヒカルは壇上から降りてきた。
……そんな俺の知らないところで、朝礼を見ていた三年生たちの間でも、別の会話が交わされていた。
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朝礼でそんなヒカルの姿を見ていた九条カズマは振り返り、山縣ケンジに話しかける。
「見たかケンジ?入学してまだ一か月だぞ。なのに全校生徒の前で感謝状を受け取るなんて、私の妹くらいのもんだ」
「はいはい……」
カズマのすぐ後ろに立つ山縣は、呆れたような顔で答えた。
「でも、なぜおまえが受けなかったんだ?家を継ぐ予定のおまえの方がふさわしいだろう」
「私は何もしてないからな。ヒカルが父を連れて毒消し草の確認に行ったんだ。それに毒消し草を発見したのも毒消し薬作りをする人を紹介してきたのもヒカルの友人の一ノ瀬だ。私の功績じゃあない」
カズマが肩をすくめる。
「ヒカルさんの周りには優秀な生徒が集まっているようだな」
「一ノ瀬もヒカルの優秀さに気付いているのだろう」
カズマが誇らしげに言う。
その時、山縣の後ろに立つ鷹宮レナが、二人の会話に口を挟んだ。
「彼女はそんな風には思っていないようよ」
「なんだと?レナ、ヒカルと何か話したのか?」
「昨日、弓術部に来たのよ。剣がうまくいかないから弓を試したいって」
「そうか……」
カズマの表情が真剣になる。
「ヒカルの才能を上手く生かせる方法がみつかるといいんだが。本来私なんかよりもずっと才能があるのだから」
「この妹バカが……」
山縣がつぶやく。カズマは真剣な表情のまま続ける。
「まあまだ探索者になって一か月足らずだ。何が自分に向いていて何が向いていないか、自分の適性をまだ見つけられない生徒も多いだろう。これからみんな努力して自分らしい戦い方を見つけていくものだ……レナ、ヒカルにはそう伝えておいてもらえないか?」
「すでに昨日全く同じことを彼女たちに話したわ」
「そうか、世話をかけるな」
「それにしてもヒカルさんの適正ってなんなのかしらね。持っているスキルは解析で戦闘向きではないようだけど」
「おそらくヒカルの適性は魔法使いだろう。学力がずば抜けて高く、腕力が極端に弱い。魔法使いの特徴だ」
「でも彼女は魔法スキルを持っていないじゃない」
「ああ」
「あなたの御父上の力でスキルオーブを手に入れられないの?」
「そう簡単に言うな。出てきたとしても、なかなか難しいだろう。それに、ヒカルが本当に魔法使いの才能があるのなら、いずれ出会うさ」
「その人に適性のあるスキルが授かるという説ね?でもそれは先天的スキルだけの話じゃないの?」
「いや、スキルオーブも手に入れるべき人物の元に届くらしい。私たちはスキルオーブそのものを見たこともないが、私はその説を信じてるよ」
「そうだといいわね」
朝礼が終わり、生徒たちは教室へと戻って行った。




