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第1話 プロローグ

「先輩、実は僕今度二人目が生まれるんです」

「えっ?まじか!すげーな!おめでとう!」


 後輩からそんなめでたい報告を聞いたのは、二人で昼飯を食いに外に出ていた時だった。


「へへ、ありがとうございます。ちなみに男の子です」

「そうか。じゃあ出産祝いに今日の飯は俺がおごるわ」

「やった!ごちになります。じゃあ先輩にお子さんが生まれたときには、僕がおごらせてもらいますね」

「くっ……子供どころか結婚する予定もねえわ!」

「ワハハ!おごられっぱなしですね!」


 そんなくだらない会話をしながら、目当てのラーメン屋へと歩く。

 しかしこの後輩、まだ20代だというのについに二児の父。一方この俺は40代独身、現在恋人なし。俺とこいつの仲は良いが、境遇はずいぶんと違う。


「先輩は結婚願望とかはないんですか?」

「んー?若いころはあったけど、年を取るほどよくわからなくなってきたな。お前みたいに充実した人生を送ってるやつを見ると羨ましい気持ちはわくけどな」

「そうですか?僕は逆に先輩みたいに独身でいる人がうらやましいっすけどね。先輩は自分で稼いだお金は自分で使い放題じゃないですか?僕は子供の生活費や、これから学費とか必要になってくるし、俺のこれからの人生は子供のために金を稼ぐだけですからね」

「金なー、稼がないといけないなー」

「一応保険には入ってますけど、絶対に死ねないっすからね」

「ほんとだよな。俺はもう両親もいないし、俺が死んでも悲しむ人はだれもいないから俺はいつ死んでもいいけどな」

「やめてくださいよ。先輩が死んだら僕が悲しいっす」

「そう言ってくれるのはおまえだけだよ。餃子もおごるわ」

「やった!」


 空腹を覚える腹がラーメンに思いをはせている時、何やら人込みの方から喧騒が聞こえてきた。


「何があったんだすかね?」


 思わず後輩と声のする方を振り返る。

 散り散りに走り出す人、誰かがあげた悲鳴。何かが起きている。

 すると怒声をあげてこちらへ向かって走っている一人の男が目に入った。

 男は走りながらナイフを振り回している。

 それを見た瞬間、俺はまるで時間の流れが遅くなったかのような感覚を覚える。

 右手に持ったナイフには真っ赤な血がついていた。反対の手にはカバン。ひったくりだろうか?通り魔なのだろうか?平穏な昼下がりに突然現れた非日常。


「どけ!」


 俺たちが並んでいるラーメン屋の列をかけ分けてその先へと向かおうとする男。だが列に並んでいる人たちは、突然のことで対応できずにいる。


「邪魔だ!」


 そう言って男が突き出したナイフの先には、後輩がいた。

 いけない!

 考えるより先に体が動いていた。

 後輩を突き飛ばした俺の腹部には、男が持ったナイフが刺さっていた。

 男は俺の腹からナイフを抜こうとするが、俺は何も考えずにナイフを掴んでいる男の右腕を両手で強く握りしめた。


「離せ!」


 男は慌ててバックを手放して左手で俺の顔を殴る。

 この男を逃してはいけない。そう思った俺は、男の右手をさらに強く握りしめた。

 ミシミシッと骨が折れる嫌な音がする。いたみに悲鳴をあげる男。そして状況を理解した周りにいる男性たちが通り魔の男を取り押さえた。


「先輩っ!」


 倒れ込む俺に後輩が声をかけてきた。

 さっきこの後輩を突き飛ばしてしまったことを思い出し、罪悪感を感じてしまう。


「怪我はないか……?」

「僕のことなんかより……」


 そうだ、人の心配をしている場合ではない。俺はかなり出血しているようだ。体の下には血溜まりができていた。


「怪我がないなら良かった。お前はまだ家族のために稼がないといけないからな……」

「先輩!」

「泣くなよ」


 もしこのまま死んだらどうしよう?

 そう考えた時、俺は特に問題がない事に気づいた。両親も亡くなったし家族もいない。仕事も今はちょうど長期のプロジェクトを抱えていないから引き継ぐような事がない。

 特に未練はない。

 後輩でなく、俺で良かった。心底そう思った。


「先輩……生まれてくる息子に、先輩の名前をもらっても良いですか?」

「バカヤロウ、そんなの良いに決まってるだろ……」


 そこで俺の意識はなくなった。

 黒い闇の中へ吸い込まれるように、眠りにつくように意識は消えていった。


 ……体の感覚がない。これが死後の世界か?それとも夢の中だろうか?

 刺された後の記憶がない。だが今ははっきりと意識がある。

 不思議な感覚だ。

 俺は死んだのかまだ生きているのかが気になって、確認せずにはいられなかった。

 眠っているのなら目を開けよう。

 そう思って自分の体を目覚めさそうと強く念じた。


・・・・・・・・


「いてててて!」


 刺されたはずの腹では無く、なぜか右足に激痛を感じて目を覚ます。痛む足を恐る恐る触ると、骨が折れている感触があった。

 次に周りの状況に身に覚えがないことに気づく。岩で囲まれた洞窟の中のような場所、周りに人はいない。


「何だこれ?」


 頭の中が混乱する。

 痛いのは足だけじゃない、全身に強く打ったような痛みがある。

 とにかく状況を確認する、なぜか右手には木刀を持っていた。頭にはヘルメットをかぶっている。このヘルメットのおかげで頭に強いダメージがないのか?体には打撲のような痛みがあるが、頭痛などはない。

 ほかに持ち物らしきものはなく、見慣れぬ工事現場のつなぎのような服を着ていた。

 折れているのは足だけのようだ。手のひらを握ったり開いたりして異常がないかを確認する。

 ポケットの中も確認したが、携帯電話も見当たらない。病院に行くにはだれか人を呼ばなくてはいけない。とにかくここから出たい。

 木刀を杖にして歩けないだろうか?骨折の痛みで額から汗がにじみ出る中、上体を起こして立ち上がろうと試みる。


「ん?」


 その時、奇妙な物体が視界に入ってきた。

 それは岩の隙間からにじむように現れた。

 鮮やかな水色をした粘液状の物体X。

 どろりと地面に垂れると、じわじわとこちらへと移動してきていた。

 気持ち悪っ!

 1mほど目の前まで接近したとき、思わず手に持った木刀でそれを叩いていた。

 ぐにゃっとした奇妙な感触の後、突然現れたそれは消滅し、なぜかそこには黒い丸い石が一つ残されていた。


「何なんだ一体……」


 俺の頭はさらに混乱していた。

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