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Case4


 

 

 

「え?」

 

 

 

 葵は、たった今自分の目の前で起こった事実をハッキリと認識出来ていなかった。検診という言葉から想像していた内容とはかけ離れた現状に、頭が理解することを拒む。

 

「な、何やってんスか!?」

「落ち着きなよ後輩チャン、大丈夫だから」

「大丈夫な訳ないじゃないスか!?センパイのう、腕が!?」

「事故とかじゃないから安心して」

 

 隣に立つ弥生の冷静さに、焦りを通り越して怒りを感じていた。同僚の腕が飛んだというのになぜそんなにも平然としていられるのか。

 医療技術が発達した現代では、失った四肢を繋ぐことはもちろん、機械化することも出来るようになっていた。とはいえ、今でも変わらず四肢の欠損は大怪我に当たり、決して軽い内容では無いのだ。

 

 そんな現場を、あまつさえ自分の想い人である男の腕が引きちぎられたという状況に、葵は胃の中から酸っぱいモノが込み上げてくるのを感じた。

 

「うっ……」

「……アドバイスは聞いておくに限るよね。ほら、この後だから見といた方が良いよ」

 

 口元を手で抑え、えずくのをひたすらに我慢しながら視線を前に戻す。

 

「!?ア、アノマリー!?」

「正解だけど不正解だね。あれが刀也クンの能力だよ」

 

 男の背後に現れた骸骨を見て、検診中のアノマリー発生という最悪の事態に肝を冷やした葵。その疑問を予想していたようで、弥生は迷うことなく答えた。

 説明が足りていなかったようで、葵は顔を青白くしながら続きを促すように弥生を見つめていた。

 

「私たちが陰暦として活動を始めるにあたって、アノマリーを人間に埋め込むって実験が行われてたんだ。異常なモノに対抗するなら、同じく異常なモノをぶつければいいじゃんってね」

 

「おさらいしよっか。訓練所でも習ったと思うけど、私たちはアノマリーを殺す以外に、捕獲して管理するって仕事もやってる。殺す事で周りに被害を及ぼすようなモノ、管理することで有用に扱うことが出来るモノ、そもそも殺すことが不可能なモノとかね。そんなアノマリーを分析して、人間と融合させるプロジェクトの後生まれたのが、私たち陰暦なんだよ」

 

「刀也クンの能力は、妖怪のがしゃどくろに近い存在って言ったらわかりやすいかな。なにも元からある存在が変異するだけがアノマリーじゃない、空想上の生き物や妖怪、UMAと呼ばれるモノもアノマリーとして出現してるんだ、原理は不明らしいけどね。ほら見てみ」

「……?」

 

 一通りの説明を聞き、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した葵は、恐る恐る弥生から窓ガラスへと視線を移す。

 先程まで大怪我を負っていた如月は、まるで動画を逆再生しているかのように腕が繋がり、辺りに飛び散った血が傷口から戻っていく。ことも無さげに佇んでいる如月を見る葵はどんな感情を抱いているのか、自身も理解が追いついていなかった。

 

「まぁ結局なんやかんやあってプロジェクトは失敗、今はもうやってないらしいけど、今ある分は管理しときたいみたいだから、組織として定期的に検診っていう体でこうやって実験に付き合わされてるんだよね」

「……弥生さんもアレやるんスか?」

「私はあんな風に傷を治せないから別の内容だけどね。……ほんっと趣味悪い」

 

 心底軽蔑したような声色で悪態をつく弥生。それでも、生きる上では仕方がないという諦観も含まれているようで、どこかやるせなさを感じることもできた。

 

 二人の間で気まずい空気が流れる。ひたすらに職員を睨みつける弥生と、気持ちを整理しきれていない葵。ほんの数分だと言うのに、まるで時が止まってしまったかのように感じられた。

 

 

 

 

 

「弥生さん、どうぞ」

「あいよー」

 

 検診を終え、二人の元へ戻るとまるでお通夜かのような空気が漂っていた。この感覚は久々だな、なんてことを考えながら弥生に声をかける。

 

「後輩チャンのケア頼んだよ」

「……任されました」

 

 すれ違いざま耳元で呟かれる言葉に返事を返し彼女を見送る。

 

「……」

「今の葵さんの反応が、恐らく正常な反応なんでしょう」

「……腕、大丈夫ッスか?」

「問題ありませんよ」

 

 肉体は修復出来ても服までは戻すことは出来ないため、片腕だけノースリーブになった状態の腕を差し出す。葵はぺたぺたと如月の腕を触り、無事を確認する。白い肌には傷一つなく、人間的な温かさを持っていることを確認してようやく胸を撫で下ろした。

 細い腕だが、しなやかな筋肉がしっかりとついており、その密度を触るだけで感じることが出来る。思わずふにふにと感触を楽しむ葵だったが、異性に体を触られることの少ない如月は流石に待ったをかけた。

 

「……あの、アオイさん。少しくすぐったいのですが」

「ご、ごめんなさい!」

 

 腕を触るのに夢中になっていた事に気付かず、耳まで真っ赤にした葵は素早く身を引いた。

 

「すみません、やはり言っておくべきでしたね」

「……」

「弥生さんの検診は私のとは違いますので、安心して見ていて大丈夫ですから」

 

 如月が窓ガラスに視線を向けたのを見て、それにならって葵も同じように目を向ける。

 

 部屋の中は、猛烈な吹雪が吹いていた。

 

「彼女が持つ能力は冷気を操るというものです。寒さには強いですが、暑さにはめっぽう弱いので年がら年中薄着なのはそのせいなんですよ。真冬にミニスカサンタのコスプレをしてきた時は流石に笑ってしまいましたね、ははは」

「……あんま面白く無いッス」

「……私にユーモアのセンスは期待しないでください」

 

 後輩を元気付けようとした如月の努力も虚しく、じとっとした眼差しを向けている。葵が面白く思わなかったのは、こんな状況で冗談を言うことなのか、それとも自分以外の女のちょっとえっちな格好を想像したことに対してなのかは半々であろうか。

 

「恐らく弥生さんから粗方聞いたでしょう。……アオイさん、私たちが怖いですか?」

「っ!」

「ずっと殺す対象として見てきたアノマリーを埋め込まれた人間、それが私たちです。そんな私たちに恐怖することは、決して間違った感情ではありません。この組織には、アノマリーによって家族や愛する人を失った方が沢山います。そんな人にとって、私たちは視界にも入れたくないほど気持ちの悪い存在なのでしょう」

 

 如月の言葉を、葵は黙って聞いている他無かった。

 

「もし今後、私たちと仕事をするのが嫌になったら言ってください。上にかけ合えば別の地区へ移動することも出来るでしょう」

「……」

「……ただ」

「?」

 

「アオイさんと居るのは楽しかったので、そうなったら少し、寂しいですかね」

 

 困ったような顔をしながら薄い笑みを浮かべる如月。そんな儚げな表情を見て、葵は自身の行動を省みる。彼も不安だったのだろう、自分たちが拒絶されてしまうことが。他の人のように、恐怖の対象として見られることが。

 

「……少しびっくりはしましたけど、センパイも弥生さんもボクのことを今まで世話して来てくれました。そんな人たちのことをいきなり嫌いになるなんて出来ないッスよ」

「アオイさん……」

「だから、これからも一緒に居させて欲しいッス!」

 

 完全に割り切ることは出来ないが、これまでの時間が無くなった事にはならない。

 

 

「……わかりました、これからもよろしくお願いしますね葵さん」

「はいッス!」

 

「おーつかれぃ」

「終わりましたか」

「どうやら話は纏まったみたいだね」

 

 検診を終えた弥生が二人の元へ戻ると、出ていった時よりも柔らかくなった表情の葵を見てほっとした様子を浮かべている。

 

「弥生さんも、これからもよろしくお願いするッス!」

「そっかそっかぁ!このぉ、可愛いねぇ葵チャンは!」

「わわわ!」

 

 思いのほか慕われていた事に気付いた弥生は、愛しい後輩のことを抱き寄せひたすらにもみくちゃにする。そんな微笑ましい様子を見て安心した如月は、残りの検査を受けるために腰をあげる。

 

「では、採血とその他もろもろを終わらせて早く帰りましょう」

「もう見学する所は終わったから、葵チャンは終わるまで好きに過ごしてていいよん」

「了解ッス!」

 

 小さく敬礼を返した葵は、とてとてとエントランスの方へと走っていった。

 

「良かったね、刀也クン」

「そうですね。あ、弥生さん、今日の夜は焼肉店に行こうと思っているのですがよろしいでしょうか」

「私は大丈夫だけどさぁ、葵チャンにキミの腕が引きちぎられる様子を見せたその日に肉食べに行くのはどうかと思うよ?」

「……配慮に欠けていましたかね」

「欠けまくってるね。なんだかんだ言いつつ抜けてるとこあるよね刀也クン。そんなんじゃいつまで経っても彼女出来ないよ?」

「あまり出会いもありませんし、仕事柄そういった相手を見つけるのはかなり難しいと思いますし」

「自分から行動しないと何も進展しないよ?」

 

 

「私たちは一応普通の人としての機能は備わってるけど、如何せん欲求に対して鈍感なのが偶にキズよねぇ」

「私は特に困ったことはありませんが?」

 

 

 そんな会話をしながら二人は廊下を歩く。姉弟や家族というには少し奇妙な関係性だが、お互いに違和感を感じることもなく今まで過ごしてきた。それが変わることはこれからも無いと信じて。

 

 

 

 

「教官!お久しぶりッス!」

「葵訓練生、いや今はもうエージェントだったな」

 

 屈強な男性に話しかける葵、教官と呼ばれた男も懐かしい顔に不器用ながらも笑顔を浮かべていた。訓練所で教官を務めている五十嵐吾郎は、優等生ながらも問題児の烙印を押されていた葵のことを特に気にかけていた人物であった。葵は他の訓練生や教官とトラブルを起こしていたものの、その優秀さで全てを黙らせてきた。そこでその暴走を抑えることが出来ていたのは五十嵐ただ一人であった。

 

「お前も随分と丸くなったもんだな」

「ボクだっていつまでもあの頃のままじゃ無いんスよ!」

「試験の際にダミーアノマリーを修復不可能になるまでぶち壊した記録はまだ残ってるぞ。最近の報告書を確認する限り、まだ力の調節には手を焼いているようだな」

「そ、それはまだ練習中ッスけど……」

「あの二人の元で働くのは良い経験になるだろう。見て学んで盗め、技術だけでなく心持ちもな」

「教官、センパイたちのこと知ってるんスか?」

「知ってるも何も、あいつらは俺の後輩だからな」

「えぇっ!?」

 

 見知った教官との意外な関係性を知り、思わず声を上げてしまう葵。

 

「そんなの今まで一度も聞いたこと無いッスよ!?」

「配属前に伝えたハズだが、覚えてないのか」

「そ、それは」

「あの時のお前はあまり聞く耳を持っていなかったからな、仕方がないだろう。アイツらが所属していた陰暦は特殊部隊という位置付けで、戦闘しかしてなかったもんだから解体されていざエージェントとして活動していく上で必要な知識なんかが抜け落ちてたんだよ。そんで元エージェントだった俺が一時的に復帰してアイツらの指導役をやってたんだ」

「そんなことがあったんスね」

「如月は愛想がねぇし弥生は生意気だしなかなか大変だったよ、お前なんか可愛らしい方だ。命令違反はしなかったがとにかく面倒くさい奴らだったよ。俺が訓練所に戻る頃にはだいぶマシになっていたがな」

「……やっぱり、ボクはまだセンパイたちのこと全然知らないんスね」

 

 今日一日で多くの事実を知り、キャパオーバー寸前であった葵は己の無知を呪った。半年近く一緒に居たというのに、彼らのことで知っている事は意外にも少ない。信用されていなかったのか、距離を置かれていたのか、そんな考えがぐるぐると葵の脳内を回っていた。

 

「まぁそんな思い悩むな」

 

 そんな思考は教官の声によって遮られる。

 

「アイツらの事が知りたかったら直接聞いてやればいいさ。特に嫌な顔はしないだろう」

「で、でも、やっぱり知られたく無い事とかあるんじゃ……」

「そん時は深く踏み込まなきゃ良いだけの話だ。いいか、以心伝心なんて言葉は信用ならねぇ。相手のことを知りたきゃらちゃんと言葉を使って会話をしないといけないんだよ。そうやってうじうじしてっと、いつか後悔することになるぞ」

「……同じようなこと、弥生さんにも言われたッス」

 

「そりゃあ俺の後輩だからな」

 

 自信満々に胸を張って答える教官を見て、葵は今まで俯いていた顔を上げた。教官の顔は自信に溢れており、傷だらけの顔はどこか誇らしげだった。

 

「ありがとうございます、教官」

「おうよ。さぁさ、行った行った。そろそろ検診が全部終わる頃だろう」

「は、はいッス!」

 

「また顔見せに来いよ」

「っ!」

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

 男は走り去っていく少女が見えなくなるまで軽く手を振っていた。廊下の角を曲がり姿を見失った所で、ふと呟きをこぼす。

 

「ほんっと、手がかかる奴らだな」

 

 少し呆れたような、それでも確かな慈愛を見せる表情を浮かべ、男は教官室へと戻って行った。

 

 

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