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Case3


 

 

「刀也クン、上から技能検診の通知届いてたよー」

「もうそんな時期ですか」

「技能検診?」

 

 山林地帯の任務から数日後、今日の見回りを終え休憩室で待機している男にそんな言葉が投げかけられる。

 

「えぇ。アオイさんは私達が陰暦と呼ばれていたことは知っていますね」

「はい」

「陰暦として活動をするにあたって、我々はそれぞれ固有の能力を付与されました。その能力は少々特殊なモノですので、定期的に検診を行い異常が無いかチェックするんですよ」

「話には聞いてたッスけど、ボクまだセンパイたちの能力見たこと無いんですけど」

「そりゃあココ最近は能力使うまでもないザコしか出てこなかったからね」

「まぁ使わないに越したことはないんですがね」

 

 大きめの茶封筒の中身を確認しながら会話を続ける。どうやら検診は明日行われるらしい。

 

「アオイさんは明日オフですから、ゆっくりと休んで下さい」

「センパイたちがいない間はどうするんスか?」

「それなら心配ありません。この周辺はあまり強いアノマリーも出現しませんし、万一の時は代理のエージェントが直ぐに向かえるよう手配されていますので」

「そうなんスね……あのっ!」

「ん?」

「ボクも明日ついて行ってもイイですか?」

「特に構いませんが、よろしいのですか?せっかくのオフなのに」

「センパイたちの能力見てみたいですし、もし良かったら連れて行って欲しいッス!」

 

 検診が行われるのは訓練所、我々が以前通っていた場所であるため特に問題は無い。能力を見られて困るということも無いし、今後一緒に働く上でお互いのことを知っておくのも良いだろう。

 

「分かりました、では明日一緒に訓練所へ行きましょう」

「了解ッス!」

「後輩チャンも物好きだねぇ」

「弥生さんは訓練所嫌いなんスか?」

「私は大っ嫌い」

「え、えぇ……」

「まぁまぁ、そう邪険にせずとも」

「刀也クンはどうなのさ!?」

「私ですか?特に好きという気持ちはありませんが、そこまでの忌避感は無いですね」

「あそこの職員は私達のことをモルモットとしか思ってない。実験が成功するか否か、それしか考えてない奴らの集まりよ?」

「それが仕事ですから、割り切るしか無いでしょう」

「でもさぁ!?」

 

 それからも弥生さんの愚痴が止まることは無かった。やれ対応が悪いだの、やれ体を見る目がいやらしいだの。女性と男性で対応の差がある可能性は捨てきれないが、このまま愚痴を聞いていたら永遠と続くことになるだろう。

 

「ではアオイさん」

「ちょっとぉ!まだ私の話終わってないわよ!?」

「明日の朝八時に訓練所のエントランスで落ち合いましょう」

「了解ッス」

「それでは今日は解散します、各自帰宅してください」

「ねぇ刀也クンってばぁ!」

「弥生さんもいつまでもゴネてないで早く帰ってください。検診は義務なんですから拒否権はありませんよ」

「そんなこと言っても嫌なもんは嫌なのよぉ……」

「……では、明日の検診後にご飯でも行きましょうか」

「……奢り?」

「はい、私が持ちますよ」

「やりぃ!!」

「アオイさんはどうします?プライベートの時間を大事にすることも大切なので、無理に参加しろとは言いませんが」

「も、もちろん行くッス!」

「そうですか。ではそのようにお願いします」

 

 そう言い終えた男は今度こそ荷物を纏め扉から外へ出ていった。

 

 

 

「あの鈍感を振り向かせるのはなかなか大変だぞぉ?」

「な、なんの事ッスか!?」

 

 男がいなくなった部屋には女子が二人。三人集まれば姦しいとは言うが、部屋の空気を見るに二人でも十分事足りている様子だ。

 

「バレてないと思ってた?私からしたら矢印向けてるの分かりやすくてドキドキしちゃうもん」

「うぅ〜……」

「刀也クンは気遣いは出来るんだけど恋愛には疎いからねぇ。もっと分かりやすくアプローチしないと気付いてくれないよ?」

「……弥生さんは良いんスか?」

「私?」

 

 質問を投げかけられた女は後輩の言葉の意図が読めず、ただひたすらにきょとんとした表情を浮かべている。前後の文脈からも読み取ることが出来なかったため、思い切って聞いてみることにする。

 

「なんで私が出てくるのさ?」

「だ、だって!弥生さんセンパイと距離近いし、結構仲良さそうにしてますし!そりゃセンパイだって弥生さんと居た方がお似合いですし、私も身体には自信あるけどやっぱり弥生さんには勝てないし……」

「ぷっ、はははは!!」

「な、なんで笑うんスか!」

「私と刀也が?無い無い!」

 

 葵が配属されてから約半年、随分と仲良くなったとは思っていたがその気持ちまでは知ることは出来なかったらしい。まさかそんな風に思われていたとは思ってもみなかった。

 

「私たち姉弟みたいなもんだから、そんな感情持つこと無いってぇ」

「で、でも!」

「物心ついた時から訓練所で一緒だったし、家族みたいに接してたから今さら刀也クンを男として見るのは無理かなぁ。それに私はもっと可愛らしい子が好みだし、守ってあげたい系の。刀也クンなんて死地に放り込まれても返り血浴びながら帰ってきそうだから論外よ」

「そうだったんスか……」

「なぁにホッとした顔してんのよ、現状は何も変わってないんだからね?」

「う゛っ」

 

「この仕事は、今日隣にいた人が明日も同じように隣に居てくれるとは限らないのよ。後悔しないように、伝えるべき事は早めに伝えちゃいなさい」

 

 弥生の言葉に葵は思わず息を詰まらせる。今まで現場に出て死を感じた事はまだ無いが、アノマリーとの戦闘ではいつ何が起こってもおかしくは無い。そんな当たり前の事実を忘れかけていた時に聞かされるこの言葉は、弥生の経験も相まって強く耳に残ることになった。

 

「まぁ刀也クンはそうそう死ぬようなタマじゃないから、そこら辺の心配はあんま無いかもだけどねぇ〜。さ、明日も早いし帰ろっか!」

「……はい」

「あと、朝食は抜いといた方がいいと思うよ。念の為にね」

「?了解ッス」

 

 自分の実力を過信した者の末路は同じく死である。それを配属初日に理解らされてちたた葵は、改めてその言葉を胸に刻んだ。別れ際に言われた言葉に疑問を覚えつつも、言われた事には従っておこうと思った葵であった。

 

 

 

 

「特別異常対策課エージェント、如月刀也です」

「右に同じく弥生梨花」

「エージェント、月乃葵です」

「……はい、確認取れました。如月さんと弥生さんは技能検診ですので、このまま奥の方へお進み下さい。月乃さんは付き添いという形で申請がされておりますがよろしいでしょうか」

「はい、大丈夫です」

「かしこまりました、では行ってらっしゃいませ」

 

 検査着に着替え受付を済ませ、そのまま廊下を進む。とある山中に設置されているこの訓練所は、日本の地図には存在していない。航空写真でも映らないように特殊な結界が貼られているため、外部から視認することは不可能である。ここの存在を知るものは訓練所関係者とごく一部の限られた人間のみである。

 

「それでは如月エージェントから始めます。実験室Aへ入室してください」

 

 廊下の先で待っていた職員の指示に従い、如月は指定された部屋へと入室する。二重の防弾ガラスと気密性の高い防音室のような部屋、壁や床は最新技術がふんだんに詰め込まれた衝撃吸収素材で出来ていた。目がチカチカするほどの白さではあるが、それはこの部屋のしっかりとした清潔さを物語っていた。検診というには厳重な設備を見て、葵はこれから行われる内容に興味が湧く。

 

 

「弥生さん、検診ってどんな内容なんスか?」

「……うーんそうだね、多分説明するより見てもらったほうが早いから待っときなぁ〜」

「?分かったッス」

 

(……これを見て後輩チャンは、どう思うのかな)

 

 ワクワクを隠そうとしない後輩の様子を見て、弥生は言わなかったことを少しだけ後悔していた。

 

 

 

「では、始めます」

「了解」

 

 開始の合図と共に職員は扉を閉め、部屋内に併設された小屋のような場所に避難する。厳重なロックの中に男は隔離され、ゆっくりと中心へと歩みを進める。目印が描かれた位置に到着すると、壁から伸びてきたアームが男の左腕を掴んで固定したその瞬間、

 

 

 バツンッという音と共に左腕が引きちぎられた。

 

 

 まっさらなキャンバスの上に絵の具をぶちまけたかのように、男の腕から鮮血が舞う。

 並の人間なら痛みに狂い、正気を失っても可笑しくない状況にも関わらず、その被害にあった男は少し顔を顰めながらも平然とその場に立っていた。

 

 先程まで笑顔で語りかけていた職員がガラス越しに、まるで実験動物を見るかのような眼差しで手元のバインダーへ何かを書き込んでいる。とめどなく流れる血が、男の生命を如実に奪っていることは誰が見ても明らかであった。

 

「では如月エージェント、能力の発動を許可します。時間は15秒、これを超えた場合貴方は抹殺対象として指定されます。では始め」

「了解」

 

 スピーカーから言われた指示通り発動する。どこからともなく男の背後から巨大な骸骨が現れ、異常な威圧感を放つ。突如現れた骸骨は、アームが引きちぎった男の腕を掴みゆっくりと男に差し出した。

 肩から無くなっていた己の腕を傷口に合うように押し付ける。すると、引きちぎられた腕が謎の力によってゆっくりと結合を始めた。みちみちという嫌な音を立てながら、骨と筋肉、神経などが繋がる感触を味わうこととなる。

 感覚を確かめるように数回手のひらを開閉し、完全に元に戻った事を確認した後、男は能力の発動を解除した。

 

「9.7秒、アノマリーによる侵食も見られません。続いて第二段階です、能力を最大出力で1分間継続的に発動してください。1分後、終了の合図を聞いた後、速やかに解除してください。時間に関わらず敵性が確認された場合、貴方は抹殺対象になります。では始め」

「了解」

 

 再び男の背後に骸骨が出現する。先程よりも太く強固となった骨が、この能力本来の力であることをありありと見せつけている。

 それでもその骸骨は一切動く事無く、男の背後で鎮座し続けている。時折カタカタと顎を鳴らすような仕草を見せるが、敵意は一切無いようだ。

 じわじわと男の中の何かが削られる感覚に襲われるが、1分程度なら何も問題ない。カウントダウンが告げられ、合図とともに骸骨は霧散した。

 

「終了です。……停止を確認、敵性も確認されませんでした。お疲れ様です。弥生エージェントの検診後、採血とメンタルチェックの後、終了となります。退室してください。」

「了解」

 

 男は何事も無かったかのように、入ってきた扉へと足を向ける。男が去った部屋は、検診が行われる以前と全く同じ、真っ白な状態で保たれていた。

 

 

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