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Case2


 

 

「お先に失礼します!」

「はい、お気を付けて」

 

 センパイに気遣って貰えた事が嬉しくて、ボクは思わずスキップしながら帰路に着く。この仕事を初めて半年ほど経ったが、結構慣れてきたのでは無いだろうか。

 

(お仕事も早めに終わったし、美味しいものでも食べて帰ろ)

 

「あっ、でも戦闘服は流石に着替えないと」

 

 浮かれた気分を落ち着かせ自分の現状に目を向ける。少ないながらも戦闘によって付着した血は汚れとして残っているし、何よりこの戦鎚を持ったままじゃまともに店に入ることすら難しい。

 少女は綺麗な銀髪をたなびかせながら、小柄な身体に似つかわしくない得物を担ぎながら自宅へと帰る。

 

 

 

 

「如月刀也と申します。今日からよろしくお願いしますね、月乃葵さん」

「自分より弱い人に教えてもらう事なんて無いッス」

「……えっと」

「おー、なかなかの大物だねぇ!」

 

 エージェントになったばかりのボクは、訓練所でもその実力はずば抜けていたということもあり、少しだけ、ほんの少しだけ天狗になっていたんだと思う。

 

「……一応教育係として君を任された訳だからーー」

「だ・か・らぁ、こんなひょろっちぃ男にボクが教わることなんて何も無いって言ってるじゃないっスか」

「確かに刀也クン線細いもんねぇ」

「弥生さんも乗らないで下さい。……はぁ、これはどうしましょうね」

 

 今まで見てきた教官に比べて、物腰が柔らかく細身であったセンパイを見たボクは、有り体に言えばナメていたのだ。大柄な教官でさえボクを抑えるのには苦労していたし、実際訓練では自分より体格の良い奴らを全員のして今までやってきた。そんな奴らよりも弱そうな男がボクの教育係になるなんて思ってもいなかった。

 

「それではこうしましょう。今から私と組手をして、月乃さんが勝てば好きに動いてもらって構いません。逆に私が勝てば、私の部下としてしっかり働いてもらいます」

「いいッスよそれで。勝ったあと好き勝手やって命令違反とか言わないッスよね」

「もちろん、私の方からそれは融通させて頂きますよ」

 

 

 

 

「それでは始めましょうか、先手は譲りますよ」

「それじゃあ遠慮なく行かせて貰うッス!」

 

 特別異常対策課の地下には様々な施設が併設されており、その中に格技場も存在していた。スーツから動きやすい服装に着替えたボクたちは、早速組手を始めていた。

 

「シィッ!」

「……」

 

 特に構えもしない男に向かって真っ直ぐ突き出した拳は、難なくいなされた。勢いそのまま、続けざまに放った回し蹴りも半歩後ろに下がられ空を切る。なるほど避けるのは上手いらしい。その後も右、左、フェイントを混ぜながらの蹴り、訓練所で培った体術を惜しげも無く引き出していく。

 

 しかしそのどれもが当たらない。まるで羽を相手に戦っているように、ボクの繰り出す打撃が当たらないのだ。

 

「ぐっ!」

 

 そして気付けばボクは天井を見ていた。

 

「もう終わりにしますか?」

「……一発当てたくらいで良い気になってんスか」

 

 訳が分からなかった。あの男はボクの攻撃を避けるので精一杯ではなかったのか。動揺を隠しながら意気込んで見たものの、ボクの心は既に折れかけていた。

 

 その後も幾度となく同じ光景が繰り返される。ボクの攻撃は一切当たらず、気付いた時には男の一撃を食らってひっくり返っている。

 

「ハァ……ハァ……」

「……もう終わりにしますか?」

「まだ終わってないッスよ」

「……はぁ」

 

 

「月乃さん、貴方は既に十三回死亡していますよ」

 

「……は?」

 

 

「私が貴方を転がした回数です。そのどれもが致命傷になりうる被弾でした。もしこのまま現場に出れば、最初の任務を終えること無く貴方はここには帰って来れないでしょう」

「……こんな体術だけで何が分かるんスか」

「エージェントは身体が資本です。何らかの状況で装備が使えなくなった場合、最後に残るのは自分自身の身体のみ。体術はそれを守るために必要な技術ですよ」

「……」

「言葉で言って分からないのであれば、体に覚えさせるしかありませんね」

 

 まだ納得いっていないボクの顔を見た男は、この組手が始まって初めて構えを取った。無手なのにまるで抜刀術をするかのような珍妙な構えに疑問を感じたが、それを振り払う。

 やっと相手から攻めてくる、どこから来る、絶対に捕まえて顔面にカウンターを食らわせてやる。そんな考えは一瞬で消え失せた。

 

 

「……参り、ました」

「……」

 

 たった一度の瞬き、そんな僅かな間で男はボクに接近し、気付けば目の前で貫手が止められていた。今まで感じた事の無いような濃密な殺気に当てられ、ボクはそこに立っているだけで精一杯だった。

 

「それでは月乃さん、これからよろしくお願いしますね」

「……よろしくお願いするッス、します!」

「言葉遣いは自由にして頂いて構いません」

「はいッス!」

「時間は少し押していますが、予定通り歓迎会をしますので着替えて外出の準備をしておいて下さい」

 

 先程までの殺気は消え失せ、元の優しそうな男の様相へと戻っていた。

 

「どう?怖かったかな、後輩チャン」

「……はい、あんな感覚初めてッス」

「そりゃそうだよね。まぁでも、現場であのレベルの恐怖を味わう事はほぼ無いから。今日最大の怖さを知れてラッキーだね ♪ さぁ!今日は飲むぞぉ!」

 

 弥生さんに手を引かれ、ボクは先輩たちの輪の中へと入っていくのだった。

 

 

 

「おやっさん!生2つとオレンジジュース1つ!」

「あいよ」

「あと枝豆と刺し盛り、串カツとだし巻きぃ!」

「あいよー」

「月乃さんは何か食べたいものありますか?」

「えっ、えっと、ボクこういうお店初めてで……」

 

 見慣れない雰囲気の店に、入った時からボクはずっと緊張していた。

 

「確かに、訓練所は給食以外食べられないもんねぇ。いやぁ懐かしいなぁ、私もシャバに出た時に初めて食べたマックの味が衝撃でさぁ!」

「そ、そうなんスか」

「訓練所を刑務所みたいに言わないで下さいよ」

「同じようなモンじゃないあんなの!思い出しただけでも腹が立ってきたわ!」

「……ふふ」

 

「お、やっと笑いましたね」

「え?」

「よっしゃあ!私の勝ちぃ!」

「思ったより早くて良かったですよ、これが終わるの」

 

 目の前で繰り広げられるやり取りに理解が追いつかず、ボクは目を白黒とさせていた。

 

「えっと、勝ちってどういう」

「月乃さんが配属されてから私と弥生さん、どちらが先に貴方を笑わせるかという賭けをしていたんですよ」

「そしたら開幕険悪だったから思わず私の方が笑いそうだったよ」

「……ごめんなさいッス」

 

 自己中心的な態度をとっていたボクと裏腹に、先輩たちはボクのために色々と考えてくれていたのだろう。

 

「そんな顔をしないでください。これから生活していく上で困ることもあるでしょうが、遠慮なく私たちを頼ってください。仕事の事でもプライベートのことでも、出来るだけ助けになるよう努力しますから」

「……葵」

「はい?」

「葵って呼んでください、訓練所のみんなはそう呼んでました」

「ではアオイさん。改めて、これからよろしくお願いしますね」

「よろしくねー!」

 

「よろしくお願いします!センパイ!」

 

 こうして天狗となっていた鼻っ柱を完膚なきまでに折られたボクは、最高のセンパイたちに迎え入れられ特別異常対策課に所属する事になったのだ。

 

 

 

 

 

「では確認しますね。今日は山林地帯での任務になります。アノマリーの数は1体、危険度はそこまで高くはありませんが少し厄介な特性を持っています」

 

 今日は都市部から離れ、出張という形でセンパイと二人らとある県の外れへとやってきた。移動の車の中で再度ブリーフィングを行い、任務の確認をする。

 

「人型の実体を持つアノマリー、全身は白く痩せこけているものの膂力は人間をゆうに越えているそうです。先に接触した雑務課によると、目を直視した際にその特性を表すようです。耐性のある者でも一定時間身体が動かなくなり、耐性の無い者ならそれだけで死亡するようです」

「つまり目を見ないようにしながら戦う訳ッスね」

「その通りです。ほんの一瞬視線を合わせるだけでもこれは起こるようです。戦闘中に動けなくなる状況は死と同義ですので、十分注意して下さい」

 

 目的地付近についたのか、車のスピードがどんどん落ちていく。

 

「人払いは済んでます、任務完了までここら一帯に一般人が来る事は無いでしょう。それではお気を付けて」

「「了解」」

 

 戦闘服に身を包んだボクたちは、山道のど真ん中へと下ろされる。ボクらが装備している戦闘服は肌にぴったりと張り付くように出来ているが、生半可な衝撃や斬撃は一切通さない。動きを阻害すること無く、むしろ戦闘における身体の動きをサポートするよう作られている。しかし……。

 

(やっぱりちょっと恥ずかしぃ!!)

「アオイさん、行きますよ」

「は、はいッス!」

 

 年頃の女子として、体のラインがこうもハッキリと出てしまう服はやはり恥ずかしいのである。それでもセンパイは気にすることなく前へと突き進んでいく。

 

(弥生さんと比べたらちょっと小さいかも知れないけど、そんなに魅力無いかなぁ……)

 

 同年代と比べても出るとこは出ているし、仕事柄激しい運動をしていることもあり引っ込むべきところはしっかりと引っ込んでいる。それが戦闘服によって押し付けられることでのりその凹凸が強調されている。

 

(それでもセンパイはあまり反応してくれないし……弥生さんはボクよりも大きいから見慣れてるのかな……。ダメダメ、今は任務中なんだから、集中しないと!)

 

 そんなことを考えながら山道を十数分歩くと、小さな神社が見えてきた。荒れ果てて完全に廃墟となっている神社を、茂みの中から様子を伺う。

 

「……いた」

 

 賽銭箱の前にぽつんと立つ人影は、小刻みに体を震わせながら何かをブツブツと呟いている。人型ということもあり、無意識に顔の方へと視線が向かうのをしっかりと我慢する。まるで水死体のようにぶくぶくと膨張した肌は青白く変色しており、今にも崩れそうな見た目をしていた。

 

「では、手筈通り私が注意を引きますので、アオイさんが背後からお願いします」

「了解ッス」

 

 そう言い終えたセンパイは、対象に見つからないよう茂みに紛れながら反対へと走っていった。

 

『ポイントに到着した。テンカウントで突撃します』

「了解」

『10、9ーー』

 

 耳から聞こえてくるセンパイの声に注意しつつ、息を整える。勝負は一瞬、この期を逃したとて2対1、心配する事は無いと自分に言い聞かせる。

 

 

 

 

「2、1、ゴー!」

『っ!』

 

「あ゛あ゛ぁあぁぁあ!?!?!?」

 

 無線越しに合図を飛ばすワンテンポ先に飛び出す。囮としてあえて大きな音を立てながら目標へと接近すると、こちらに気付いたようでこの世の物とは思えない声で叫んでくる。

 

 気持ちの悪い音を聞きながらも、刀を抜く手には迷いは無い。

 

 こちらの命を狩り取ろうと振るわれる腕を最小限の動きで躱し、両腕を一瞬にして切り飛ばす。

 

「あ゛ぁ゛」

 

 その時、私はその怪物と目を合わせていた。胴から首の辺りを見ながら戦っていたはずだが、人間には不可能な稼働域で曲げられた身体によって無理やり目線を合わせてきたのだ。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべ、いつの間にか再生した腕をこちらに向ける怪物。

 

「……そんなにこちらを見て大丈夫ですか?」

「あ゛?」

 

「はい!おつかれさんッス!」

 

 この場に似つかわしくない朗らかな声と共に、戦鎚が化け物へと振り下ろされた。

 

 ぐしゃバキッという音を立て、人形の怪物は頭から縦にぺしゃんこになる。……に留まらず、地面に放射状のヒビが入った。

 

「……アオイさん、いつも言っていますが必要以上に現場を破壊するのはやめましょうね」

「……ごめんなさい」

 

 地面に出来たシミとヒビを二人で見ながら一緒に肩を落とす。

 

「ですが、先の一撃はお見事でした。お疲れ様です」

「!ありがとうございます!」

「……では私は連絡してきますので、少し待機してください」

「了解ッス!」

 

 少し跳ねながら嬉しそうに敬礼をする後輩を尻目に、本部に無線を繋ぐ。

 

(……それにしても、やはりこの戦闘服は目のやり場に困りますね)

 

 無意識だろうか、最近やたらアオイさんの距離が近い気がする。もちろん懐いてくれる分には問題無いのだが、私も男である以上性欲はある。割とドキドキしているこちらの身にもなって欲しい。

 

「如月です。アノマリーの対処完了しました」

 

 いつも通りを装っているが、内心気が気では無い。

 

「よろしくお願いします」

 

「終わったッスか?」

「ええ、あとは清掃班の方を待って終了です」

「そういえばセンパイ、アノマリーと目バッチリあってましたけど大丈夫ッスか?」

「問題ありません。私はあれらの類に強い耐性がありますので」

「はぇ〜」

 

 怪訝そうな目を向けられて気まずくなった私は、咄嗟に話題のすり替えを行うことにした。

 

「それにしてもアオイさん、随分慣れてきましたね」

「そうッスか?センパイにそう言って貰えると嬉しいッス!」

「これなら来年には1人で任務に就くことも出来るでしょうね」

「え゛っ……」

 

 嬉しそうな表情から一変して固まってしまった。褒めたつもりだったのだが逆効果だっただろうか。

 

「そのー……まだ1人で行くのは不安というか……まだセンパイと一緒に居たいというか」

「いずれ独り立ちする事にはなるでしょうが、それまでは私がサポートしますから。そんなにしょぼくれないで下さい」

「うぅ……はい……」

 

 まるで妹のように甘えてくる後輩を元気付けながら待っていると、付近で待機していた清掃班の方たちがやってきて現場の清掃を行ってくれた。

 その様子を二人で見守っていると、不意にアオイさんが尋ねてくる。

 

「そういえばセンパイって、清掃班の人達が仕事終わるまで見ていることが多いッスよね」

「そうですね、スケジュールの都合もあって全部そうすることは出来ませんが、なるべくは最後まで見届けるようにしています」

「ボクも同じようにしてますけど、なにか理由あったりするんスか?」

 

「……理由はいくつかあります。殺したと思っていたアノマリーが清掃作業中に息を吹き返す可能性がゼロでは無いこと。仕事として最後の工程まで見届けるということ。そして、清掃班の方々への感謝ですかね」

 

 いざ自分の中で考えていた事を口に出すと、少し恥ずかしい。でもこれは師匠からの教えであり、後輩であるアオイさんにも知っておいて欲しい考え方の1つでもある。

 

「エージェントとして活動している我々は、組織の中のほんの一部です。それ以外の部署の方々がいなければ、まともに戦闘をする事さえも難しい。皆それぞれが自分の仕事に誇りを持って、日々働いています。今のアオイさんなら、分かりますよね」

 

「はい」

 

「特に雑務課や清掃課の方々は、我々エージェントと関わる時間がとても多い。仕事をしていく上で、仲間には敬意を持って接する。これはどこの世界でも同じことですから」

「今まで何となくセンパイのマネしてたッスけど、そうやって聞くとその通りだと思いますね」

「別に私と同じようにやれとは言いません。ですが、最低限同僚や仲間を軽視しないこと。分かっていると思いますが、念の為に伝えておきますね」

「はい!」

 

 

 今日も何事も無く1日を終えることが出来そうだ。

 

 


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