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Case10



 時は少し遡り、岩手県某所。如月が負傷したという報告を受け、男は待機所で準備を整えていた。


「うっし、こんなもんかな」

「今回の出張は長くなりそうですね」

「んー多分一週間くらいじゃねぇかな」

「えぇ!?如月エージェント結構な重症でまだ意識不明って聞きましたけど、本当に一週間で戻ってこれるんですか……?」

「アイツは俺ほどじゃねぇがそこそこ頑丈だからよ。どうせ到着する頃には起き上がってんだろ」


 手元のデバイスで確認すると、時刻は昼過ぎ。


「昼飯……やっぱ移動しながら食うか」

「勤務は明日からですよね、そこまで急ぐ必要は無いのでは?近所のご飯屋さんの日替わり定食、今日は貴方の好きなチキン南蛮ですよ」

「うぉっマジか!…………いや、やっぱやめとくわ」

「珍しいですね。いつもなら瞬間移動したのかってくらい一瞬で駆けつけるのに」


 大好物の情報を聞き、少し、ほんの少しだけそちらに心が傾きかけたが、彼はそれ以上に何か異常を感じていた。


「如月が入院するほどの敵が現れたんだ、行くなら早い方が良いだろう。それに何か嫌な予感がするんだよな」

「野生の勘ってヤツですか」

「俺の勘は良くも悪くも当たるからよ」


 男はネクタイを締め、机に置かれていた手袋をはめる。感覚を確かめるように何度か手を開閉し、小さめのリュック手に取る。普通エージェントが出張する際には、様々な装備を持ち歩くため荷物は大きくなりがちなのだが、男のそれはまるで近所の山にハイキングに行く程度の荷物しか持っていなかった。


「では行ってらっしゃい〝霜月さん〟」


「おう!行ってくるわ!」





 新幹線の車窓から流れる景色をぼうっと見ながら、霜月は今回の事件について考えていた。


(本当に如月がやられるレベルの敵なら、今頃東京は終わってる。あいつ以外にそこまで被害が出ていないということは、俺らに対する復讐、それとも別の目的があったのか……。織田さんも何か意味ありげに俺らのとこ回ってたし、何かきな臭いな)


 ふと通信に呼び出しがかかる。東京駅まであと十数分で着く予定だったが、何かあったのだろうか。彼は隣に座っていた女性に謝りながら、車両間のデッキに出る。


「はいはいこちら霜月」

『こちら東京通信本部。聞こえますか』

「しっかり聞こえるぜ。んで、どうしたんだ」

『担当地区でアノマリーが発生しました。現在弥生、及び月乃エージェントが現場に向かっていますが、念の為霜月エージェントも現場に向かって貰えませんか』

「エージェント二人も出張ってんなら俺の出番はねぇだろ。弥生も行ってんならなおさらーー」

『ええ。ですが、少し気がかりがありまして』

「……ほう?」

『アノマリー反応がやけに強く、時間経過とともに増加傾向にあります。精神汚染系の攻撃も持ち合わせており、万が一がありますので』


 思わず口に出た真っ当な理由を、通信相手はおもむろに遮った。岩手を早めに出た事で遭遇したアノマリー。自ら感じた違和感と偶然にも重なった気がした霜月は、その任務を受ける事を了承した。


「了解。直ぐに向かう」

『ありがとうございます。では東京駅の出口に車をーー』

「いや、走った方が早い。座標だけ送っておいてくれ」

『……了解』


 新幹線が駅に到着しホームから乗客が出ていく頃には、彼は既に目的地へ向かう風となっていた。







「どうしたどうした!!そんなモンかぁ!?」


 一度は戦闘終了の報告を受け足を緩めかけたが、念の為現場に向かい全速力で駆けていた事が功を奏し、間一髪間に合ったのだ。


 四方八方から伸びる腕を、霜月は自らの爪で切り裂き続ける。微量ながら精神汚染性のある体液を浴びているが、彼の動きからはその影響を全く感じさせない。一本、また一本と腕をもがれる化け物だが、その表情は自信に満ち溢れていた。次々に腕を再生させ、目の前の敵を殲滅せんと攻撃を続ける。


「ひゃひゃひゃひゃひゃぁ!!」

「効かねぇなぁ!!」


 霜月が十数本目の腕をちぎり飛ばした頃、化け物は自分の身体に違和感を感じた。


 再生が追いつかない。


 先程までは無限にも等しい力が身体から溢れ、どれだけでも再生し、腕を生やし続けることが出来る万能感があった。しかし、徐々に力が弱っている。その視線が向けられるのは目の前の男。この男が来てから全てが上手くいかない。こちらの攻撃は当たらない上に、精神汚染にもかなりの耐性を持っているようだ。再生が遅れているのも何かおかしい。もしやこいつの力か。


「なんだもうおしまいかぁ!?」


 腕の隙間を縫い、パチンコ玉のように化け物に向かって飛び出した霜月。咄嗟に防御に回された腕もものの数秒で細切れにしていく。


「ひゃっ!?」

「おらぁぁあ!!」


 防御を。そう思考した化け物だったが、もう腕は一本たりとも残っていなかった。


 獰猛な笑みを浮かべる男によって切り刻まれる首。


 ズシンという音を立て、化け物の身体は力無く横たわる。切り離された頭は未だに意識があるようで、血走った目で男を恨めしそうに睨みつけていた。


「俺の勝ちだな」

「……」

「……あばよ」


 振り抜いた爪は、化け物の頭を容易く切り裂いた。レーザーカッターによって切られたかのような滑らかな断面からは、再生する様子は一切感じられなかった。



「そ、そいつは」

「もう終わったよ。完全にぶっ殺したから、再生する事もないだろ」

「……良かった」


 手についた体液を地面で拭いながら、後ろから恐る恐る近付いてきた男に返事をする。一度再生したということで、皆直ぐには警戒を解くことが出来ない。


「俺も清掃班の仕事が終わるまでここに居るからよ。だから安心して仕事してくれ。とりあえず……怪我人をさっさと回収!」

「りょ、了解!!」


 霜月の号令で、先程まで固まっていた面々は慌ただしく動き始める。化け物が死んだ事で体液の精神汚染も非活性化し、徐々に回復する雑務課も現れた。しかし、発狂の結果自死を選んだ者も居れば、精神ダメージによって後遺症が残る者も居る。


「……まったく、タチの悪い」


 念の為能力の発動を維持しながら化け物が解体されていくのを見守る霜月。戦いは終わったというのに彼の心は晴れることは無かった。





「……うっ……ボクはーー」

「お、起きたか」

「葵チャーーーン!!!」

「うわぁ!!??」


 病室のベッドで目を覚ました葵は、突如飛び込んでくる弥生と見知らぬ男の存在に目を白黒させていた。腕に刺さる点滴の痛みと、顔に当てられる柔らかい感覚を同時に味わいつつ、葵は自分が生きているということを改めて実感した。


「良かったよぉ葵チャン……」

「弥生さんも無事だったんスね」


 未だよよよと泣き真似を続ける先輩を宥めながら、もう一人に目を向ける。


「……貴方は?」

「おう言ってなかったな。俺は霜月宗治、ソイツや如月と同じ元陰暦だよ。如月の代理で来た、よろしくな」

「よ、よろしくお願いします」


「さっき如月も目を覚ましたそうだから、そっちにも顔出してくるわ」


「っ!ボクも行くッス!」

「こーら。今起きたばかりなんだから葵チャンは検査してからでしょ」

「で、でも……!」

「もうナースコール押したから、ちゃんと検査受けて、元気って証明されてから顔見せに行きなさい。大丈夫だって、刀也クンは逃げないから」

「……はいッス」


 もどかしさを見せながらも、弥生の言葉に説得された葵は、二人が出ていくのとすれ違いで入ってきた医者からされる質問に答える。




「よう如月、久しぶりだな」

「おはよう刀也クン」

「霜月さん、お久しぶりです」

「葵チャンはちょっと遅れるから、今は私たちで我慢してね」

「そうですか……。お二人とも、少しお時間よろしいですか」


 深刻そうな表情を浮かべる如月に、対面に立つ二人は無言で彼に続きを促す。


「私の前に、睦月さんが現れました」

「「……は?」」


 全く予想していなかった名前が出てきたことで、二人は理解が追いつかなかった。


「……その表情は、ボケてる訳じゃ無さそうだな」

「冗談だとしたら笑えないよ刀也クン」


「冗談だったら良かったんですけどね……」


「本当に律クンだったの……?」

「間違いありません」

「確かにアイツだったら、如月がボコされるのも理解出来るが……。生きてたのか」

「彼の話が本当なら、他のメンバーも生きているらしいです」

「っ!」


 死んだと思っていたメンバーの顔が、弥生の頭によぎる。今でも覚えている、彼らの、彼女らと過ごした時間を。あの人たちが生きている。その言葉に弥生の心は激しく揺さぶられていた。


「……そんで、あいつらが生きてるとして、今は何処で何をしてやがんだ。なんで睦月はお前をぶちのめしたんだ」

「……分かりません。ただ、彼はもう戻れないと。そして、私たちを迎えに行くとも言っていました」

「迎えに行くだぁ?何訳分かんねぇこと言ってんだ」

「私にも、何が何やら……」

「…………それでも、」


「生きていてくれて良かったね、刀也クン」


「……えぇ」


 ずっと心の奥に巣食っていた後悔が僅かに晴れた如月。その心中をいままでずっと近くで感じていた弥生は、目を腫れさせながらも、彼に向かって笑顔を浮かべていた。


「元陰暦メンバーの生存、これは面倒なことになりそうだ」

「他の方々にも集まってもらうことになりそうですね」

「そうなるな」

「皆と久しぶりに会えるのかぁ、楽しみだな!」

「俺は別にー」

「なんでそんな事言うのさぁ!」

「うっせぇ!こちとら彼女ほっぽり出してここまで来てんだぞ!?一週間で帰るって言ってあんのにどう言い訳すりゃ良いんだよ!!」

「知らないわよそんな事!?同じ職場なんだから説明したら分かってくれるでしょ!?」

「分かってくれるけどその後の夜が怖ぇんだよ……。出張で一ヶ月離れた時の反動ですらやばかったのに、今回は一ヶ月で終わるとは到底思えねぇ……」

「何情けないこと言ってんのよ、男なら彼女を受け止め切るくらいの甲斐性を持ちなさいよ」

「お前マジで覚えとけよ」



 その後、検査を終え病室に突入してきた葵を宥めつつ、本部に報告書を提出する。これを受け、本部では早急な会議が開かれていることだろう。

 ただ今は、お互いの無事を喜びつつも、居酒屋で祝勝会を開く。未だ包帯を巻かれた身体を霜月に引っ張って来られた如月は、湯水のように注がれる度数の高い酒によって、久しぶりに酔っぱらうという体験をしたのだった。


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