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Case9



 辺りを舞う土埃が全員の視界を遮断し、祝勝会ムードだった先程までの空気から一変、絶望と緊張感が場を支配する。


「弥生さん!?」


 葵の声に返事は帰ってこない。煩わしい土埃を、戦鎚を一振りする事によって霧散させる。


「っ!!??」


 視界が回復した葵の目に映るのは、つい数秒前まで完全に潰れていた化け物がいつの間にか起き上がっている光景と、その手のひらに掴まれている弥生の姿だった。千切れ飛んでいた両腕はぷちぷちという嫌な音を立てながら、徐々に回復をしている。まだ完全に修復されていないにも関わらず、女性一人の身体を握り潰すには十分な力を持っているようだった。


「こんの……!グッ……ガハッ……!」


 何とか抵抗を試みるも、化け物の握力が緩められることはない。身動ぎする事も叶わず、ぎちぎちと締め付けられる弥生はついに口から真っ赤な血を吐き出す。


「っ!?あ……あぁぁあぁあ゛あ゛あ゛!!!!」

「ダ、メ……!葵チャン……!」

「弥生さんを離せぇぇぇ!!!!」


 プツリと何かが切れたように、葵は化け物に向かって特攻をしかける。弥生の制止も、今の彼女の耳には届いていない。如月のみならず、弥生までもが自分の力不足という原因で傷付けられているという現状に葵は怒りを爆発させた。


 一直線で接近する葵に対し、化け物は真正面から迎撃する。腕で薙ぎ払い、爪を突き立て、口と掌から体液を発射し続ける。とても冷静さを欠いたエージェントが対処し切れる攻撃内容では無かった。


 しかし、それを受けるのは類稀なる才能で訓練所を首席で卒業し、元陰暦のメンバーと共にこれまで行動していた葵。持ち前の能力と戦闘センス、そしてこれまで培ってきた経験が、その場における最適解を反射で叩き出していた。腕や爪は戦鎚でかち上げ隙を作り接近、高速で移動し続けることにより被弾を防ぐ。僅かワンミスが死に直結する状況下にも関わらず、修羅の形相を浮かべた葵の動きは、まるで演舞を見ているかのように滑らかだった。


 そんな葵に焦りを感じたのか、化け物の攻撃がより苛烈になる。意志の存在する攻撃は読むことができるが、闇雲に振るわれる攻撃は合理性が無い反面、どこから飛んでくるか分からないという恐怖が常に付きまとう。それでも葵にとっては好都合だった。このまま自身に意識を集中させ、少しでも弥生に対する攻撃性を自分に向けられるなら。化け物は彼女を拘束している腕を守るように立ち回っているため、腕を破壊することよりも仕留める事を意識してその時を待つ。


 そしてチャンスがやってくる。大振りの攻撃を思いっきり横へ払うと、化け物は一際大きな隙を晒す。その隙を見逃すほど葵は甘くない。一瞬のうちに懐に入り込み跳躍、戦鎚を振り上げる。



「っ!?」



 化け物の紅い双眸と視線が交錯する。それはまるで、罠にかかった獲物を見るような眼をしていた。煽りとも取れるそんな様子に、葵の怒りは限界を超える。頭の血管が切れたかと錯覚するほどに煮えたぎった身体に力を込め、戦鎚にありったけの想いを乗せ振り下ろそうとした時だった。


 葵は化け物の背後から生えた三本目の腕によって地面に叩きつけられ、四本目の腕がそのまま彼女を地面へと縫い付ける。

 

(やられた……!まだ完全体になって無かったのか……!?)


 遭遇時、まだ人型の上半身の範疇から出ない見た目をしていた化け物は、この世のモノとは思えないおぞましい姿に変貌しつつあった。背中、肩、胸、腹。全身の至る所から腕を生やし始め、その数は今も尚増え続けている。


(ボクの相手をしながら力を溜めていたのか……!!)


「弥生……さん……!」

「……」


 もう先程から弥生は声を発していない。遠く離された化け物の手の中で、彼女はぐったりと力なく倒れている。口元からは血がとめどなく流れ続け、顔色が徐々に土気色に近付いていく。


(早く拘束から抜け出して……!ダメだ、力が入らない……!戦鎚の変型機能を使って何とかスペースを!クソッ、無茶な使い方したせいでイカれてる……!!)


 窮地を脱するため思考をフルで回転させるが、打開策が見つからない。そうこうしているうちに化け物の顔がどんどん近付いてくる。


(まずいまずいまずいまずいまずい……!!!!)


 葵の表情をじっくりと舐め回すように観察し、気味の悪い笑みを浮かべたまま口を膨らませる。自らの手の中で必死にもがく少女をいたぶるよう、敢えて溜めを大きくしているようだ。


 ぷすり。雑務課によるライフルなどの貫通性能の高い攻撃が当たったのだろうか、大きく膨らんだ頬に僅かな穴が開き、体液が勢い良く溢れ出す。その傷も一秒も満たない間に塞がり、化け物の口内に大量の体液が溜められているという事実だけがその場残った。



 その場にいる攻撃可能な人員は、化け物に向かって必死にダメージを与えようと奮闘している。しかし、葵と弥生が拘束されていることにより破壊力の高い装備は使えず、小銃程度の装備では対象に傷を付けることでさえ難しい。


 現場では怒号が飛び交い、何とかして彼女らを救出しようと全員が前を向く。だが現実は非常である。



 化け物は拘束している葵目掛け、口いっぱいに溜め込んだ体液を大量に噴出させた。バケツをひっくり返したかのような勢いで、葵は体液に完全に飲み込まれその姿を消す。


「……もう、だめだ……」


 誰が発したか分からないそんな言葉だったが、恐らくその場にいたほぼ全員が思った事だろう。自分たちとは比べ物にならないほど強かったエージェントが、目の前で死んだのだ。


 まだ諦めてはならない(ここからどうしろと)


 ここで食い止めなければ一般人に危害が及ぶ(そんなこと今更だろう、もうおしまいだ)


 増援が来るまで何とか(来たとしても間に合わないし、あれだけ強かった二人がやられたんだ)


 ぽつりぽつりと、絶望が雨のように彼らの心に降りかかる。その雨は徐々に心を削り、やがて完全に折ってしまうだろう。


「ひゃっひゃっひゃひゃひゃひゃひゃひゃーー!!!!!!」


 彼らに追い打ちをかけるように化け物は嗤う。まるで、今度は自分の番だと言わんばかりに周りに居るちっぽけな人間共を嘲笑する。もう誰も歯向かってこない、もう誰も邪魔することは出来ない。耳障りな笑い声は、僅かながらも精神に対する汚染作用が含まれていた。あと少しで全員がーー



「お前らァァァァ!!!」

「ーひゃっひゃっ!!……………………?」



「何下向いてんだオラァ!?まだ対象は沈黙してねぇぞ!?」



 声を張り上げたのは現場で指揮をしていた雑務課の男。他の人員よりか少しガタイが良く見えるが、彼が雑務課に配属されているということはエージェントになれなかった人物であることに他ならない。全体の指揮をする立場とはいえ、その戦闘能力はエージェントに遠く及ばない。


「自分の娘くらいの年齢のエージェントに戦わせて、嬢ちゃんたちが負けたら諦めるってかぁ!?冗談じゃねぇ!!」


 それでも彼は声を上げる。震える膝を叩きつけ、自らに言い聞かせるように周りを鼓舞する。


「死んでもヤツを仕留める、それが出来なきゃ足止めでもなんでも、今やれることを死力でやってやる!!」


 先程まで俯きかけていた人員の目に光が戻り始める。目の前に存在する圧倒的な恐怖に対し、精一杯虚勢を貼り装備を構える。


「じゃねぇと先に逝っちまった家族や仲間に、顔向け出来ねぇだろうがよぉ!!!!」





「よく言った、オッサン」


「!?」



 背後から声が聞こえた。初めは今まで一緒に居た仲間の声かとも思ったが、その声に込められた力によって否応なしに身体が反応していた。エージェントが移動をする際に身につけるスーツ姿のまま、その男は佇んでいた。


 先程まで化け物によって囚われ、そして殺されたと思われていた二人の女性をその両腕に抱えて。


「なぁんか嫌な予感すると思ってちょいとばかし早めに来てみれば、ギリギリセーフだったな」

「あ、貴方は!?」

「自己紹介は後で、とりあえずこいつらのこと頼んだわ」


 謎の男は、近くにいた雑務課に二人を押し付け化け物の方へと歩いて行く。


「オッサンたちの気持ちは確かに受け取った。後は俺に任せてくれ」


 ネクタイを緩めながらゆっくりと化け物に近付く。先程啖呵を切って見せた男は幻覚を見ているのかと自分の目を疑った。死んだと思った二人が生きており、さらに彼女らを救出した男の頭上には獣の耳のようなものが生え、掌は僅かに肥大化し、その先には鈍く光る鉛色の爪が伸びている。臀部からは犬の尻尾のような何かが飛び出しており、月明かりに照らされるその姿はまさに獣人という言葉がピッタリなものだった。


「よォバケモン、待たせちまったか?」

「…………」


 自分の手からいつの間にか居なくなっていた女、それに完全に仕留めたと思っていたもう一人も、恐らくこの目の前の男によって奪い取られたのだろう。その瞬間を全く知覚する事が出来なかった化け物は、油断することなく男の様子を観察している。只者ではないと瞬時に理解し、策もなしに攻撃するのは悪手だと考えたのだろう。


「ちったぁ頭が回るみたいだが」




「あんま楽に死ねると思うなよ?」



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